第43話 疎外なんてさせない
美丘市内の住宅街。冬子のGPSはこの付近から発信されている。今もなお少しずつ移動しているため、最終的な目的地はまだ特定できない。
冬子を追うため、俺は所長と携帯電話を交換する。所長の手元に携帯電話を残したのは、もちろん帰るための連絡用だ。
「ここから先は私たちに任せておきな」
「すみません。僕ではお役に立てなくて。お嬢さんのこと頼みましたよ」
俺たちは頷きあうと、住宅街へと駆けて行った。
GPSによると、冬子は町はずれへと向かっているようだ。美丘は都心へのベッドタウンとして発展してきたためか、これといった目玉スポットはない。ただ、人気のない場所に主に出没する異人を探すとしたら、候補地はその分多くなる。
異人の気配を手繰るのが一番手っ取り早いが、あいにく異人の「こ」の字も感じ取ることができない。冬子のやつ、どうやって超遠距離から気配を察しているのだろうか。
所長の携帯電話とにらめっこしながら捜索していると、かなり見慣れた顔が近づいてきた。
「あれ、翼か。どうしたんだ、こんなところで」
「篠原じゃないか。奇遇だな」
息せきながら足踏みしているのは、俺の友人の篠原だった。
「そういえば、この近くに家があるって言ってたよな」
「そう、すぐそこ。休日の朝早くにこんなところに来るなんて、お前ももの好きだよな」
「お前はどうして走ってるんだ」
ランニングシャツで首からタオルをかけているとあれば、やっていることは容易に想像ができる。
「単純に、部活のためのトレーニングだ」
熱心なことで。
「あ、あれ。お前、その人は誰だよ。もしかして、彼女か」
篠原が指差した先をたどり、俺は言葉に詰まった。人通りが少ない場所とはいえ、年上の女性と二人きりで歩いているのだ。その疑念は尤もなことだろう。
「いや、違うな」
即刻否定された。そんな関係ではないのは確かだが、なぜだか愕然としてしまう。
「私は、翼の親戚だ。君が思ってるような間柄じゃないよ」
「なんだ、親戚だったか」
篠原はつまらなそうに、手を頭の後ろに組んだ。口から出まかせにしては、しっくり来る言い訳である。すっと、こんな言い訳ができるあたり、探偵のバイトをしている賜物か。
ともあれ、せっかく篠原と出会ったのだ。ダメで元々ではあるが、情報を集めるにはちょうどいい。
「ところで、話は変わるんだが、冬子を見なかったか」
「冬子?」
「ほら、夏木冬子。あの、ぐるぐる眼鏡をかけた」
「ああ、あいつか。見たぜ」
なんということでしょう。あっさりと有力情報を手に入れてしまった。
「い、一体どこで」
「せかすなよ」
身を乗り出してしまった俺を、篠原は困り顔で制した。
「この先にある霊園の方へ走って行ったぜ。朝っぱらから墓参りなんて、やっぱ妙なやつだよな」
嘲笑したが、俺が真剣な顔をしたままなのか、篠原はたじろいだ。
「まさか、本気であのぐるぐる眼鏡を探してるのか。悪いことは言わないから、あんまりあいつとは関わらない方がいいぞ。あいつは、清川高校一の変人という噂もあるくらいだからな。あいつとの噂を立てられでもしたら目も当てられない。ああいうのは、そのまま放置しておくのがベストだ」
篠原の論は、学校生活を平穏無事に過ごすためには有効かもしれない。学校では少しでも異質な行動をとれば、それがグループからの疎外に繋がりかねない。臭いものには蓋をする。それが不文律として浸透している。学校生活とはそういうものだろう。
そんな土壌が、冬子の目論見を成り立たせていたというのも皮肉な話だ。クラス中から無視される。立派ないじめではあるが、彼女にとっては望んだ状況だったというわけだ。
だが、本当にそれでいいのか。それで、本当に冬子は救われるのか。
「そうかもしれないな。でも、今はどうしても放ってはおけない状況なんだ。それに、あいつのことをそこまで悪く言うもんじゃない」
まくしたてるように言い放ち、圧倒されている篠原を後に、俺は霊園へと走り出した。聖奈もまた「そういうわけだ」と捨てセリフを残し、俺の後を追う。
「あいつ、あんなにムキになるなんて、どうしたんだ」
篠原は首を傾げ、ランニングを再開した。
冬子が霊園にいるという情報の信頼性は、スマートフォンのGPSも後押ししていた。移動を続けていた三角形がとある地点で停止したのだ。その地名は「美丘霊園」であった。
篠原と遭遇してから十分ぐらいだろうか。俺たちもまた、問題の霊園へと到着した。一面を覆い尽くす墓石。普段から人気がないうえに、早朝ともあってそれに拍車をかけていた。異人が出る条件としては申し分ないが、こんなところで戦うなんて罰当たりもいいところだ。
敷地に踏み込むと、全身が震えた。
「おい、この気配」
聖奈も感づいたようだ。居てもたってもいられず、俺は通路を走り抜ける。間違いない。あいつがこの近くにいる。最悪の展開が的中してしまった。
そいつを発見するのに時間はかからなかった。霊園の中央部。墓石が整列するその最中で、冬子とブラッドが対峙していたのだ。
しかも、冬子の上着は引き裂かれ、ブラジャーが丸見えとなっていた。
「こ……」
いきりたち、俺はブラッドへと突っ込む。
「この変態がぁぁぁっ!」
ブラッドの顔面に渾身の拳をお見舞いした。俺がこの場に介入すること自体不意打ちだったのだろう。攻撃はあっさりと命中し、ブラッドは無様に転倒した。