第151話 帰ってきたあいつら
ヘアーやノウズと攻防を続ける聖奈たちを尻目に、俺たちは一路千木テレビ塔へと飛空していた。眼下にはいたるところにアブノーマルが点在している。あいつらとまともにやりあいながら進んでいたのでは、体力がいくつあっても足りない。
「こういう時にあんたの翼って便利よね」
冬子も同じ感想を抱いていたようだ。実際は飛行している分、俺の体力ばかりが削られているのだが、そんな細かいところを追及するのはよそう。
やがて、テレビ中継されていた大通りへと到着した。そこに広がる光景はまさに地獄絵図であった。通りのそこらに倒された機動隊員が無造作に転がされている。そこらじゅうに漂う臭気。口の中に嫌な液体が広がりそうになる。
ただ、やつらの王が待ち構えているにしては、その近辺の守りが手薄のように思えた。機動隊員と戦闘で数を減らされたか、あるいは攻め入るやつはいないと高を括り、わざと貧弱にしてあるか。この有様を目の当たりにしている以上、前者の事情であると思いたい。
「翼、危ない」
ふと百合が指差す。その先から一直線に飛来してくる化け物。かつて、異の世界へ訪問した時に散々邪魔された相手だ。耳を被膜にして、滑空しながら襲撃してくる異人。上位種である「耳」が真正面から突撃してきたのだ。
慌てて降下するも、そのせいで一気にバランスを崩してしまう。「しっかり飛びなさい」と冬子は叱咤するが、そもそも二人も同時に飛んで運ぶこと自体無理があったんだって。
やがて、こらえきれずに大通りに着地する。すると、我先にとアブノーマルたちが攻撃を開始した。こうなっては、再び空を飛んで逃げようなんてことは通用しない。腹を決め、俺は尻尾を出現させる。冬子は言わずもがな、火の玉を出現させている。
気合を入れ、尻尾でアブノーマルたちを薙ぎ払う。能力を全解放しているおかげもあり、ほぼ一発で相手は消滅していく。冬子も負けじと、火の玉を連射し、着実に数を減らしていく。これならば、そんなに苦労することなくテレビ塔内部に侵入できそうだ。
俺たちはこの勢いを保ったまま、テレビ塔の駐車場へとたどり着く。あの実況放送で、自衛隊と異人との最初の攻防が行われた場所だ。だが、そこはほとんどがら空き当然だった。本拠地としているわりには、あまりに警備がお粗末すぎる。ここまで拍子抜けだと、むしろ不安にさえなってくる。
そんな懸念を実現させてしまったかのように、テレビ塔入口に二人の影が現れた。その姿を前に、俺たちは思わず立ち尽くす。
忘れもしないその容貌。一人は、漆黒のコートに身をつつみ、燕尾服を着用した吸血鬼のような男。そして、もう一人は、八重歯をのぞかせた、オールバックの大学生ぐらいの男。この二人とも過去にただならぬ因縁があった相手だ。まさか、ここで一堂に会すことになろうとはな。
「ようやくまた戦えるよなぁ、翼ぁ」
「冬子はん、待っとったで」
その男たち、ブラッドと渡はサディスティックな笑みを浮かべながら近づいてくる。かつて敵対したブラッドが再度この場に現れたとしてもおかしくはない。けれども、渡、まさかお前も異人の側についてしまったのか。
「渡、お前無事だったのか」
「無事もクソも、この通りピンピンしとるやろ。それに、『敵に』塩を送るなんて、相変わらず甘ちゃんやな」
「敵、だって」
信じがたい言葉が飛び出し、俺は絶句する。異の世界に連れ去らわれた者の末路は、テイルで実証済みだ。でも、こうして改めて、それも浅からぬ縁がある知人がこうなってしまっては、衝撃も一塩だった。
「こいつはなかなかの逸材だったぜぇ。主が急に侵攻を決めなければ、じっくり異人の精鋭戦士に育て上げたんだけどよぉ。まあ、お前らを始末するのには遅れはとらないだろうさぁ。そうだろ、異人最上位種『ファング』さんよぉ」
「その通りや。わいの名はファング。主の命により、あんさんらを倒させてもらうで」
やはり、完全に異人として洗脳されてしまっているのか。しかも、その大言壮語が虚言ではないと証明するかのように、渡はあの巨大な牙を発生させている。いや、それだけではない。
垂れ下がっているだけだった渡の腕が、剣道の小手でも装着しているかのように盛り上がったのだ。かつて、渡はこんな能力を習得していなかったはずだ。
そして、ブラッドもまた不可解な変化を生じさせていた。顔の前に右手を掲げるや、それが不自然に拡大していったのだ。その様は、ちょうど数時間前に目撃したばかりだった。それがまたここで再現されているかのように、今度は爪が肥大化していく。それは、やつの血液の色を反映しているのか、蒼く染まっていた。
「あんたら、その能力はまさか」
「おめぇらが戦っている間、俺らがおとなしく異の世界で待ってると思ったかぁ。出撃に際して、新しく能力を手に入れたんだよぉ。どうだぁ、この『爪』は」
「そんで、わいのこいつは『甲殻』や。活かしとるやろ」
自慢げに新能力を見せつけてくるブラッドと渡。能力が付加されたということは、単純に前回よりも確実に強化されているということだ。しかも、頭数からして、一騎打ちで挑むしかない。主を目前にして、これは難儀なことになりそうだ。
「口上はこのぐらいにしとこうやないかい」
「そうだなぁ。ファング、俺が翼をやる。文句ないなぁ」
「わいが決着つけたろうと思ったけど、まあええわ。裏切り者の娘倒すんも悪くない」
どうやら、おのずとやつらの標的は決まったようだ。こうなりゃ、やるしかない。
「いくぞ、冬子」
「あんたに言われるまでもないわよ」
俺は翼を広げ、低空移動しつつ前進する。真っ向から右手を広げ走駆するブラッド。一方、「俊足」で高速接近する渡に対し、冬子は氷の玉を生成して迎え撃つ。因縁の相手との決戦の火ぶたが切って落とされたのだった。