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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第5章 冬子の過去
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第32話 ブラッドの必殺技

「そうよ」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、冬子は立ち上がった。また言い寄られるか。しかし、その言葉にいつもの覇気はない。

「私は、自分が異人であることを許せなかった。だから、その血を受け継いでいることは明かすことができなかった。だって、私は、私は」

「化け物じゃねぇと言いたいのか」

 ブラッドが割り込んできた。俺は顔をしかめたが、やつの形相は、これまでのふざけた一面とは大きく異なっていた。汚物を見下すかの、軽蔑にあふれたまなざし。

「異人としてむかつくんだよな。オレたちを散々化け物扱いしておいて、阻害してきたくせに。自分もその血を引いているのに、自分は化け物じゃねぇってか。てめぇらのそういうエゴに、オレたちがどれだけ苦しめられてきたか、分からねぇだろうなぁ」

 その怒号に、俺たちは何も言い返せなかった。ブラッドはサーベルを一閃する。それは冬子の頬を切り裂いた。赤い血がしたたり落ちる。けれども、冬子は反応することなく、ただ嗚咽を漏らすばかりであった。

「てめぇみてぇなふざけた野郎は、ここで仕舞しめぇにしてやるよ」


 ブラッドは距離をとるや、右手を広げ、それをダガーナイフで滅茶苦茶に切り裂いた。その手が見るも無残な切り傷に覆われていく。だが、そこから一向に血液は流れ出ない。流出をこらえているのか。

 なんにせよ、とてつもない攻撃が来るのは間違いない。俺は回避しようと翼を広げ、地を蹴る。


 しかし、冬子は立ちすくんだまま動こうとしない。このままでは、やつの絶好の的となってしまう。俺は方向転換して、冬子の頭上につける。そして、彼女の脇の下から手を通し、腕で体重を支える。

 彼女をおんぶした時もそうだったが、こういうことをすると、当たり前だが飛行速度は著しく下がる。それでも、案山子みたいに突っ立っているよりはマシだ。

「そんな女を助けるとは、ふざけた野郎だなぁ。おめぇも消してやんよ」

 ブラッドは手のひらを空中に掲げた。そこから青色の血があふれ出してくる。


 いや、その量が半端ではない。サーベルを作った時の滝がかわいく思えるレベルだ。大量出血したそれはダムの決壊を想像させた。

 それが、ホースで勢いよく散水しているかごとく、俺たちに差し迫ってくる。しかも、硬化した状態で。それはまるで、血しぶきのレーザービームのようであった。


 こんなものに直撃されたら無事なわけがない。俺は即座に上昇を取りやめる。相手は完全に天上を狙っていたのが功を奏したのか、なんとか血しぶきのビームは回避することができた。

 だが、そのビームは天井を突き破り、二階まで貫通していった。更に進撃をつづけ、1階から青空を見上げられるまでに達した。崩れ去ってきた木くずが雨のように降り落ちる。ブラッドはコートを拾って振り回し、それを防ぐ。俺も、地面にうずくまってやりすごした。


 木くずの雨がようやく収まる。ブラッドは両手をハンカチで拭っている。あんな大技を隠し持っているなんて。このまままともに戦っても、正直勝ち目はない。おまけに、冬子は放心している。

「外しちまったかよぉ。仕方ねぇな」

 未だ出血しているが、それが即座に固まりサーベルと化す。戦うのが無理なら、せめて生き延びるしかない。俺はそばにあった木くずを握りしめ、力いっぱいブラッドへ放り投げた。当然、サーベルで切り裂かれて防がれる。

「こんな捨て鉢しかできねぇとは、失望させ……」

 その言葉が途切れたのは無理もない。俺は冬子を抱え、上空へと飛び去っていたのだ。

「おめぇ、逃がすかよぉ」

 端から戦う気はない。あの投擲はやつの気を一瞬でもいいから反らすためのもの。そして、さっきの大技で天井に風穴を開けてくれたことが、むしろ吉と出た。


 ブラッドは血しぶきを弾丸にして撃ちだしてくる。それをかわしつつ、天へと上昇していく。あいつも飛行能力を持っていたら対抗策はない。ある種の賭けではあった。

 三階に到着し、大穴から様子を覗く。ブラッドはうろちょろと動き回っていたが、やがて諦めたのか指を鳴らした。すると、彼の周りに白いもやのようなものが発生した。それはブラッドの全身をつつんでいく。もやが消えた時、ブラッドの姿も消え失せていた。どうやら、逃亡に成功したようだ。


 俺は冬子とともに1階まで下る。羽根をしまい、脱ぎ捨ててあった上着を羽織る。すぐに、冬子のそばまで戻るが、彼女は未だ泣き止まない。俺も正直戸惑っている。彼女が異人と人間の間に産まれたというのは、この動揺ぶりからして、嘘ではないだろう。いろいろと聞きたいことはあるが、こんな状態ではまともに会話もできそうにない。

 もちろん、このまま置き去りになんてできるわけもないので、俺は冬子をエスコートするように駅へと向かった。その間、冬子はオッドアイを晒したまま涙を流していた。痴話喧嘩で女を泣かしたひどいやつと思われただろう。だが、今はどう評価を下されようがどうでもいい。なんとしてでも、彼女を送り届けなければ。


 人々の白い目線をかいくぐり、ようやく牧野台駅、そして、夏木探偵事務所へとたどり着いた。煤で汚れ、目を腫らした冬子を前に、所長と聖奈も慌てふためいた。

「翼くん、これは一体どうしたんですか」

「ブラッドという、恐ろしく強い異人にやられたんだ。それに、冬子について気になることを言っていた」

 あのことについて尋ねるにしても、冬子を落ち着かせるのが先だ。聖奈が連れ添って、汚れた制服から着替えるのを手伝っている間、俺は所長からお茶をご馳走になった。

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