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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第4章 異の主
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第166話 白の粛清者

「私にこの力を使わせるとは。できれば介入は避けたいと思っていたのですが、そうは言っていられなくなってきたようですね」

「まさか、貴様は……」

「感づいたようですね、異の主」

 悄然の色を浮かべる異の主。あいつは百合のはずだよな。外見はそうに違いないのに、なぜだか別人のように思えて仕方ない。


「貴様は、神の使いか」

「いかにも。私は、白の粛清者と呼ばれし者」

 神の使い? 白の粛清者? あまりに突拍子もない存在が降臨したせいで、俺は頭が痛くなる。ただ、彼女から放たれる威圧は神の眷属と称されても違和感がない代物ではあった。


「なあ、何を言っているんだ、百合。お前が神の使いだって。それに、白の粛清者ってどういうことだよ」

「訳が分からない。それも致し方ないことかもしれませんね。私は、この世界の秩序を調停するため、神より遣わされた者。そして、異人の力を与えた一族でもあります」

「ちょっと待ちなさいよ。いきなり神だなんて、おとぎ話にしても程があるわよ。第一、あんたは異人だったんじゃないの」

 冬子が声を荒げると、百合は顔を伏せる。そして、ゆっくりとこちらを見据えた。


「翼、あなたはさっきこう言いましたよね。異の主は異なる考えを持つ私を排除したからこそ、空白ブランクの能力を手にすることができなかったと。それはそれで面白い推理でした。それに、あながち間違っているとも言えないでしょう。

 でも、事実としてはそうではありません。この空白ブランクの能力は神の一族だけに許された禁断の力。いくら異人とはいえ、人間のなれの果てである存在に扱えるものではありません。

 それに、そもそも私は異人として潜り込んでいただけであり、人間とも異人とも異なる存在だったのです」

 要するに、細胞注射では習得することができない、正真正銘百合だけに許された能力だったってわけか。それが分かったところで、この事態を理解するには材料不足だ。まさか、記憶喪失だったっていうのも、すべて演技だったというのかよ。


「神の一族だろうと、我の計画を邪魔するなら容赦はせん」

 異の主は翼を広げて飛び上がりつつ、百合へと蹴りを入れようとする。その脚に筋力増強の兆しはない。翼は補助的に使っているとしたら、あれはただの飛び蹴りだ。異人の力は介入していないので、空白ブランクが発動することもない。

 俺は百合を庇い盾しようとするが、それより前に百合は右手を掲げた。すると、そこから発光し、その光は空中の異の主を包み込んだ。

 その途端、翼がかき消され、異の主はそのまま墜落。そこからもがくが、縄で縛られているかのごとく、身動きが取れずにいる。両手が体に貼りつき、起き上がることさえままならないようだ。不可視のロープで拘束されている。まさにそんな状態であった。

「粛清者よ、これはどういうことだ」

「一時的ですが、あなたの動きを封じる金縛りのようなものです。彼らに真実を話す間、しばらく大人しくしていなさい」


 異の主の介入を防いだところで、百合は俺たちへと向き直った。あの異の主を手玉にとるなんて、それこそ神の所業でもないとできないことだ。今更ではあるが、彼女が神の一族ということをまざまざと思い知らされる。

「さて、とある男の望みに応じて異人の力を与えたというのは、異の主から聞かされましたね。実はそれは神の戯れという側面もありました。身に余る力を手にした人間がいかなる行動をとるか。

 それというのも、当時の神は下界の人間どもが絶え間なく争いあうのに嫌気が差していました。そこで、圧倒的な力を持つ人間を作り出し、その者を主導者として和平を作り出そうとしたのでした。

 しかし、あまりにも強すぎる力を前に、人々は恐怖し、挙句爪弾きにしようとしました。これは神にとって誤算でした。このままでは、この力のせいで新たな争いの火種を生みかねない。

 そこで、男を世界から排除したいという人々の願いを叶えることにしました。そのために人間界に白の粛清者として遣わされたのが私なのです。

 神の力を得た人間を追放するため、私には二つの能力が与えられました。ひとつは、抵抗してくる相手に屈しないため、異人の能力を無効化すること。そしてもうひとつは、別世界へと相手を幽閉する術」

「それって、異人たちが世渡りの術って呼んでいるやつか」

 俺が確認すると、百合は首肯する。異世界移動の術は百合が元々持っていたのか。その割には使うのに不自由していたが。ただ、それについてはこれから説明するつもりらしい。


「異の祖を異空間である異の世界へと閉じ込めることには成功しました。それと共に、私は異人たちを監視する役割が与えられました。

 しかし、この時ある誤算が起きました。異人の能力は軒並み外れた力を手にする代わりに、何らかのリスクを負うというのは承知ですね」

「私の場合は、瞳が変色することかしら」

「俺はいろいろあるけど、たとえばこの翼とかかな」

 こいつを手に入れた当初は制御するのに苦労したものだ。きちんと湿布で覆っておかないと、ふとした拍子に顕現してしまう。瞳を隠すために、常におでこにも湿布を貼る羽目にもなったな。


「異人の能力を打ち消すという空白ブランク能力も、その他の能力と同じくリスクが発生しました。それは神の一族である私にも適用されてしまったようでした。

 そのリスクは『記憶が蝕まれる』というものです」

 それについては納得がいく。百合が記憶喪失だというのは、空白ブランクの副作用によるものだと聞いた覚えがある。

「その能力のせいで、私は神の一族だという記憶を失いかけました」

「ちょっと待って。あんた、すべて分かっていて惚けた自演をしていたんじゃなくて、本気で自分が何者か分からなかったというの」

「そうです。かろうじて、ここが人間の世界でも神の世界でもない異の世界だということが分かり、私はそこに住まう者、異人として自己を認識するようになりました」

「でも、今は自分が神の一族だってはっきり覚えてるよな」

 俺は皮肉を込めて言った。自作自演だったというのなら憤慨するところだが、そうじゃないと分かっただけでも胸のしこりを治めることができていた。しかし、この局面で唐突に記憶を取り戻すなんて出来過ぎた話ではある。


「私が真の目的を思い出したのは、あなたたちの一撃のおかげと言ってもいいでしょう。翼と異の主。この両者が本気で体内エネルギーの奔流をぶつけあった際、この建築物が丸ごと破壊されかねないほどの衝撃派が発生されかけました。

 いくら異人由来の能力を無効化できるとはいえ、超大型災害級の惨事を打ち消すには、こちらもそれなりにエネルギーを要します。正直、あの攻撃は無効化できる許容量を超えかねない一撃でした」

 夢中になってそんな仰々しいものを放っていたと思うと、我ながら末恐ろしくなる。神より授かった力は伊達じゃなかったということらしい。

「それを無理やり打ち消したことで、反動で全身に激しい衝撃を受けました。おそらくですが、限界を突破したことで、空白の能力自体が無効化されたという可能性もあります。

 それにより、一気に過去の記憶が戻り、使命も思い出したというわけです」

 一瞬ではあるが空白の能力が消えたことで、使用者の記憶を消すという副作用も無効になった。信じがたいが、あの爆撃の直後に百合が「白の粛清者」と名乗ったことを思うと、これが一番筋のいく説明かもしれない。

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