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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第5章 最後の秘策
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第175話 決着と条件

 ぴたりと冬子の涙が途切れる。直に触れ合っている彼女の腕が熱い。俺の方とはいうと、究極の宣言をしたことで、溢れる言の葉を留めることができなかった。

「お前がこの世から消え去るなんて言った時、胸が締め付けられそうだった。それ以前にも、お前が榊たちから蔑ろにされているのがどうしても許せなかった。どうしてだか分からなかったけど、それはこういうことだったからなんだ。

 冬子、お前はこの世界から必要とされていないわけじゃない。少なくとも、お前を必要とするやつがここにいるじゃないか」

「そ、そんな臭いセリフでどうにかなるなんて」

「俺が死にそうになっている局面で嘘なんか言うと思うか。どうしても信じられないのなら目をつむっていろ」

 自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。自我が薄れていく中、半ば本能の赴くまま指示したようなものだった。


 素直に目を閉じた冬子。俺もまた瞼を下げ、ゆっくりと彼女の顔に自分の顔を近づける。彼女の鼻孔から漏れる艶めかしい息遣い。熱気に包まれているせいか、あるいはその他の要因かもしれないが、彼女の全身は火照っていた。これからやろうとしていることは、簡易的ではあるが一度済ませたことではある。でも、前回とはまるで意味合いが違う。

 俺の唇が軽く湿った妖艶な皮膚へと触れた。そこで一旦躊躇するが、より一層強く目を閉じる。そして、俺と冬子の唇が重なり合った。

 唇を満たす甘味な液体。互いに絡み合う舌。合間から漏れ出る冬子の悶えるような吐息。俺とともに、冬子の胸が高鳴っているのが密に感じることができる。永遠にも等しい時をそのまま過ごしていたように思えた。


 甘美な一時を破ったのは、急激に成長したあの悪寒であった。突然、冬子から突き飛ばされ、俺は地面を転げまわる。すぐさま瞼を開けると、冬子の髪が下から風にあおられているように逆立っていた。それと共に、白いもやのようなものが彼女の体から放出されている。

 そのもやには既視感がある。異人が消え去るときに発生させていた物体。それが冬子の体から追い出されているようであった。


 そのもやは口惜しそうに上空を旋回していたが、やがて自然に消滅していった。どことなくであるが、そのもやは終始絶叫しているみたいだった。怨嗟というか、無念というか。だが、俺たちの同情を得るには、そのもやの主はあまりにも罪を重ねすぎていた。それでも、そのもやが完全に消えていくのを、俺たちは目を逸らすことなく眺めていたのであった。


「大丈夫か、冬子」

 四つん這いで震えている彼女に近寄る。すると、小気味よい音とともに、頬を叩かれた。ポカンとしていると、冬子は顔を赤らめながら叫んだ。

「調子に乗ってディープキスなんかしてんじゃないわよ、変態」

「最終的には元に戻れたんだから、結果オーライじゃないか」

「それとこれとは話が別よ。ま、まあ、ファーストキスの相手は結局あんただったんだから、まだマシだけど。とにかく、やりすぎってのは変わらないわ」

「まったく、細かいところでうるさいな」

 言い争っているうちに、ふとお互いに目が合う。俺が吹きだしたのをきっかけに、冬子と一緒になって大笑いした。ともあれ、これで本当に戦いは終わったのだ。


 だが、安心しているのはまだ早そうだ。俺たちのすぐそばで、木炭と化した天上柱が崩落してきた。冬子との戦いに夢中になっていたが、辺りはすっかり火の海であった。むしろ、ここまで熱戦を繰り広げてきて、建物が無事という方が奇跡であった。

「まずいな。早く脱出するぞ」

「でも、どうやって。出口なんて、とっくに炎の中よ」

「大丈夫、こういう時のためのこれだろ」

 そう言って、背中を指差す。この能力だけはかろうじて消失することなく現存させることができたようだ。他の能力が軒並み消えてしまったようなので、冬子と百合の二人を抱えて飛べるか不安ではあるが、このまま留まっていたら本気で焼失してしまうのでやるしかないだろう。


 「どうにも心配ね」と大っぴらに失礼なことを口にする冬子、そして、無言で為されるがままにされている百合を抱え、俺は風穴を開けられた壁から大空へと旅立った。派手な爆音とともに、テレビ局が物理的に炎上したのはまさにその直後だった。


 冬場だというのに全身汗だくになり、息を切らしながら、ブラッドたちと戦った大通りまで冬子と百合を運ぶ。彼女たちを下すと、俺は道路へと卒倒した。普段なら震えるほどの外気がとても心地いい。冬子もまた、肩をなでおろし、腰を落としていた。

俺たちが地面にへたれこんでいると、百合は一礼してそそくさと去りゆこうとしている。あまりに素っ気ない仕草に面喰いそうになるが、慌てて半身を起こして呼び止めた。

「待てよ、百合。もう行くのか」

「異人との戦いの行く末を見守るのが私の定め。あなたたちに異人の力が残っている以上、その責務から解放されたわけではありませんが。

 ここまで重大な被害をもたらした以上、本来ならあなたたちを消滅させてでも、異人の芽は潰しておくべきでしょう」

 儚げな風貌には似つかない邪悪な瞳に、俺たちは身構える。しかし、すぐさまいつものどこかとぼけたような表情に戻る。

「ですが、あなたたちを見ていて、考えが変わりました。人間を超越する力。それとどう向き合うか、これから見守っていくのも一興でしょう。

 私はしばらくこの地から去ります。ですが、私と再び会いまみえるというのがどういうことか、胸に刻んでおくんですね」

「おいおい、寂しいこというなよ」

 不平を口にしたが、百合は最後に微笑むと、こう言い残した。

「堂々と浮気していいのですか、ハンバーガーの人。私が提示した異人を人間に戻す条件。それをあんな形で示すとは、見事でしたよ」

 唖然とする俺たちを残し、百合は建物の影に隠れ、そのまま去っていったのだ。


「ねえ、翼。異人を人間に戻す条件って何だったの」

「いや、それは教えられない」

 あんな恥ずかしい条件、口が裂けても言えるか。すると、冬子は俺の頬を両手で左右に思いっきり引っ張った。やめろ、妖怪口裂け男になる。

「教えないなら、無理やり吐かせてやるわ」

「やめろ、暴力貧乳」

「ほう、そんなことを言うのはこの口か」

 まったく、こいつとは相変わらずの日が続きそうだ。人気の全くのない大通りで、俺たちはずっとじゃれあっていた。

 しつこいくらいに条件について尋ねられたのだが、当人の前でこんなこと言えるわけないだろ。


 異人を人間に戻す条件。それは、人と人との絆、その究極の形を示すことであった。

いよいよ次回最終回です。

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