第27話 冬子VSヤンキー
授業が終わってから思い返したかのように、大暴投について話しかけられたりもしたが、どうにか放課後を迎えることができた。本当に、どうなってしまったんだ、俺の体。これは一度、冬子に相談する必要があるかもな。
そんなことを考えながら、清川駅への道を歩いていると、偶然にも信号待ちの冬子を発見した。彼女は、授業が終わると脇目も振らずに教室を出て行ってしまう。一方、俺は部活前の篠原と談笑したりしているので、教室を出るのは遅い方だ。そのため、同じ帰宅部とはいえ、通学路で一緒になるのはかなり稀なことだ。
「よう、冬子」
「誰かと思えば、あんたか」
相変わらずのぐるぐる眼鏡で、不機嫌そうに顔を向ける。こいつは愛想という言葉を知らないのか。
「あんたって、せめて、名前で呼んでくれ。翼君とかでもいいからさ」
「あのね。異人の力を持っているとはいえ、あんたと友好関係を築いた覚えはないわ。プライベートの時は無闇に話しかけないで」
「そりゃないだろ。それに、ちょっと相談したいことがあるし」
「そう。ならさっさと話しなさい」
そうして、赤信号に視線を戻す。その直後に青へと変わったので、俺は冬子と並んで歩き出した。ふと、彼女のカバンから顔をのぞかせている単行本を発見した。「城崎温泉殺人暮色」というタイトルだ。普段、そんなに本を読まないので、全く話が分からない。少なくとも、ミステリーであることは確かだ。探偵事務所に住んでいるだけあり、ミステリーが好きなのだろうか。
俺がじろじろと単行本を観察しているせいか、冬子の方から切り出した。
「質問って、まさかこの本のこと。新刊が出たから本屋に寄って買っていただけよ」
だから、俺と鉢合わせしたのか。寄り道して本を買うやつなんか初めて見た。
これで話は終わったと本気で信じているのか、冬子はさっさと歩き去ろうとする。俺はすぐさま呼び止めた。
「いやいや、異人の能力のことだ。今朝から変なことばかりあってさ」
俺は、バターナイフをへし折ったことや、体育の時間での大暴投のことをかいつまんで説明した。
「噂になってたけど、やっぱりあんただったのね。まったく、前から変な噂が立てられてるのに、余計なことしてんじゃないの」
「噂というと、あの花火野郎のこともか」
「もちろん。ふざけてるわよね。なんで、私が迷惑花火野郎で、あんたが天使なのよ」
それも知ってるのか。俺に対して立腹されても困る。「普通、逆でしょ」って、君は天使という柄ではないと思うぞ。
「それで、異人の能力についてだっけ。あんたの羽を生やせる能力については、背中に冷却シートを貼っている限りは発動することはない。私もまた、この眼鏡をつけている間は炎や氷が使えないのと同じことね。
けれども、基本的な身体能力は、あんたが異人の力を手に入れる前と比べると大きく上がっていると思った方がいいわ。その気になれば、あんたがやらかしたような、フェンスにボールをめりこませるぐらいは簡単にできる。私もやれと言われたらやれる自信があるわ。まあ、実際にやることはないでしょうけど」
つまり、力加減に気を付けていないと、ふとした拍子に超人的なパワーを発揮してしまうのか。それって、日常生活を送るだけなら、むしろ不便になったような。
「それが分かったなら、今度からはバカみたいに力を入れることはやめなさい」
「そうだな。ありがとな、教えてくれて」
「礼なんて別にいいわ」
その声は少し裏返っていた。どことなく速足にもなっている。
すると、前方不注意だったのか、冬子は三人組で連れ立っている男の一人と接触してしまった。しかも、その男というのが、髪を染めていたり、耳にピアスを開けていたりしている、ダボダボした服装のヤンキーだったのだ。
「よぉ、女子高生。ぶつかったんだから謝りな」
「あんたがチンタラ歩いてるのが悪いんでしょ」
因縁をつけられているが、それに動じず強気な態度を崩さない。それにむかっ腹を立てたのか、ヤンキー連中は冬子を取り囲んだ。通行人はひそひそ話をするばかりで、止めようとする者は誰もいない。これはまずいだろ。
そのうち、ヤンキーが冬子の胸倉をつかんだ。
「こいつ、変な眼鏡かけてるぜ」
「お前、それカワイイとか思ってんのかよ。この眼鏡みたいに、頭の中はグルグルパーなんじゃねえか」
「言えてる」
ヤンキーどもは下種な笑い声を上げる。冬子は反論することなくうつむいたままだ。俺は舌打ちすると、ヤンキーの前に立ちふさがった。
「なんだてめぇはよ」
「もしかして、こいつの彼氏か」
「お前、こんな変な眼鏡かけてるやつを彼女にしてんのか。趣味悪いな」
勝手に彼女にするな。
「嫌がってるじゃないか、放してやれよ」
「うるせぇな、指図すんじゃねえ」
怒号を浴びせられ、パンチを目前で寸止めされる。次に逆らったら本気で殴るという脅しか。それならそれで上等だ。冬子じゃないが、俺が正当防衛でやっつけたというつじつま合わせができる。
「翼、余計なことしなくてもいい。今からこいつらを黙らせる」
冬子がそっと囁いた。意外な言葉に、ヤンキーに威圧された時以上の衝撃が走った。
「なんだてめぇ。俺たちを黙らせるってか。寝言は寝ていえよ」
額が接触しそうな距離まで接近して、ヤンキーが吠える。そんじょそこらの女の子なら泣きだしてもおかしくないぐらいの威圧だ。それでも、冬子はあくまで冷静を装っている。
すると、静かに右手を伸ばした。まさか、能力を使う気か。でも、炎や氷は今の状態では使えないと明言したはず。
冬子は親指と中指の先を合わせて丸を作った。
そして、ヤンキーの額にデコピンをかました。
冬子を掴んでいた手から急に力が抜け、ヤンキーは卒倒する。取り巻きが慌てふためいて、その体を支える。近くにいた俺でさえも、何が起こったか把握できなかった。いや、把握するのを拒んだ。俺も似たような力を有しているとはいえ、にわかには信じがたい。なにせ、デコピン一発でヤンキーをノックアウトさせたのだ。
「こいつ、覚えとけよ」
雑魚キャラの捨てセリフを吐き、ヤンキーは失神しているやつを引きずりながら逃げていった。唖然としている俺を残し、冬子はさっさと駅へと向かっていった。確かに俺たちには、常人を超越した力が備わっているようだ。