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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第2章 能力の発現
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第16話 救出劇と隠ぺい工作

 話は昨日の夕方にまでさかのぼる。夕方とはいっても、日は沈みかけ、じきに暗闇が訪れるであろう時刻ね。よい子ならとっくにお家に帰らなければならない時に、私は所長が運転する車に同乗し、例の廃ビルに向かっていた。

「授業が終わったと思ったらいきなり呼び出されるんだもん。かったるいな」

「しかし、あのお嬢さんが緊急で電話をよこしたのです。よからぬことになってなければいいのですが」

 冬子の実力は、私たちの間でも折り紙付き。その冬子がSOSの連絡をよこしたということは、とてつもない強敵が現れたか、非常に厄介な事態に巻き込まれたかのどちらか。そして、今回はちょうど後者にあたったというわけ。


 廃ビルに到着した私たちが目の当たりにしたのは崩落した階段だった。電話では「廃ビルの2階から脱出できなくなった」と聞いていたが、まさかこんなことになっているとは予想外もいいところね。

「どうしますか、聖奈さん」

「どうするって、私の能力を使うしかないじゃん」

 私は屈伸運動をすると前かがみになる。臀部より細長い尻尾が生えてくる。かろうじて残されている踊り場を経由すればなんとか2階まで到達できるか。本気を出せば一飛びで行けるが、冬子たちを運ぶことを想定し、体力を温存する策に出たのだ。

 尻尾で地面を叩くと、その反動を利用し踊場へと飛び上がる。そこで反転すると、難なく2階までたどり着いた。

「いやあ、相変わらずすごいですね」

「感心してないで、あとで冬子とかを運ぶの手伝ってよ」

 むき出しになった床から顔を出し、所長に釘を刺す。所長は相変わらず、後ろ手を組んで人が良さそうにほほ笑むだけ。この人はいつもこうだ。


 そこはかなり悲惨な現場だった。もはや原型をとどめていない玩具がそこらじゅうに散乱している。支柱は焼かれたのか凍らされたのかよく分からないが、とにかくボロボロになっていた。勢いよくぶつかったらそのまま折れそうだ。そもそも、火事跡で大暴れして、よくビル全体が倒壊しなかったわね。

 異人の姿はない。冬子によって既に討伐された後か。そして、冬子のそばに倒れている見知らぬ少年。おそらく、彼が異人の犠牲者だろう。今だから言うけど、この少年が翼ってわけね。

 とりあえず、冬子を運ぼうと彼女のそばに膝をつく。すると、翼の首元に刺し傷があることに気付いた。異人との交戦中にこの傷ができるということは、何をされたかはあらかた想像がつく。

 私は誰もいない壁へと舌うちすると、冬子を背負い、そのまま2階から飛び降りた。空中で尻尾を出現させ、着地寸前にそれをたたきつける。こうして勢いを殺すことにより、ある程度の高さなら飛び降りても無傷で済むのだ。けれども、冬子を背負っていたこともあって、尻尾がしびれるくらい痛かったな。

 所長に冬子を託し、同じルートで今度は翼を救助した。この間、あんたらはずっと眠り続けていたわね。まあ、これがあの廃ビルでの救出劇の一部始終かな。



「目を覚まさない状態の君をいきなり自宅まで送り届けても逆に怪しまれるだけですので、とりあえず事務所まで運んで回復を待ったというわけです。この事務所は、君の学校のある清川駅から3駅離れたところにありますので、そんなに遠出はしていないはずですよ」

 俺の家がある奥園は、事務所の最寄り駅である牧野台から更に3駅先にある。清川までの定期券の圏内だから、運賃の心配をする必要はなさそうだ。

 聖奈と青山の話を総合すると、俺は昨日異人に会った時から今まで、十数時間眠り続けていたのか。煤やほこりで汚れに汚れた制服がそれを物語っている。

 俺と冬子が謎の大移動をした謎は解けたわけだが、ここで新たな懸念が生じた。

「そういえば、昨日の夕方から今まで、俺は家には帰っていないってことになる。母さんや父さんにも一切連絡していないぞ」

 両親に知らせず、長時間家を留守にしたのだ。今頃、俺が行方不明になったと大騒ぎをしているかもしれない。慌てて携帯電話を探す。あの現場にズタボロになって放置されていたという俺の学生かばんは、ご丁寧に業務用の机の上に鎮座しておられた。そこから携帯電話を取り出し電話とメールの履歴を確認する。幸い、あれだけの騒動があったにも関わらず、きちんと機能しているようだ。

 ただ、それにしては件数が異常だった。


 着信履歴0件、着信メール1件。


 子供が行方不明になっているにしては淡泊すぎやしないか。親に恨まれるようなことはしていないはずだ。それに、唯一届いている母親からのメールはまるで意味が分からなかった。

「勉強会は感心だけど、あまり迷惑はかけないようにね」

 勉強会ってどういうことだ。あの変な化け物と戦うことで社会勉強でもしろというのか。それに、一緒にいたのは教育によろしくない暴言を連呼する少女だったぞ。

「えっと、所長さん。勉強会って、これはどういうことでしょうか」

「ああ、まだ説明がまだだったね。さすがに、親御さんに連絡しないのはまずいだろうと思って、昨日のうちに、君の友人である篠原君の家で、みんなで勉強会をしているってことにしておいたんだ。もちろん、お泊りで。今日は学校が休みのはずだから、特に問題はないだろう」

 俺が眠っている間に、そんな内容のメールを母さんに送っておいたらしい。それならば、一晩家に帰らなかったとしても不思議ではない。ただ、メールアドレスは携帯を見れば分かるとして、どうして、篠崎と友人関係であることまで知ってるんだ。

「腐っても所長は探偵よ。あんたの交友関係を探るくらい訳ないんだから」

 ああ、そうか。失念していたが、青山さんはこの探偵事務所の所長であった。個人情報を探るのはお家芸ということか。

「まあ、君と篠原君が友人関係であるということは、前にお嬢さんから聞いていたからね。そうでなくても、メールのやり取りの履歴とかから推測は可能さ」

 お前が内通していたのかよ。素知らぬ顔をしている冬子に、俺は心の中でツッコミを入れる。どうやら、前からひそかにクラスの交友状況を所長に申告していたらしい。「探偵は情報が武器なの。役に立たなそうなことでも、ストックしておけば、今回みたいに思わぬ効力を発揮することがあるわ」というのが冬子の持論だ。それにしても、情報探索能力が異常すぎるだろ。

 そういえば、移動教室の時に「社会的に抹殺する」って言っていたが、あれははったりではなかったのか。思いがけぬ情報を掌握している彼女によれば、それぐらいは本気でやりかねない。

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