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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第6章 ブラッドとの決戦
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第41話 翼の葛藤と冬子の優しさ

ここから第1部最終章となります。

 日曜の朝。俺は携帯の着信音で目覚めることになった。普段なら、まだ夢の中だ。今頃テレビでは、バッタの改造人間が悪者と戦っているところだろう。

 こんな朝から誰だよ。寝ぼけ眼でディスプレイを確認する。表示されていたのは「所長さん」。一応、連絡先は交換してあるが、実際に電話がかかってきたのはこれが初めてだ。

 あまりにも珍しすぎる着信を不審に思いつつも、俺は通話ボタンを押す。

「もしもし」

「翼君ですか。朝早くすみません」

「本当ですよ。日曜の朝にどうしふぁんですか」

 途中であくびが混じる。瞼が重い。


 しかし、所長の次の一言は、俺を一気に目覚めさせることになるのだった。


「大変です。お嬢さんが行方不明なのです」

「はいー!?」

 奇声を発してしまったが、母さんとかには気づかれていないよな。いや、それよりも冬子だ。行方不明って、どういうことだよ。

「朝から物音がするから、変だなとは思ったのです。それで、お嬢さんの部屋に行ったところ、扉が開けっ放しになっていました。まさかと思い、玄関を確認すると、お嬢さんの靴が消えていたのです」

「それって、冬子が朝からどこかに出かけたってことだよな」

「十中八九間違いないでしょう。お嬢さんが自ら出かけていくとしたら、主に二パターンが考えられます。ひとつは、趣味の読書用の本を買いに行くこと。けれども、こんな時間帯に本屋が開いているわけがない。そして、もうひとつは……」

「もしかして、異人が出た」

 むしろ、それしか考えられない。彼女のことだから、所長に断りもなしに勝手に飛び出してもおかしくない。


 異人を倒しに行くだけなら、特に問題はないのではないだろうか。冬子の実力は折り紙付きだ。アブノーマルは論外として、上位種あたりなら、楽に葬り去っていることだろう。そう、上位種くらいなら……。

 いや、待てよ。ふと、不吉な想像がよぎった。昨日、俺が遭遇したあの相手。人間に限りなく近い姿の異人。あいつを倒しに行ったとしたら。

「所長さん、もしかして、冬子は」

「ええ。確証はありませんが、君が考えていることは可能性としては十分です。お嬢さんはおそらく、昨日君が出会ったという異人を倒しに行ったのでしょう」


 異人最上位種ブラッド。対峙したから分かるが、あいつの実力は桁外れだった。異人との戦いにおいて素人の俺が断言するのもおこがましいが、少なくとも、聖奈さんや冬子に匹敵する、もしくはそれ以上の能力を秘めている。

 そんな相手を一人で倒しに行ったとしたら。あくまで推測の域を出ない話ではある。しかし、冬子はブラッドから面と向かってあんな屈辱的な言葉を浴びせられたのだ。更に、やむを得ず退散している。このまま退散しているなんて、彼女のプライドが許さないはずだ。


「すでに、聖奈さんには連絡してあります。彼女の方はもうすぐ事務所に到着するでしょう」

「ならば、俺も……」

 寝間着を脱ぎ捨てようとして、ふとその手が止まった。相手はあの冬子ですら凌駕する可能性がある相手だ。そいつとまともに戦ったらどうなる。実際、昨日は為すすべなく、瞬く間に追い詰められてしまった。

 ベッドから一歩を踏み出そうとしても、その一歩がとてつもなく重い。早くいかなくてはならない。いや、戦ってはならない。俺の心中で相反する想いがぶつかり合う。


「もしもし、翼君。聞こえてますか」

「悪い、所長さん。ちょっと考え事をしていた」

 だが、またしても言葉が途切れる。大体、俺がしゃしゃり出たところで、どうにかできるものじゃないだろう。すぐさま殺されるかもしれない。そうなったら、母さんや父さんはどう思うか。


 沈黙が流れる。俺はどうしたらいい。俺は……。

「もしかして、昨日のお嬢さんの言葉を気にしているのですか」

 図星であった。俺は素直に「ああ」と頷く。

「無理もないかもしれません。あんな話を聞かされた後に戦えという方が酷です。けれども、あれがもしかしたら、お嬢さんの優しさかもしれませんね」

「冬子の優しさ」

 こんな時に場違いな発言のような気がする。辛辣に警告していただけじゃないのか。そもそも、冬子はのっけからあんな調子だろう。


「これは僕の独り言として受け取っておいてください。お嬢さんは、幼稚園で初めて炎を出して以来、能動的に友達を作ろうとしなかったと聞いています。そして、異人との戦いにおいても、本当なら君を巻き込みたくなかったと。だから、命を奪いかねないほど脅せば、戦いから身を引くんじゃないか、と」

 どういうことだ、それは。自分から望んで孤独を選んだ理由。そして、俺を異人との戦いから意地でも避けさせようとした理由。それが彼女の優しさだったというのか。


「お嬢さんは常々言っていました。異人との戦いでつらい思いをするのは、自分だけでいいと」

 携帯電話を持つ手が固まる。いくらクラスメイトから蔑まされようと、一貫して孤立してきたあの態度。それがすべて、自分に関わった場合、周囲を不幸にしてしまうと思い込んでいたからなんて。

「聖奈さんに関しては、異人との戦いにかける覚悟を承知の上だから、何も言わなかったのでしょう。しかし、君の場合は、単に巻き込まれただけに等しい。それゆえに、これ以上戦ってほしくなかったと思います。

 だから、お嬢さんの意思を尊重して、君への連絡を止めようとも思ったのです。けれども、お嬢さんを助けられるのは、異人の力を持った者だけ。本当なら、この僕が助けに行きたいのですが、力がないのではどうにもできない。情けないですね。いい大人が、少年の君にすがることになるなんて」

「所長さん」

 彼も彼で苦心しているのだろう。冬子を助けてやりたいが、自分ではどうにもならない。対して、俺ならば、その助けができるかもしれない。


「講釈してしまいましたが、お嬢さんを助けるかどうかは、最終的には君の意思に委ねます。僕たちは事務所で待っています」

 そう言い残し、通話は切られた。


 どうする。俺が異人との戦いを続けるのならば、冬子が体験したような悲劇が降りかかるかもしれない。けれども、だからといって、彼女だけにつらい思いをさせるだけでいいのか。

「まったく、あの野郎、とんでもなく面倒な問題を持ち込みやがって」

 正直、躊躇する気持ちはある。だが、俺は寝間着を脱ぎ捨てると、急いでシャツにジャケット、ジーパンという軽装に着替える。

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