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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第5章 冬子の過去
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第40話 戦う意味

 あまりに壮絶な過去を暴露され、俺は打ちひしがれていた。だが、これにより冬子の不可解だと思われる行動にも説明がつく。

 異常なまでに異人を倒したがっていたこと。そして、ブラッドに「異人だ」と宣告され、あそこまで錯乱したこと。それらはすべて、冬子にとって異人は両親を殺した仇だったからなのではないか。

 そして、自分が異人の血を受け継いでいると認めるということは、自らを憎き仇と同種であると認めることになる。あくまで人間として育った冬子にとっては、それが許せなかったのであろう。


「翼。前に、私は世界平和とかそんな目的じゃなく、恨みを晴らすために戦っているって話したことがあったでしょ。その恨みというのがさっき話したことよ。やつらは、目的を果たすためなら、人殺しすら平気で犯す連中よ。生半可な気持ちでやつらに戦いを挑まない方がいい。そのうち、あなたの大切な人も被害に遭うかもしれないわ」

 それを指摘され、俺の脳内に両親や篠原の顔が思い浮かんだ。やつらの当面の目的は異人としての仲間を増やすこととはいえ、最終的には人間に対して全面戦争を仕掛ける気でいる。それならば、下手に対抗する意思を見せた場合、やつらは容赦なく葬り去ろうと動くだろう。それに家族や友人が巻き込まれる可能性は十分にある。

「もともと、私情で異人に戦いを挑んでいるようなもの。あなたたちに協力を強制するつもりはない。戦いを避け、異人の能力を隠して生きたいというのならそれでもいいわ」

 空になったコップを片手に、冬子は席を立つ。事務所を出ていく彼女をただ見送るだけであった。


 人間を超えた力を手に入れたことで、正義の味方面していたことは否めない。陰ながら、悪の存在を倒すということに酔いしれていたことも確かだ。けれども、それは単に自己満足だったんじゃないだろうか。戦い続けることにより、身内に被害が及ぶ可能性なんて、考えもしなかった。

 そうでなくても、この戦いで仮に俺が命を落としたらどうなる。今の冬子と同じ気持ちを両親や友人に味あわせることにならないか。


「正直私もショックを受けてるよ。やつらと戦うには相応なリスクは覚悟しなければならない。でも、そうだとしても、私は戦い続けなければならない」

 聖奈は首からかけていたネックレスを外した。タンクトップに隠れていたが、それには太陽のアクセサリーがついていた。

「まだあんたには話してなかったわね。私が異人と戦う理由。極論からすれば、私も冬子と同じく、異人への復讐のために戦っているの」

「聖奈さんも異人に家族を」

「いや、私の場合は恋人だ。それに、殺されたわけではない。でも、もしかしたら、殺されたも同然かもしれない」

 そう言って、ネックレスを強く握りしめる。うつむき、歯を強く食いしばっていた。


「このネックレスは、私の恋人孝が買ってくれたものなの。孝もまた、これと対になる月のネックレスを持っていたわ。

 ある日、彼とのデート中に異人に襲われた。私たちは為すすべなく細胞注射を施され、異の世界に連れ去られようとしていた。私はある人に助けられて無事だったけど、孝はそのまま異の世界に幽閉されてしまった。

 その後聞いたことだけど、あの世界に連れ込まれた人間は無事では済まないらしい。最悪の場合は命を奪われているかもしれない。それを知った時は、過去の冬子みたいに、泣き叫ぶばかりだった。

 でも、その後、私はある決意のもと、異人と戦うことにした。もしかしたら、孝は生きているかもしれない。最悪の場合でも、異人を倒すことで、その弔いをしよう。それが、私が異人と戦う理由よ」

 ネックレスを付け直している間、太陽は寂しげに揺れていた。

「聖奈さんにもそんな過去があったなんて。このことを冬子は知ってるんですか」

「知ってるもなにも、私を助け出してくれたのが、冬子だったのよ。彼女もまた異人と戦っていると聞かされ、私もその協力を申し出たの。で、バイトとして、この事務所に雇われることになったわけ。冬子があんな理由で戦っていたなんて、ついさっき知ったけどね」

 言い終わるや、聖奈の頬を一筋の雫が伝った。そのまま「ごめん」と言い残し、彼女は事務所を後にする。


 冬子と聖奈。二人には異人を倒す明確な理由がある。それによって、周囲にどんな影響が出るかも覚悟の上だろう。

 だが、俺はあくまで巻き込まれただけ。正直、異人との戦いに参加する義理はない。それこそ、やつらが俺に危害を加えようとするなら、撃退する他ないが、能動的に異人を倒すことに意味はあるのだろうか。


 窓から差し込む光も徐々に薄れていく。ずっと立ち尽くしていた俺であったが、町内放送で流れる「夕焼け小焼け」のメロディーでふと我に返る。

「翼君。君が衝撃を受けているのは十分に察せられます。けれども、そろそろ帰らないと」

「そうですね。今日のところはお暇します」

 駅まで送るという所長の申し出を辞退し、俺はふらつきながらも事務所を後にした。


 「補習をやっていたにしては遅い」と母さんから叱られたが、ほとんど上の空だった。頭の中は冬子から聞かされた話が支配していて、とても宿題なんて手が付けられる状態ではなかった。


 けれども、俺は自分のことで手一杯すぎて、あることを失念していた。冬子が過去に体験したあの出来事。聞くだけでも相当身に応えたが、体験した当人は並々ならぬショックを受けていたはず。

 それゆえに「異人」に絶大なる嫌悪感を抱いている彼女が、面と向かって「異人」と言われたとしたら。それに、彼女の性格からして、あのまま泣き寝入りするはずがない。

 もちろん、そこまで思考が回るほど、俺は人間ができていない。現に、俺がそのことに気付いたのは、翌日にかかってきた一本の電話がきっかけだったからだ。

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