第159話 異の主との対面
真昼だというのに、塔の内部は真っ暗だった。本来なら現在進行形で番組が放映されているはずなのに、全く人の気配がしない。本当にここに異の主がいるのかと疑いたくなってくる。
とはいえ、薄々と身に染みるこの悪寒。この建物のどこかにとてつもない力を持つ存在がいるということは確実のようだ。
案内板によると、最上階に大型の収録スタジオが設けられているみたいである。千木テレビは実際に撮影が行われているテレビ局と、放送電波を発信するテレビ塔がほとんど隣接しているという珍しい造りをしている。なので、塔内部から放送局へ直通できるようである。
近くにエレベーターがあったが、なぜだか作動していない。照明がついていないことから鑑みても、停電しているのは間違いない。電力会社までてんやわんやになっているのか。
憤慨してみたが、すぐさまこの異常事態の原因に思い当たる。もしかすると、主に俺のせいでこんなことになっているかもしれない。なにせ、ブラッドを倒した時に電線を断ち切ってしまったのだから。
「停電しているのなら仕方ないわね。この非常階段を使うわよ」
冬子が指差したのは、災害対策で設置されている非常階段だった。全身緑のアブノーマルっぽい人間が出口から脱出しようとしているお馴染みの誘導灯もついていた。その灯も消えていることは言うまでもない。
千木テレビ塔は全長百五十メートルであり、立ち入り可能区域は百メートル地点までだという。その最大域まで階段のみで行こうとしているのだから、その労力は察せられるだろう。もっとも、これから喧嘩を売りに行く相手を思えば、この程度は子供の遊戯でしかないのだが。
テレビ塔最上階の展望台の一角にある「スタッフオンリー」の開かずの門。そこを難なくぶち破り、渡り廊下を駆けてゆく。そこまで来ると、全身に浴びせられる悪寒が強烈になってくる。これほどまでの圧巻は、あの時ぐらいしか感じたことがない。そう、テイルを倒した直後のあの時だ。
そして、いよいよ収録スタジオへとたどり着いた。複数あるスタジオの中で最大規模を誇るここを選んだのは勘ではあったが、ここにやつがいるというのはあながち間違いではなさそうだ。密閉されているドアの内部より、隠しきれていない覇気が漏れ出ている。俺たちは息を飲み、一気に扉をあけ放った。
「ようやく会えたわね」
その中央にそびえ立っていた存在を目の当たりにし、冬子がほくそ笑んだ。そいつは意に介した様子もなく、長い金髪を片手で梳く。忘れもしないその容貌。白装束を纏った長身の男。
「裏切り者の娘。それに翼か。まずはここまで来たことを褒めてやるべきかな」
その男、異の主はゆっくりと歩み寄って来る。相手は単独のはずなのに、どうしても足がすくむ。本能的に忌避しているとさえ錯覚するほどだ。
冬子はその威圧感を払拭せんと、先制で火の玉を放つ。しかし、それは難なく振り払われてしまう。
「挨拶もなしとは。やはり、人間は無礼で野蛮ということか」
「私たちの世界に勝手に侵攻してきたやつに払う礼儀なんてないわよ」
いきりたっている冬子を俺は片手を差し出して静止させる。すぐにもこいつを倒したいが、その前に色々と確かめたいことがある。
「お前たち異人は、人間に存在を知られてはいけないというのが掟だったはずだ。それなのに、これほどまで大規模に侵攻してきたのはなぜなんだ」
それは、今回の騒動が発生した時に真っ先に感じた疑問だった。やはり、ネット上などで異人の存在が知れ渡りつつあるのが関係あるのか。
異の主からの返答は、その予想を裏付けるものであった。
「ここの施設を使って宣告してやった通りだ。我が配下がヘボをやらかしたせいで、どうやら、貴様らに我らの存在が知れ渡っているらしい。このままでは、代々受け継がれてきた盟約により、貴様らの世界への侵攻が不可能となってしまう。だから、先んじて攻撃した。それだけだ」
「だから、なんで人間に存在を知られちゃまずいんだよ。そりゃ、アブノーマルみたいなのが町中をうろうろしていたら大問題になるから、忍んでくれた方が助かるけどさ」
異人の能力を手にして以来、ずっと引っかかっていたことであった。俺たちの中で最も長く異人と戦ってきた冬子でさえ、その答えは出せずにいる。むしろ、その答えを知るのは、異人たちの王であるこの人物でしかいないと思われた。
すると、異の主は鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「そのことに疑問を呈するとは、人間にしてはそこそこ聡いようだ。だが、答える義理はないな。それに、知る必要性もないだろう」
「どういうことだ」
「あんたの言いたいことは薄々分かるわ」
首を傾げていると、冬子が引き継いだ。
「要するに、真実を知るより前にあんたによって殺されるから。異人たちの思考なんてそんなもんってのは先刻承知なんだから」
かなり横暴な理論ではあるが、間違いではないことは異の主が両手を広げ臨戦態勢に入ったことから察せられた。
「理解しているのならよかろう。我が直々に灰塵に帰してやることを光栄に思え」
「ふざけるんじゃないわ。両親の仇、今こそ討たせてもらう」
「そして、こんな理不尽な戦いを終わらせてやるぜ」
俺たちは一斉に駆け出した。冬子が炎と氷を矢継ぎ早に撃ちこみ、それに俺が滑空しながら続く。異の主は髪の毛から黄金のサーベルを創り出し真正面から対抗する。そして、炎と氷を切り裂き、その破砕音が響く。それが開戦のゴングであった。