第28話 ドラキュラのコスプレ男
それから更に季節は流れ、うららかな春の日差しを感じるころから、鬱蒼とした湿気が来襲するころへと移り変わった。狂喜するのはカタツムリくらいなこの時期、俺は一段とテンションが下がっていた。そりゃそうだろう。半日だけとはいえ、休日にわざわざ学校に出てきて勉強しなければならなかったのだ。
テストの成績が悪かったとか、そんな理由ではなく、いわゆる休日補習というやつだ。入学して2か月は、学校に慣れるためということで免除されていたが、今月からは隔週で実施されることになった。ゆとり教育が行われていた時代に、学習時間を確保するための対策として導入されたものだが、それが現在まで継承されているらしい。
俺が通う清川高校は、偏差値でいうと平均よりちょっと上ぐらいで、特に進学校というわけではない。けれども、こういう学習面での補助は迷惑なほどに充実しているみたいだ。ちなみに、3年生になると毎週のように補習が入るらしい。そこは、受験生だからと、割り切るしかないか。
志望校に合格するために、日夜自学自習を欠かさないというタイプでもないので、正直この制度はありがた迷惑なだけだ。初めての補習をようやく終え、俺はふらふらと帰路についているところというわけである。
ここまでだるいと、異人を倒す気にもなれない。あれから三度くらい異人と遭遇し、そのうち二体は、なんとか自力で倒すことができた。まあ、上空まで運んで落とすだけの簡単なお仕事でしたが。残る1件は、もう少しのところで、冬子が乱入して、あっさり氷漬けにして倒してしまった。冬子の異人倒したい病も相変わらずだ。
「このまま家に帰っても暇だし、寄り道していこうかな」
帰ってやることといえば、宿題ぐらいだ。篠原は、早々に部活に行ってしまっている。以前、冬子がやっていたように、寄り道して本でも買うか。どうせ買うとしても漫画の単行本ぐらいだが。
そう思い付き、駅から方向転換する。すると、全身に悪寒が走った。この感覚、間違いない。けれども、こんなところでやつらが現れるなんて妙だ。駅前なんて、人だらけじゃないか。少し歩けば、冬子が寄り道したと思われる書店が入っている大型スーパーもある。
ここでロストフィールドに当てはまるところというと、あの空地か。まさか、あそこにまた出現するなんて、性懲りのないやつらだ。
俺は再度方向転換し、学校の方へと走り出す。この時、あまりにも気配を追うことに夢中になっていたせいで、すぐ近くで佇む人に気付かなかった。
その人と肩を接触させてしまう。
「どうも、すみません」
頭を下げ、走り去ろうとする。しかし、その人に肩を掴まれた。やばい、本気で怒らせてしまったか。
その人は、俺とあまり変わらない年頃の男だった。細く突き刺すような眼光を放ち、長くのばされた前髪がそれを片方隠している。血の気が薄いのか、白っぽい肌をしている。
ビジュアル系バンドでもやっているのかと思い、その服装を確認すると、目を疑う光景が飛び込んできた。蒸し暑くなってきているにも関わらず、漆黒のコートを身に着けているのだ。さすがに前開きになっているが、それでも暑苦しい。そのコートの下には、燕尾服を身に着けている。これでパピヨンマスクでも装着したら、美少女戦士に出てくるあの人っぽくなる。
ただ、そんなことしなくても、前開きのコートがマントに見えなくもないせいで、こんな印象を抱かざるを得ない。
ドラキュラのコスプレをしている変人。
単なるストリートミュージシャンとかならまだしも、本当の変態だったらどうしよう。
「あ、あの、本当にすみません」
とりあえず、もう一度誤っておく。男は相変わらず黙ったままだ。おまけに、肩に置いている手を放す気配もない。そろそろ痛くなってきたので、いい加減どかしてほしい。
「おめぇ、この手が痛くねぇのか」
「ちょっと痛いです」
それを聞くや、男は素直に手を離した。安堵したのもつかの間、男は急激に顔を近づけてきた。そして、鼻先が触れんばかりの距離でこうささやいたのだ。
「もしや、異人か」
俺は耳を疑った。異人のことは、俺のほかは、冬子や聖奈、所長ぐらいしか知らないはずだ。それに、今までの戦いの中で、誰かに目撃されていた覚えもない。目撃されていたとしても、「異人」という単語を知っているというのは解せない。
「図星みてぇだな」
男は舌なめずりして顔を話す。こいつと接近した時、一気に悪寒が強まった。否定しようとしても、俺の全身がある事実を告げようとしている。認めたくはないが、こいつは……。
「お前も、異人なのか」
それに対し、笑みを浮かべる。肯定ということか。こいつが異人であるなら、大きな矛盾点がある。異人は、人通りが全くない、いわゆる忘れ去られた場所に出現するのではなかったのか。こんな街中にまで出現するなんて。
いや、もう一つ可能性がある。こいつも、俺や冬子と同じく、異人によって能力を得た者。むしろ、そうとしか思えない。
「おいおい、そんな身構えなくてもいいぜ。オレは、こんなところで暴れるつもりはねぇ。ここは居心地が悪いうえに、あっちぃからなぁ」
暑いのは、そのコートのせいだと思うが。俺は肩の力を抜く。男はコートを翻すと、人差し指を数回曲げた。ついてこいということだろうか。無言のまま歩き出す男の後に続いていく。
それからしばらくした後のことである。翼と謎の男が邂逅し、連れ立って歩き去った現場に、冬子が息せいて到着した。
「間違いなくこの辺りに、とんでもない気配を感じたんだけど」
冬子が感じたというその気配はとっくに消え失せている。いや、その残滓は身に突き刺さってくる。おそらくは、どこかに移動中。
「あのバカが関わってなければいいけど」
冬子は確信していたのだ。これだけのオーラを放つことのできる異人。それは、上位種をはるかに超越したあいつらに違いないと。