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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第5章 最後の秘策
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最終話 オッドアイの美少女

 あの戦いから二か月と少しが過ぎ、清川高校一年生としての生活も終わりを迎えようとしていた。極寒ともいえる気候からは解放されたものの、まだまだ肌寒さが残る。真冬に上半身裸で飛び回っていたのが懐かしいぐらいだ。もちろん、飛び回っていたというのは比喩的表現ではない。


 学校へと赴く道中、俺は深いため息をついていた。手にしているのは二十四点のテスト。正直、あの能力の弊害が全くないとは思ってはいなかったけど、まさかこんな形で表面化するとはな。

「朝から辛気臭いぞ、翼」

「篠原か。そりゃ憂鬱にもなる。だって、今日から業後補習なんだぜ」

「そりゃ仕方ないだろ。平均点五十七点の世界史のテストでそんな点を取るんだからな」

 それを指摘されると二の句も告げることができない。笑い飛ばしているこいつは、さりげなく五十八点という平均点スレスレの点を取っているし。


 あの戦いの後、結局俺のもとには「ウィング」と「空白ブランク」の二つの能力が残った。あれから異人が出現していないため、そのどちらもここのところ使用していない。それに、空白はこれ以上使うと翼まで打ち消してしまう上に、人間として生きていくために必要な記憶さえも消滅させられそうになるため、できればあまり使いたくない。

 そうは思っても勝手に副作用は出てしまうようで、高校生にとっては迷惑極まりない効力が発揮されてしまうのであった。それは、「記憶力が著しく低下する」というものである。

 そのせいかもしれないが、空白を手にした後、世界史や化学といった暗記分野の科目の成績が軒並み急降下してしまっているのだ。このことを冬子に嘆いたら、「勉強が足りないだけでしょ。能力のせいにするんじゃないわよ」とお灸をすえられた。


 そんな冬子は異の主から強制的に移された「総合ジェネラル」は失っているものの、最後の戦いの時に会得した七つの能力は健在しているらしい。いつ暴走してもおかしくないのだが、どうやら異人の能力は闘争心と密接に関係しているらしく、能動的に使おうとしなければ暴発することはないという。それは、自身の限界以上の能力を持っているにも関わらず、ここ数か月一切暴走することのなかった渡が証明していた。


 異の主と戦っている間に、千木市内のアブノーマルを壊滅させた渡たちは、相変わらずの大学生活を送っているようだ。異人との戦いがなくてつまらないと洩らす彼は、時たまボブとスパーリングして気を紛らわしているらしい。もちろん、異人の能力は使っていないのだが、基礎体力が上がっているので、素の状態のボブともいい勝負になっているようだ。

 冬子や渡がいうには「暴走したとしても、翼の空白で防げばいいでしょ」とのことである。記憶が削られるから過度に期待するのは止めてほしい。


「おはようございます、翼君、篠原君」

「おはよう、伊勢さん」

 俺たちに清々しいあいさつをしてきたのは瞳だ。長い前髪を揺らし、少し駆け足で俺たちと歩幅を合わせる。

「なんか翼君、元気ないみたいですね」

「ああ、このバカが世界史で十五点を取ったんだ。取ろうと思って取れる点数じゃないぜ」

「二十四点だ。どこからそんな点が出て来たんだよ。まあ、威張ることじゃないけどな」

「そ、それは大変ですね」

「伊勢さんは世界史何点だった」

「私は、七十二点でした。今回難しい問題が多いですからね」

 俺たちは顔を見合わせ絶句した。前に瞳は理数系の教科の方が得意って話していたけれども、俺たちとはえらい違いだ。試しに科学の点数を聞いてみたくなったが、それで卒倒するほど俺はドMではない。


 これ以上テストの話をしていても億劫になるだけなので、話題を変えることにした。

「ところで、信之君って元気か」

「相変わらずですよ。今朝もスカートめくられましたし」

 そう言いながら裾を押さえる。あのエロガキ、本当に相変わらずだな。


 信之君というのは、あの戦いで生き残った異人ノウズのことだ。彼に身寄りがないか所長に頼んで調べてもらったところ、三年前に下校途中で行方不明になった木村信之という小学二年生の少年と特徴が一致した。実際、両親と対面した際、息子であると確認がとれたため、今は実家に戻り普通の小学生として暮らしているという。

 瞳は彼を保護した恩人で、家も近くということで、しょっちゅう対面しているらしい。そのたびにセクハラされているので心外だそうだが。

 ただ、ノウズが人間に戻ったと考えると、その行為は実に可愛らしい一面を持っていたりもするのだが。


「信之君って、あの事件の時に両親とはぐれていたのを保護したって子だろ。いやあ、本当にすごかったよな。なにせ、テレビ局が炎上したんだぜ」

 篠原たちにはそういうことにしてある。異人たちの総攻撃については、異の主の宣戦布告もあってか、真面目に地球外生命体の侵攻という線も考えられた。だが、あの侵攻時に千木市を中心に謎の大規模停電があり、その対応でてんやわんやしていた間にテレビ局が大火災を引き起こしたのだ。事態の収拾に手一杯となり、事の発端である異の主についてはあまりにも情報が乏しすぎる状態であった。

 なので、電波ジャックした謎の男は火災に巻き込まれて死亡。機動隊を襲った謎の生物はパニック時に人々が見た集団幻想ではないかとの説が有力となった。

 もっとも、裏で所長が聖奈とともに情報操作に勤しんだ賜物でもあったりするのだが。「コンピュータージャックとか、いつお縄頂戴になってもいいようなことたくさんしでかしたわ」と聖奈は嘆いていた。けれども「こういうのは嫌いじゃないわね」と多少乗気でもあったようだ。

 それに、日がな重要事件が相次いでいるせいで、テレビ局炎上事件のことも徐々に下火になっていった。ただ、地球外生命体の侵攻を危惧し、近く対策本部が立ち上がるとの噂もある。渡や聖奈はそれへの参加を熱望しているようだ。


 それに、その対策本部はいずれ効力を発揮するような気がしてならない。あの異の主があのまま大人しく引き下がるとは思えないのだ。

 でも、再度野望を掲げて攻めてこようと、真正面から退けるのみだ。俺一人じゃ無理でも、頼れる仲間、特に彼女がいるからな。


「あ、及川さん。篠原君、行きましょ」

 唐突に瞳が友人を見かけたらしく、篠原を連れ出して行ってしまった。急にどうしたんだ。二人して気持ち悪いぐらいにやにやしているし。


「朝から相変わらず騒がしいわね」

 ショートボブの髪を揺らした眼鏡の小柄な貧乳少女が声をかけて来た。そういうことか。まったく、余計な気を利かせやがって。

「テストの話で盛り上がってたんだよ。お前は世界史どうだったんだ、冬子」

 その少女、冬子は眼鏡の位置を直すと、ない胸を張り上げた。

「九十二点よ。今回はやけに平均点低かったわね」

 文系の鬼である彼女に聞くんじゃなかった。


「急に辛気臭くなって。少しは楽しいことでも考えたら。こっちまで陰鬱になる」

「楽しいこと。そうだな、その眼鏡が似合ってることとか」

「これ? ま、まあ、あんたにしてはセンスがいい方じゃない」

 冬子は顔を赤らめながら、その眼鏡のレンズを拭く。


 冬子がかけている眼鏡は、ついこの間の冬子の誕生日に俺が贈った物だ。ただし、ぐるぐる眼鏡ではない。度は入っていないものの、きちんと透明なレンズの、正真正銘の伊達眼鏡だ。

 その眼鏡を掛けなおすと、冬子はそっと俺に微笑みかけてきた。俺も微笑み返し、彼女の手を握る。透明なレンズ越しに、紅と蒼の瞳が一層の輝きを放っていた。

ご愛読ありがとうございました。これにて異人完結です。

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