第24話 冬子を乗せて
再起不能と思われたアブノーマルだが、体をピクリと痙攣させた。あの高さから墜落してまで息があるのか。
「情けないわね。まだ倒せてないじゃない。ちゃんととどめを刺しておかないと」
ゴキブリでも駆除するような口調で、冬子が炎の玉を発生させようとする。
「ちょっと待て、こいつは俺の獲物だ。最後もきっちり俺がやる」
虫の息のこいつなら、二、三発殴れば倒せるだろう。けれども、冬子は不満そうに頬を膨らませた。どんだけ異人を倒したいんだよ。
俺たちの物騒な談義を感じ取ったのか、アブノーマルはハイハイでその場から逃げだした。等身大マネキン人形がハイハイしていると実に気持ち悪い。なんて、達観している場合ではない。
アブノーマルは性懲りもなく、木登りを開始する。ただし、今度の目的は逃走であることは明らかだった。このまま逃がして、次の犠牲者を出したら話にならない。俺は翼を広げ前傾姿勢を取る。やつが樹木の頂点から顔を出した時に攻撃する。これでフィニッシュだ。
しかし、いざ飛び立とうとした瞬間、背中が急に重くなった。このタイミングで妖怪小泣き爺が出るなんて聞いてないぞ。
もちろん、その正体は妖怪ではなく冬子だった。何を考えているのか、いきなり俺の背中におぶさってきたのだ。
「あの、冬子さん、これはどういうことでしょうか」
「黙って私を上空まで運びなさい」
なんとなく、冬子がしでかそうとしていることが把握できた。大方、木の枝から飛び移って逃げようとしているアブノーマルに炎でもぶつけて倒そうというのだろう。こいつ、異人倒したい病を患っているのか。
「ほら、早く飛びなさい」
急かすように俺の尻を蹴ってくる。俺はサラブレッドじゃない。まさか、無理やり振り落すわけにはいかないので、仕方なく、冬子をおんぶしたまま空中へと繰り出した。
飛行している間、ずっと冬子が笑いをこらえているような声が聞こえた。そんなに可笑しいことがあるかと不思議だったが、俺の羽が何かをこすっているような感触があることからして、その理由が分かった。どうやら、羽ばたくたびに、羽が冬子の体に触れ、結果的にくすぐっていることになっているらしい。
それにしても、俺は今すごいことをしている。同じ年頃の女の子の太ももを両手で支え、背中には胸が密着しているのだ。更に、くすぐったいのを我慢している声が無駄に色めかしい。たまらずバランスを崩しそうになると「ちゃんと飛べ」という怒号が飛んでくる。無理ゲーだろ、これ。
それでもなんとか樹木の頂点まで到達できた。冬子が睨んだ通り、アブノーマルは別の樹木に飛び移ろうと跳躍していた。
「逃がさないわよ」
「おい、こら」
俺の制止を振り切り、冬子は背中を踏み台にして大ジャンプした。そして、一気にアブノーマルの頭上まで飛び上がる。無茶苦茶すぎるだろ、あいつ。
そして、アブノーマルを真下に捉えたところで、炎の玉をお見舞いした。その直撃を受け、アブノーマルは空中で爆音とともに四散した。やれやれ、汚い花火だ。
この時点で冬子は二つの大きな過ちを犯していた。一つは、当然ながら冬子には飛行能力がないので、俺が迎えに行かなければそのまま墜落死してしまうこと。見殺しにするほど俺は鬼ではないので、すぐさま冬子を助けに急行する。あの階段の時みたいに、こうなることを予想してなかっただろ。
そして、もう一つは、俺の頭上を通過するように飛び去って行ったことだ。これのどこが問題かって。冬子が今朝着替えた時の服装を思い出してほしい。彼女は赤のスカートを穿いていた。そのまま俺の頭の上を飛んだ場合、一体どうなるか。
冬子のスカートの中をばっちりと目撃することになるのだ。
冬子を掴んだ時、特に恨み言はぶつけられなかった。どうやら、パンチラ事件のことは闇に葬られたようだ。彼女の下着自体は今朝も目に収めてしまっているので新鮮味はないが。
そんな邪なことを考えていると、「あんた、どこ触ってんのよ」と予想外のお咎めが来た。どこって、そりゃもちろん。
「あああ、すまん」
まさか、こんな失態をしてしまうとは。慌てて俺がつかんだ先は、冬子の胸だったのだ。貧乳すぎて、しばらく気が付かなかったぞ。
とはいえ、ここで手を放したらまたもや冬子は急落下してしまう。とてつもない怒りのオーラを受けながらも、俺はそのまま地上まで下ることになった。男にとって羨ましい状況のはずなのに、全然うれしくないのはなぜだろう。
その後、冬子の張り手をもらったところで、俺の初めての異人との戦いは幕を閉じた。収穫があったとしたら、アブノーマルとなら互角に戦えると分かったことと、冬子と意図せずイチャイチャして、マニアックな意味でのご褒美をもらったことだろう。収穫と言っていいのか微妙なところである。
その後、ずっと喫茶店で新聞を読んでいたという所長と合流し、牧野台駅まで送ってもらい帰路に着いた。勝手にスーツを借りたうえ、元の制服をボロボロにしてしまったことで、母さんから大目玉をくらったことは言うまでもない。