第22話 アブノーマルとの恐怖な遭遇
修羅場だったのかよく分からない茶番を繰り広げてしまったが、異人捜索は続く。冬子はあれきり押し黙ったままだ。「今日はいい天気になりそうだ」とか「あ、ここのケーキおいしそうだぞ」とか色々話しかけてみるが、完全に無視されている。気持ちは分からないでもないが、少しは構ってほしい。
すると、ふと冬子の足が止まった。いい加減うざいと思われただろうか。彼女のことだから十分にありえる。
しかし、俺も冬子が立ち止った理由を実感せざるを得なかった。急に体中に悪寒が走ったのだ。冬子……ではない、第三者の気配を感じる。他にいるとしたら通行人だが、なんというか、これは人間が発せられるような類のオーラではない。
冬子が走り出す。俺も慌ててその後を追った。いつの間にか商店街を抜け、辺りは住宅街へと変わりつつある。休日の朝ということもあるが、ここまで来るとさすがに人通りも少なくなってくる。
その住宅街の一角にふるぼけた神社があった。周囲を樹齢数百年レベルの木々が覆っていて、うっかりしているとそのまま見落としてしまいそうだ。冬子は迷うことなく、境内に続く階段を駆け上がっていった。
こういう場合、数百段ある地獄の階段が出てくるのが定番なのだが、この神社の場合は数十段で境内までたどり着くことができた。樹木によって取り囲まれているせいで、朝だというのに薄暗い。風に乗って散在していた落ち葉が舞い上がる。本殿は木造の粗末なものであった。
立ち止まって観察している間にも、冬子は一直線に走り去っていく。本殿のわきを通り過ぎ、木々が立ち込める細道に入り込む。俺も慌てて追随した。
細道から先は裏山になっているようだ。夏休みだったら、小学生がカブトムシでも採集しに来ていただろうが、それには時期が早すぎる。樹木が乱立しているせいで、いちいち方向転換しなければならない。異人を探しに来ていなければ、こんなところに立ち入ろうとは思わなかっただろう。
やがて、冬子が立ち止る。そのわけは嫌が上でも理解できた。さっきから悪寒がひどい。こんな場所だから獣の可能性もあるが、それとはまた別の何か、この世の存在ならざるものが潜んでいる。おそらく冬子は、商店街の時からずっとこれを感じ、追い続けてきたのだろう。
「ここに異人がいるのは間違いないんだな」
「そうね。やつらは神出鬼没だから、気を抜くと奇襲されるわよ」
さらりと怖いことを言う。マネキンに奇襲されるなんて、夜中に夢に出るレベルだろ。俺はせわしなく動き回るが、冬子は一点で立ち止まり、そっと辺りを窺っている。そのうち、「うざいから止まって」とたしなめられた。よく、こんな中で平然としていられるよ。
仕方なしに立ち止まり、ふと木の枝を見上げる。するとそこには。
異人が木の枝に足をひっかけ、真っ逆さまにぶら下がっていた。
絶叫をあげる俺。本当にこういうのはやめてくれ。心臓が止まりそうになる。
「うるさいわね。アブノーマルが逆立ちでブランコしてたぐらいで騒ぎ立てないの」
「待て待て待て待て。あれはないだろ」
見間違えれば変死体と変わらないぞ。しかも、アブノーマルは俺の気も知らず、手足を伸ばし、カマドウマみたいに木を下ってくる。そして、地面までたどり着くや、首を九十度捻じ曲げ、こちらを伺ったのだ。子供が目撃していたら、一生もののトラウマになりそうだ。前から気になっているのだが、こいつらに関節の概念はないのか。
「変態の上に臆病者なんて、どうしようもないわね。異人と戦うってなら、あんなのと腐るほど対面するんだから。いちいち怯えていたら戦いにすらならない。もっと肝を据えること……ね」
絶句する冬子。うん、君の気持ちは分かります。なにせ。
彼女の目の前に、いきなり真っ逆さまでぶら下がる異人が現れたからだ。
悲鳴を上げながら冬子は俺に抱き付いてきた。彼女の身長が低いせいで、ちょうど俺の胸に顔が当たっている。そして、すぐさま、あたふたと後退する。
「ち、違うわよ、これは」
「いやあ、冬子さんでも怖がることあるんですね」
「茶化すんじゃない、バカァ」
眼鏡で隠れてはいるが、冬子は赤面していた。なんだかんだで、自分も怖いんじゃないか。
ほのぼのとしたが、化け物と遭遇しているというのは変わりない。それも相手は二体だ。アブノーマルたちは、それぞれ向かい合うようにして、俺たちを牽制している。
「一気に二体も出てきたけど、どうするよ」
「そんなに珍しいことじゃない。ちょっと前に、アブノーマル五体と同時に戦ったことがあるし」
あんなのが五体も出てくることがあるのか。さすがにそれは苦戦しそうだ。
「きれいに焼き払ってやったけど」
楽勝でしたか。
「軽く片づけてやるわ。あんたは下がってなさい」
「ちょっと待て、その発言はおかしいだろ」
「どこが」
「どこって、相手は二人で、俺たちも二人だ。普通なら、分担して倒すのが筋ってもんだ」
「あんた一人であいつの相手をする気」
今更驚かなくても、俺は端からそのつもりで同行しに来たんだってば。
「張り切らなくても、あんなの私一人で十分よ」
「お前が一人で倒したら意味ないだろ。ここは、初めて力を手に入れた俺の初陣ってことでさ」
「そんな漫画みたいなまどろっこしいことしないで、一気に駆逐しちゃった方が手っ取り早いわ」
妙に冷めてるな、こいつ。スタンドプレーが好きとか、そういうレベルを超えている気がするぞ。
このまま冬子が一人で殲滅することになるかと思われたが、異人の方がそれを許さなかった。二体の異人は、俺と冬子、それぞれを狙って襲い掛かってきたのだ。喧嘩している間大人しく待っているほどお人よしではないようだ。
やむを得ず、俺と冬子も各個撃破に臨む。冬子はぐるぐる眼鏡をしまうと、突進してきたアブノーマルをサイドステップでかわす。アブノーマルは手を伸ばしてくるが、冬子は炎を出現させて威圧した。
俺の方も、両脇から挟み込むようにさしのばされた両手を、後方の茂みに飛び込むようにして回避する。おとといの俺だったら、為すすべなく抱っこされていたところだった。我ながら、短時間で強化されすぎだろ。
ともあれ、ようやくこの力を試す時だ。俺は茂みから脱出すると、大きく伸びをした。このまま異人の能力を使ったらどうなるかは学習済みだ。俺は所長から借りているスーツと、自前のシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になる。突き刺さる風が冷たいが仕方ない。
すると、偶然にもアブノーマルの攻撃をかわしてきた冬子と鉢合わせした。彼女は怪訝そうに俺の体を見つめている。
「こんな時に露出プレーなんて、やっぱり変態なの」
「能力を使うためだから仕方ないだろ。上着を着ているとまだ破くことになるし」
それを証明するため、俺は背中の冷却シートを剥がした。その途端、二対の羽が顕現した。服を守るため、いちいち上半身裸で戦わなくてはならないのか。アニメとかで翼を生やしたキャラは腐るほどいるけど、それを実現させるとなると、こんな不都合が生じるのは想定外だった。