第26話 超次元魔球
「空飛ぶ天使まで出たんだってよ」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」
大声を出したせいで、クラス中の視線が俺たちに集まる。天使って、他人の空似じゃないよな。
「それなら俺も知ってるぞ。翼を生やした男がいたらしいぞ」
「天使が消えたら花火が上がったとも聞いたな」
「もしかしたら、天使と花火野郎って同一人物じゃね」
「いや、俺はそれぞれ別人だと思うな。花火野郎が天使を狙って打ち上げ花火を発射したとか」
「天使が魔法で花火を出したってのはどうだ」
口々、勝手な推論を言い合っているが、真実は一つだ。その天使とやらは、紛れもなくこの俺だ。大っぴらに空を飛んでいたら噂になっても不思議ではない。天使と呼ばれて悪い気はしないが、「俺が天使だ」なんて中二病の塊みたいで、口が裂けても言えない。
異人は退治していかなくてはならないが、戦うたびに根も葉もないうわさが増えるとなると、どうにもやりにくい。
偏頭痛がしてきたが、とりあえず早く着替えないと授業に遅刻する。それに、天使談義に花を咲かせている今なら、背中のあれにも気が付かれることがないだろ。俺は急いでシャツを脱ぎ、上半身裸になる。
「あれ、東雲。お前その背中の湿布どうしたんだ」
俺の後ろの席にいるやつにあっさりと発見されました。そして、あろうことか、天使談義をしていたやつらも群がってきたのだ。冷却シートが上野動物園のパンダみたいになるってどういうことだ。
「翼、怪我でもしたのか」
「あ、ああ、そうだな。ちょっとな」
「お前、帰宅部だったよな。それでもこんなところ怪我することあるんだな」
「背中って、背筋のやりすぎか」
「えっと、休みの日に掃除の手伝いをしてたんだ。そしたらドジって背中を打って、こうなったんだ」
我ながら、言い訳が苦しすぎる。帰宅部ということが裏目に出ているようだ。限定的すぎるが、こういう時は運動部の連中が羨ましい。
じっくりと冷却シートを観察され、かなり気恥ずかしい。お前ら、そんなもん別に珍しくないだろ。
「おい、早くいかないと遅刻するぞ」
それが鶴の一声になり、皆慌てて着替えに戻る。少し冬子の苦労が分かった気がする。けれども、俺の苦難はこの後にも待ち受けていた。
ストレッチ体操からランニングと、もはや通過儀礼となった準備体操を終え、俺たちはグラウンドの真ん中に集合した。
「今日は2つのチームに分かれて対抗戦をやる。その前にウォーミングアップでキャッチボールだ。各自、2人1組になって練習するように」
体育教師の掛け声に合わせ、「誰と組む」などと、相談が始まる。ここで仲間外れになるというひと悶着が起きそうだが、そんなことはなく、俺は篠原とペアになった。そもそも、ここにいる男子の総数は偶数だ。これでペアから外れるとなると、相当陰湿ないじめでしかない。
「よっしゃ、ばっちこーい」
バレーボールをやりたそうにしていたのに、いざキャッチボールを始めるとなると、俄然張り切っている。なんとも単純な男だ。だが、やるからには本気でやらせてもらおう。見るがいい、これが帰宅部の本気だ。
素人丸出しのフォームから篠原のグラブめがけてボールを投げつける。しかし、あまりに力みすぎたのか、ボールはそこを大きく外れていった。
「お前、どこを狙って……」
篠原が絶句した。俺も絶句した。つられて、他のクラスメイトも絶句していく。しまいには、先生まで絶句した。
野球ボールにしては派手すぎる音がしたから、嫌な予感はしていた。ガラスを割ってしまったなら、まだかわいい方であろう。しかし、俺がやらかしたのは、そんな次元のものではなかった。
俺が投げた球は、フェンスにめりこんでいた。
これが超次元野球だ。なんて、ごまかせそうな雰囲気ではない。もし、篠原がこれをまともに受けていたらどうなっていたか。どうにかこの場を打開しようと、俺はめりこんでいるボールを取り出そうとする。しかし、針金にうまい具合に絡まっているせいで、全然動かせない。これは、ペンチでフェンスを切るしかない。
「東雲、おまえいつの間にこんなボール投げれるようになったんだ」
「知りません」
あえて強気に出てみた。心当たりはあるが、それは明かすわけにはいかない。
俺のとんでもない暴投にざわめきだすが、その中で先生はグラブを構えて腰を落とした。
「東雲、試しに俺に向かって投げてみろ」
クラスメイトが期待のまなざしで、俺の一投を見守る。ここで超剛速球を見せつけ、そこから野球の才能を見いだされ、そしてメジャーを目指す。そんなスポ根話が思い浮かんだが、すでに人間離れした一投で疑惑の目を向けられている。それに、別にメジャーリーグを目指そうなど、そんな大それた野心は抱いていなかった。
とりあえず、あまり力まずに、それこそ女の子相手に投げるように投球してみた。緩やかな軌道を描いたボールは、すっぽりと先生のグラブに収まった。
「……普通だな」
「普通すぎるな」
「拍子抜けするほど普通じゃないか」
普通、普通言うなよ。「やっぱり、偶然だったんじゃないか」と落胆の声が漏れる。期待外れなことしてしまって悪いが、俺にも事情というものがある。
この一投のおかげで、やっぱり偶然だったという結論にいたり、それ以降は言及されることがなかった。
その後、フェンスに突き刺さったボールは清川高校の七不思議に加えられたらしい。
今朝のバターナイフの一件といい、知らぬ間に俺の身体能力は強化されてしまっているらしい。練習試合の時も、バッターボックスに立った時、思い切りバットを振ってしまい、場外ホームランをたたき出した。そのボールは行方不明となったが、後に三軒先の田中さんという老人から「お茶を飲んでいたら野球のボールが飛んできたわい」と学校に届け出があった。