第157話 翼と冬子のコンビネーションアタック
「面白くなってきたやんか。こうなりゃ、こっちも本気や」
咆哮と同時に跳躍。上空から恐怖の牙が襲い来る。俺は瞳も解放し、降下のタイミングに合わせてサーベルを薙ぐ。牙とそれが接触し、渡は押し返される。飛びかかったせいで、ふんばりが効かなかったか。ならば、このチャンス貰い受けた。
俺はアッパーカット気味に爪を振るう。しかし、甲殻で強固になった腕で防がれてしまう。それどころか、この一撃の勢いを利用し、渡は更に上昇する。
空中戦希望か。そのリクエスト叶えてやる。俺は翼を広げ、急速浮上する。そして、渡の胸めがけ、サーベルを突き刺そうとする。
しかし、渡は空中で体をねじり、俺の軌道からわずかにそれる。
「甲殻は防御専門の能力ってわけやないんやで」
得意げにそんなことを言い放ち、すれ違いざま俺の肩に肘打ちをお見舞いする。ただの打撃にしては、その衝撃は軒並みならない。プロテクターを装着した肘で殴られたかのようだ。
いや、まさにそんな状態ではないか。甲殻はプロテクターを装備しているかの如く体組織を強化させると見た。それでそのまま攻撃すれば、鈍器を振り下ろしたぐらいの威力は出せる。防御専門の能力でさえ攻撃に利用するとは、こいつもまたとんでもない戦闘狂だ。
着地する渡に対し、俺は対空したまま様子を伺う。すると、渡はすぐさま戻ってきた。飛行能力もないのになぜ。と、思ったが、そのカラクリは俊足だった。脚力強化なだけに、副次的に跳躍力も上がっているのだろう。俺はすぐさま更に上昇する。
舌打ちしながら落下していく渡を見下ろす。ブラッドの十八番が使えるのであれば、渡の間合い外から血しぶきの弾丸を放て続ければ勝てそうだ。しかし、距離が離れるほど、当然ながら命中精度は下がる。それに、遠距離での手数を稼ぐ戦法は非効率だと、冬子がすでに実証してくれている。
一気に決着をつけるためにも、ここは接近戦を挑むしかない。俺は、冬子と背中合わせになるように降り立つ。
「新しい能力を手に入れたわりには苦戦してるじゃない」
「こんな時に嫌味言ってるんじゃねえ」
「それもそうね。敵はあくまで異の主。いたずらにここで力を浪費するわけにはいかないわ。気乗りしないけど、共闘してあげる」
けだるそうに言うなよ。まあ、冬子の口から共闘なんて言葉が出る時点で成長といえば成長ではある。
「何を相談しとるか知らんが、並な攻撃じゃわいは倒せへんで」
意気込む渡だったが、冬子は無言で火の玉を放つ。それは渡のすぐそばの足もとに着弾したが、微妙に渡の反応が遅れたのが見て取れた。それに眉をひそめている。氷が炎に変わっただけだが、冬子の戦闘スタイルを知る者ならそこにはある意味が隠されていると分かるだろう。
偶然かもしれないが、その意味をくみ取って反応したとしたら。もしかすると、渡をこちら側に奪還できるかもしれない。そのためにも、一時的であれあいつを屈服させなくてはならない。俺は右手の先に爪で小さな傷を穿ち、そこから血しぶきの弾丸を発射する。
「馬鹿の一つ覚えみたいに鉄砲攻撃か。そんなん通用せえへん」
すぐさま甲殻で防御姿勢に入る。冬子も氷の玉に切り替え加勢する。弾幕が増えたとはいえ、ちまちました蓄積型の手法には違いない。それに、渡は低姿勢で今にも飛びかかろうとしている。ここで踏み切りを許したらアウトだ。
でも、急いてこれを感づかれたら作戦失敗となる。急がず、されど遅れず。微妙な進行速度を保ちつつも、俺は渡の背後にあるものを忍ばせる。
「さて、あんさんらのうざい抵抗も終わりにしてやるで」
そう宣言し、渡は駆け出そうとする。
「させるか」
俺は叫び、一気にあるものを延長させた。渡はすぐさま発見したようだが、もう遅いぜ。
密かに伸ばしていた尻尾。それを渡の体に巻き付け拘束に成功したのだ。
「ぐるぐる巻きなんて小賢しい。こんなんすぐにぶち破ったる」
渡は牙を突き刺そうと口を開く。が、そのまま硬直した。そう、この尻尾と同時に展開していた、本命ともいえる攻撃に気付いたようだ。
渡のみならず、俺にも伝播してくる異様な空気。生暖かいというか涼しいというか。それを放っているのは間違いなく冬子。しかし、火の玉と氷の玉、そのどちらもまだ生成していない。
いや、今の彼女はそのどちらも使用する気はない。ではどうやって渡に一撃を与えるか。その答えは一つ。最大威力を誇る彼女の切り札だ。
「渡、炎と氷がダメならどうすればいいと思う」
それが執行の合図だった。
「両方使えばいいじゃない」
尻尾で身動きが取れないままの渡の胸に手を押し当てる。正確には、その手は俺の尻尾に添えられているのだが。
「正気か。そこでそんなん使ったら……」
絶句する渡。それに構わず、冬子は内積したエネルギーを放出しようとする。
まさに、彼女との呼吸が命だった。タイミングが早すぎれば、自由となった渡に反撃される。その逆であれば、俺が自滅する。だが、示し合わせたかのように、衝撃波が放たれるまさにそのタイミングで、俺は渡を解き放った。
冬子の掌底へと飛び込む形となった渡。その手が触れる。が、それはほんの一瞬のこと。大気を熱や冷気に変換するのに使用するエネルギーがそのまま渡を包む。爆音とともに、渡は近隣のビルへと吹っ飛んだ。
そして、窓ガラスを突き破りながら、その体はビル内部へと侵入。なおも勢いは衰えることはなかったが、中に設置されていた掃除用具が収納してあるロッカーをひしゃ曲げたことでようやく横たわった。飛距離にして数十メートルはぶっ飛ばしたことになる。あんなのを躊躇なく異人たちに使っていたと思うと、隣にいる存在がより一層末恐ろしくなる。
ここまで派手なことをしてしまうと、命の危機さえ考慮しなければいけないレベルだ。常人なら間違いなく即死な一撃。だが、しばらくすると、崩壊した窓ガラス越しに人影が揺らめいた。まさか、そんなはずは……。
そして、その影は窓を潜り抜け、俺たちの前に飛び込んできた。あれでもまだ倒せないのか。