第30話 異人最上位種「鮮血~ブラッド~」
話の流れの都合上、文字数が少なめでの投稿です。
また口封じで殺されるのか。しかも、有言実行とばかりに、ズボンのポケットからダガーナイフを取り出した。柄の部分に刃先が収納できるタイプらしく、一振りでその刃を出現させた。
アブノーマルみたいに、単に身体能力が向上しているだけではないだろう。それに加えて、冬子の炎と氷みたいな特殊能力を持っているはずだ。それが分からない今、決して油断はできない。
俺は上着を脱ぎ捨てて上半身裸になる。そして、冷却シートを剥がし、両手を広げた。背中から羽が広がり、羽ばたきと共に低空飛行を開始する。ブラッドは感嘆したように、その一部始終を見守っていた。
「それがおめぇの能力か。ウィング。ここで細胞注射を施した野郎がいたと聞いたが、その相手がおめぇだったわけだ。
その程度の能力でオレに挑もうとするとは、片腹痛いにもほどがあるぜぇ」
ブラッドはダガーナイフを振りかざす。投擲されるか。俺は前傾姿勢をとり、いつでも浮上できるようにする。
しかし、ブラッドの次の一手は、予想だにしなかったものだった。やつはダガーナイフの切っ先を自分の掌に当てた。
そして、そのまま一直線に掌を切り裂いたのである。
いきなりリストカットするなんて、どういう神経してるんだ。しかも、ダガーナイフはそれでお役御免になったのか、血を拭うこともせず、そのまま切っ先を引っこめてしまう。
その手から滝のように流れる鮮血。戦う前に自殺してくれるとはありがたいが、ブラッドは一切苦悶の表情を浮かべてはいない。こんな傷を負っておきながら、むしろ恍惚さえ覚えている。
彼の思考も十分理解の範疇を超えていたが、それを超越するのが、溢れ出る血の色だった。血液は紅色をしているというのは、この世の常識である。しかし、やつの掌から流血しているそれは、明らかに赤い色をしていなかった。
やつは青色の血をしていたのである。
人間の体内から流れ出たとは到底信じられず、青色のペンキがこぼれ出ていると錯覚したぐらいだ。けれども、切り傷からとめどなく流出するその液体は、血液に違いなかった。
これだけでも驚愕だが、その血液は更なる変化を遂げた。冷凍庫で瞬間冷凍されたがごとく、いきなり流れ出ている液体が凝固したのだ。それはまさしく、手のひらを根元に垂れ下がる蒼色のつららであった。そのつららを片手で無理やりちぎり取ると、剣を握る要領で構える。
「なぁ知ってるか」
貧血患者よろしく、ふらふらと接近してくる。それでも、そのサーベルの切っ先はまっすぐに俺を狙っている。
「オレの血は青いんだぁ」
ブラッドはサーベルを振り上げた。俺は慌てて浮上する。
「だから、おめぇを真っ青に染めてやろうかぁ!?」
サーベルが突き刺さる。間一髪空中へとのがれた。だが、完全にはかわしきれず、数枚の羽が舞い落ちた。
ありのまま起こったことを整理すると、やつは自分の血液を瞬間的に固まらせ、それを武器として扱うことができるらしい。あのサーベルはその能力の賜物というわけか。
ブラッドの武器があのサーベルというのなら、戦況としては俺の方が有利だ。空中に逃れていれば、あの得物の餌食になることはない。問題は、有効な反撃の手立てがないことだ。やつを倒すとしたら、直接殴りかかるか、空中から叩き落とすしかない。それを実行するには、どうしてもあの武器の間合いまで入り込まなくてはならないのだ。どうにかして隙を作らなければ、串刺しにされてあの世行きだ。
しかし、ブラッドは反撃の猶予さえ与えてはくれなかった。今度は自分の手首に噛みつき、そこから青い血をしたたらせる。武器を増やす気か。
すると、ボールを投げつけるように、俺に向かってその腕を振り上げた。その軌道に合わせて血しぶきが飛ぶ。
血しぶきは地球の引力に従い、地面へとこぼれ落ち……ない。それどころか、一瞬のうちに固体へと変化する。そして、驚くのはここからだった。
その血しぶきは、弾丸のように俺の方に飛来してきたのだ。
あまりにも予想外の攻撃に、俺は回避する暇がなかった。直撃を受け、真っ逆さまに墜落する。この野郎、遠距離攻撃まで隠し持っていたのか。
地面でうずくまる俺に、ブラッドはサーベルを突きつける。それは俺の喉を捉えていた。
「おめぇの実力はそんなもんだ。オレに敵うなんておこがましいんだよぉ。諦めて、オレに協力しなぁ」
「お、お断りだ」
「じゃあ、くたばれや」
サーベルが喉を貫こうとする。これで終わりなのか。俺は目をつぶった。