第33話 うれしくない誕生日プレゼント
「あんなお嬢さんを見た時はあの時以来です。それに、一方的に異人にやられたというのも気になります」
「異人の戦いに参加して日が浅いけど、ブラッドってやつはかなりの強敵ってのは嫌でも分かった。それよりも、所長さん、あの時以来ってのはどういうことですか」
「お嬢さんの両親が亡くなっているってことは話しただろう。その両親のお葬式の時も、お嬢さんはあんな調子だったんだ」
一度に肉親を失ったのなら、あんな呆然自失になってもおかしくはない。
「失礼かもしれませんが、両親はなんで亡くなったのですか」
「表向きは交通事故とされている。けれども、お嬢さんがあんな調子ということは、もしかすると、あの事実が明かされてしまったかもしれないですね」
「まさか、所長さんは知っていたのですか」
その物言いからして、冬子の正体を把握していたことは間違いない。いや、むしろ当然か。冬子を実の娘のようにして育ててきたのだ。彼女の正体を知らないままという方が不自然だ。
「お嬢さんから強く、自分は異人の血を引いていることは言うなと口止めされていたのです。だから、君に異人について話した時も、そのせいで説明できないことがありました。たとえば、異人の目的についてとか」
「それも知っていたのか」
「ええ。しかし、なぜ知ってるかと聞かれたら、どうしてもお嬢さんの過去に触れないといけません。それを明かすということは、お嬢さんが異人の子供であることも暴露することになるのです」
つまりは、話したくても話せなかったということか。冬子の気持ちからすると、無理に詮索するのは酷である。だが、一緒に戦おうとしているのに、頑なに秘密にされたというのはどうにも癪であった。
やがて着替え終わった冬子が聖奈と共に入ってきた。前とはうってかわって、質素な部屋着を身に着けている。まだ嗚咽を漏らしているが、幾分落ち着きを取り戻したようだ。所長から手渡されたお茶に口をつけ、ソファーへと腰掛ける。そのまま、彼女がお茶を飲み干すのを静かに見守る。
「みっともない姿を晒したわね」
「みっともねぇな」と詰るほど、俺は残酷ではない。かといって、ここでうまい言葉が思いつかなかった。
「冬子、お前本当なのか。異人と人間の間に産まれただなんて」
「聖奈にも話してなかったけれども、それは本当よ。あいつに暴露されたんじゃ仕方ない。この機会だから、私の過去を話すわ」
冬子の過去。いったいなぜ異人の血を引くことをひた隠しにしてきたのか。その理由は、まさしく、そこにあるのではないだろうか。
「お嬢さん、いいのですか。あの過去のことは絶対に明かしたくないっておっしゃっていましたが」
「こうなったら、過去を明らかにするしか、翼や聖奈に納得のいく説明ができない。それに、あんたが一番むかついている、私が異人であることを隠している理由も、これで分かるはずだから」
心の中を見透かされた気分だが、俺がしこりを残しているのはまさしくそこだ。
冬子はマグカップを置くと、静かに語り出した。
私が生まれ育ったのは、ここから遠く離れた小さな町であった。いわゆる過疎化問題に直面しているような町で、今では隣の市に吸収合併されてしまったという話だ。
町内のみんなが顔見知りというぐらい、コミュニティが狭域で親密ではあったけど、その中でも私の父はかなり特異であった。そりゃ、あんな半端な町で探偵業なんか営んでいたら、噂にならない方がおかしい。
母は、そんな父の仕事のお手伝いをしていた。やっていることは、探偵というよりも、町のみんなの悩み相談みたいなことばかりだったけど。だって、依頼されることといえば、飼い犬が逃げたから捕まえてほしいとか、そんなのばかりだったもの。
そんな町で、私は何不自由なく暮らしていた。不自由があったとしたら、この眼鏡だろう。5歳の誕生日の時に、両親からプレゼントされたのだ。
普通の眼鏡ならまだしも、ぐるぐる眼鏡とは、相当に趣味が悪い。おまけに、これをつけると、視界が薄暗くなる。正直ありがた迷惑だった。
どうして、こんなのものをプレゼントされたのかよく分からなかった。思い当たる節といえば、誕生日より少し前に「どうして私の目は左右で違う色をしてるの」と尋ねたことぐらいだ。
それはさりげない質問であるはずだった。けれども、両親が激しく困惑しているのを、子供心ながらに感じ取っていた。
両親はその質問に答えることなく、こう言及してきた。
「あなたのその目のことは内緒にしておきなさい」
「どうして」
「どうしてもだ」
大人の子供に対する理不尽とは、こういうことだろう。子供だから知らなくてもいい。黙って言うことを聞けばいい。
無論、この時に納得はしていなかった。けれども、その時の両親の差し迫った様子は、今まで体験したことがないくらいだった。
この眼鏡をもらったときも、「どうしてこんなのつけなければならないの」と質問したが、またしても「どうしても」と弾圧されてしまった。それに逆らえるはずもなく、私は、嬉しくもない誕生日プレゼントを、その日からつけることにしたのだ。
当然、その眼鏡は友人たちの笑いの種となった。特に男子たちは「冬子の眼鏡はぐるぐる眼鏡」と出会うたびに囃し立てた。その度に恫喝し、「おぉ、怖い」と逃げ出されるの繰り返し。正直、鬱陶しいことこの上なかった。
元々、あまり友達といえる友達は少なかった私だけど、この眼鏡をかけてからは、一段とその数が減っていった。こんな変な眼鏡をかけている子とは一緒に遊びたくない。そういうことだろう。この眼鏡のせいで、白い目で見られているなら、いっそこんなもの捨ててしまいたい。けれども、それはどうしてもできなかった。