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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第5章 最後の秘策
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第174話 告白

 冬子の動きを止めるきっかけでもあれば。物理的に殴り飛ばそうとしても、一方的に反撃されるのがオチ。それに、無闇に記憶消去を進行させないために、回避に専念するので手一杯だ。こちらから攻勢に転じられる余地はない。かといって、このまま逃げ回っていても、記憶喪失になったうえ、結局は滅多打ちにされてしまう。どうすればいい。


 苦悩して反応が遅れたのが致命的だった。気を抜いた隙に冬子に肉薄を許してしまい、彼女のアッパーカットをまともに喰らう。よろめいて、山積みになっている段ボール箱に突っ込んでしまった。

 火の気とは逆方向にあるため、段ボール箱はかろうじて原型を留めていた。ただ、俺が衝突したせいで、一気にひしゃげて中身がばらまかれてしまったが。


 どうやら、バラエティ番組に使う小道具を整理していたらしく、パフパフラッパやブーブークッションなどしょうもないグッズが点在することとなった。こんなパーティグッズばかり集めて、どんな番組を撮る気だったのだろうか。

 注視することなく、冬子と対面しようとする。すると、その中の「あるもの」が気にかかった。本来、こんな代物に親和性があるわけがないのだが、なぜだかいつもすぐそばにあったように思える。誰かが愛用していた。いや、嘘だろ。こんなもん、日常生活で好き好んで着用するやつなんて……。


 待てよ。いるじゃないか。それに、もしかしたらこれは使えるかもしれない。考えてもみろ。孝が正気に戻るきっかけとなった出来事。あの時にキーアイテムとなったものを。


 俺はそれを掴むと、冬子が繰り出してきた燃え盛るサーベルの一閃をかわした。頭髪ヘアーのサーベルに灼熱バーニングを纏わせているようだ。俺が手にしているこいつを活用するには近距離に持ち込まなくてはならないが、単純に接近しては返り討ちにされる。せっかくの作戦を忘れてしまっては本末転倒である。そのためには、あまり空白ブランクに頼ることができない。


 俺は冬子とは反対方向に全速力で走り去った。敵前逃亡したとみなしたのか、冬子は開け放たれている壁から脱出を試みようとする。

 そんな彼女に対し、俺はブーブークッションを放り投げた。飛距離が足りずに「ブー」という間抜けな音を立てて着地する。

「こっちだ、貧乳」

 それに加え、とっさに思いついた罵倒で挑発する。どうしてこんな言葉が浮かんだのか不明だが、効果はあったようだ。方向転換した冬子は俺に標的を定める。


 この直後の行動は正直言って賭けだった。俊足ファストランを経由して近距離戦を挑まれたらチェックメイトであったが、冬子が選んだ攻撃法はそうではなかった。

 両手を広げると、十メートル近く離れている俺の元に熱風が吹きすさんだ。そこかしこから熱波が襲ってくるのだが、それらとは明らかに異質な潮流であった。賭けに勝った。そう確信した俺は即座に駈け出す。


 おそらく巨大な火の玉で攻撃しようとしていたのだろうが、接近してくる俺に対応するため、バレーボール大ぐらいの火球を発射する。回避も考えたが、この単発ぐらいであれば、かろうじて記憶消去の副作用に耐えられるだろう。俺はあえて真正面から冬子へと突撃した。


 普通なら火だるまになるべきであったが、空白により前髪を焦がしただけで済んだ。そして、無防備になっている冬子に俺は飛びついたのだ。


 必死でもがく彼女を俺は必至に抑え込む。

「正気に戻れ、冬子。お前は異の主を倒すんだろ。それなのに、そいつにいいように操られてどうするんだよ」

 説得しても虚しく、赤子よりもひどい喚き声を発するばかりだ。ならば、早々に切り札を使うしかない。

「これを見ろ、冬子」

 俺は手にしていたあるものを冬子へと突きつけた。その途端、暴れまわっていた彼女がぴたりと動きを止めた。


 俺が手にしていたもの。それは、ぐるぐる眼鏡であった。


 オッドアイを隠すために冬子が着用していた、冗談としか思えない眼鏡。そいつを目の前にして、明らかに動揺している。

 正直、これだけで効果があるなんて虫がよすぎる話ではあった。でも、孝が正気を取り戻した時、きっかけとなったのは聖奈からもらったというペンダントだったのだ。なので、冬子と密接に関係するアイテムであるこれを使えば、もしかしたら効果があるかもしれない。


 その思いは殊の外早く現実となった。

「翼……なの」

 獣かと思わんばかりに喚き叫んでいたのが一変し、胡乱な顔で問いかけてくる。彼女から感ぜられる悪寒が急速に収まっていった。

「冬子、正気に戻ったのか」

「分からない。でも、胸焼けがひどくて気持ち悪いわ」

 そう言いながら腹をさする。

「今は異の主の気配が弱まっています。でも、完全に消えたわけではなさそうです」

「あの胸糞悪いのがまだ体内に巣食ってるってことね」

 百合の助言を受けるや、冬子はげんなりと肩を落とす。一時的に意識を取り戻したに過ぎないようだ。ならば、これ以上どうすればいいんだ。


 冬子を押し倒したまま苦悩していると、押し倒されている当人が呻きだした。こんな体勢だから無理からぬことかと、俺は体をどかそうとする。だが、どうやらそれとは別の理由らしい。

 彼女から放たれるあの悪寒が急激に強まってきたのだ。

「まずい。異の主が活動を始めたみたい。あの声が聞こえる」

「どうしたんだよ、しっかりしろ」

「ふざけんじゃないわよ。何が、『人間は我らの敵、残らず駆逐するべし』よ」

 体内で異の主が冬子に暗示をかけているらしい。そいつを解除できれば良さそうだが、体内に潜んでいるやつの暗示なんてどうしようもないぞ。


 うろたえる俺に対し、冬子は突然手を伸ばしてきた。それは迷うことなく俺の首を絞めつける。その力は女性、いや、人間を凌駕するほどの万力だった。やむなく空白を発動するが、それとともに、激しい頭痛が襲う。ここで記憶を失えば完全にアウトだ。勝負を決しなくてはならないのに、突破口が思い至らないのだ。


「早く逃げて、翼。このままじゃ、あんたを本気で殺しかねない」

「お前を置いて逃げるなんてできるかよ」

「どうしてよ。あの時もそうじゃない。どうして、私なんかに拘るのよ」

 あの時? もしや、あの廃ビルのことか。あの時も冬子に殺されかけたな。


 思い出に浸りかけた俺とは対照的に、冬子は悲痛な叫びをあげる。

「結局、こうなるんじゃない。私に関わったばかりに、みんな不幸になる。ねえ、さっさと逃げてよ。本当に殺されるわよ。

 それに、百合の言う通り。この私が消えればすべてが問題なく解決するじゃない。そうよ、百合、さっさと私を消しなさい」

「ふざけるな」

 冬子の言葉を遮り、俺は怒号をあげた。

「誰かを犠牲にすることで平穏を保つ。それじゃ、異人が誕生した時と同じじゃないか。そんなふざけた繰り返しをさせてたまるか」

「そんなきれいごとはどうでもいいわ。どうせ、私なんか必要とされていない。私さえ消え去ればそれで」

 そこで言葉が途切れたのは無理からぬことだろう。


 無意識のうちに、冬子に平手打ちをしていたのだ。


 本気で消え去りたい。彼女がそんなことを考えていると知り、なぜだか涙が溢れて来た。それに呼応するかのように、冬子の瞼からも雫がこぼれ落ちる。

「ねえ、どうして、そこまで私を気に掛けるの」

 どうしてだろうな。どうして、こいつのためにここまで必死になることができるのか。その答えは浮かんでは消えていった。でも、今ならはっきりと分かる。自分の気持ちに素直になるんだ。本来なら気恥ずかしくて死んでも口にできない一言だったが、俺はすんなりとはっきり告げることができた。


「冬子、お前が好きだからだよ」

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