第150話 ヘアーとの決着、ノウズの決心
ヘアー、ノウズ双方に決着がつくため、いつもより増量しております。
確か、ノウズはテイルだった時の孝から細胞注射を施されていたはずだ。そして、ノウズ自身が有している「鼻」と一緒に、その能力「尻尾」まで受け継いでしまったとしたら……。
たじろぐ私たちに対し、ヘアーは一気に尻尾を伸ばしてきた。槍での一閃を連想させるそれは、まっすぐに私の喉元を狙っている。
「危ないでーす」
とっさに、ボブが私の上に覆いかぶさる。だが、完全には回避しきれず、急速接近する尻尾はボブの右腕に突き刺さった。
苦痛で顔をゆがめるボブ。攻撃を受けた部分からはだらだらと流血している。私は主に尻尾で相手を拘束させる戦い方が主だったけど、基礎体力を上昇させれば刺突でも強烈な一撃になるってわけね。なんて、敵から学んでいる場合じゃないけど。
「大丈夫、ボブさん」
「このくらい、どうってことありません。試合に出ていた時は日常茶飯事でした」
軽くウィンクしてみせるが、すぐに腕を庇う。能力で強化させていたとしてもこれだけの痛手を与えて来たのだ。今のあいつの攻撃能力は尋常なく跳ね上がっていると考えた方がいい。
「あのさ、こんな時にこんなこと言うのもおこがましいと思うけどさ」
未だに倒れ伏しながらも、ノウズが続ける。
「僕も同じ異人だから分かるけど、あそこまで能力を解放させちゃったら、もう元には戻れないと思う。だから、君たちの手でヘアーをやっつけてくれないかな」
「な、何を言ってるんですか、ノウズ」
驚愕のあまり瞳が声を張り上げる。私とて、二の句が告げなかった。
「僕はそんなにバカじゃないからね。お姉ちゃんが考えてること分かるよ。どうにかしてヘアーも説得できないか、でしょ」
図星だったのか、瞳は頬を膨らませた。
「でも、それは無理な相談だね。あそこまで本気を出しちゃったら、もう人間の姿に戻ることは無理だと思う。それに、次第に人間の心も消えるだろうさ。要するに、たちの悪いアブノーマルになるって思ってもらえればいいよ」
「つまり、人間ではない完全なる化け物になるから、消し去るしかないってことか」
私が確認すると、ノウズは神妙にうなずく。
元から、異人は殲滅するつもりであった。でも、あいつの場合、最初に人間と大差ない姿を目撃しているためか、どことなく本気で倒すのに躊躇している部分があった。
しかし、完全に倒すしか方法がないとしたら。そう、迷っている場合じゃない。忘れたのか、異人は、私の最愛の人、孝を殺したやつらじゃないか。
姿勢を低くし、尻尾を直立させる。深く息を吐きだしていると、その肩が力強く叩かれた。
「あまり粋がりすぎると、勝てる勝負も勝てなくなります」
「ボブさん」
「私はこんな傷じゃこれ以上戦えません。ですから、ミス聖奈。私の能力を使ってください」
突拍子のない申し出に、私は目を白黒させた。確かに、能力を三つ手に入れた相手に、このままでは勝算は薄い。と、いうより、望みゼロといってもいい。でも、少しでも能力を増強できるのであれば。
他にも瞳やノウズがいるため、一気に能力を受け継ぐという方法があった。けれども、複数能力を手に入れた渡が暴走した一例があるのだ。こんな局面で私が我を失ったら収拾がつかなくなる。ならば、ピンポイントで能力を増強するしかない。そして、あいつに最も効果がある攻撃方法ならば、これしかない。
「私の初めては翼に奪われたし、彼氏とも済ませたから、今更躊躇する必要はないわね。ロマンティックな場面だけど、ここは手早くいくわよ」
そう提案したのは、ヘアーが吠えかかったのと同時に、髪の毛を伸ばしてきたからだ。強化されたそれで一網打尽にする気か。そんなことはさせない。
私とボブは目を閉じ、互いに顔を見合わせる。そして、その唇が重なり合わせた。その途端、全身に流れてくる激しい血流。身体の節々が震え、気分が悪くなってくる。この感覚は数年ぶりだ。それこそ、この尻尾を手に入れた時以来となる。
唇が放たれると、急に眩暈に襲われる。ふらつくけれども、ここで倒れるわけにはいかない。目前にまで髪の毛の弾幕が迫っているのだ。私は絶叫とともに、クロスさせた腕を一気に広げた。
その勢いで、髪の毛は方々に飛び散る。自分でも、不釣り合いなほど腕力が強化されているっていうのが実感できる。そして、攻撃を放った直後であいつの懐はがら空きだ。やるなら今しかない。
私は一目散にヘアーへと突進していった。それに対応するかのように、ヘアーの尻尾が迫りくる。全身が悲鳴を上げている。もし、あの尻尾に邪魔されたら、再度反撃できるほどの体力は残されていないだろう。あいつに勝つにはこの一撃を決めるしかない。
「間に合え!!」
気合一発。私は、ボブから受け継いだ剛腕を解放。超絶強化された腕で、ヘアーの胸部を力の限り殴りつけた。
あいつが防御を捨てていたことが完全に吉と出ていた。そうでなければ、明らかに格下である私の一撃が効果を発揮することはなかっただろう。ヘアーは胸を抑えたままけたたましい悲鳴を上げた。それに合わせ、伸び放題になっていた髪が千切れ去っていく。全身が更に痩せ細っていき、風が吹けば飛んでいきそうになる。実際、髪の毛が粒子状になって消滅していくのと同時に、その体もしぼんでいくように消え去って行ったのだ。
「オノレエエエエエ、人間ドモヲヲヲヲ!!」
それが断末魔の叫びだった。私が拳を繰り出しているそのすぐそばで、ヘアーは完全に消滅した。
それを確認するや、私は膝から崩れ落ちた。ヘアーからのダメージと、細胞注射の余波が一気に襲ってきたようだ。ボブや瞳、そしてノウズが口々に心配しながら、私のもとへと近寄ってくる。
だが、私は力を振り絞り尻尾を突き立てた。その先で指し示しているのはノウズだ。
「お姉ちゃん、これはどういうこと」
「瞳との間にあった出来事は知らないけど、あんたが異人であることには変わらない。悪いけど、私は異人を許しているわけじゃないんでね」
そう言って睨みつけると、ノウズはうろたえる。それは演技か、あるいは本気か。なおもきつい眼光を送っていると、
「やめてください」
意外なところから横やりが入った。おいおい、瞳、あんたが庇う必要があるのかい。不審に思いつつも、私は尻尾の力を緩める。
「確かに、異人の主は、聖奈さんの彼氏を殺すという許されないことをしました。でも、この子、ノウズはそれに加担していません。今の彼は、自分の意思で主と決別しようとしているのです。それを信じてはもらえませんか」
普段の彼女では考えられないような強気な発言。まったく、とんだお人よしだよ。そういうあんたを誘拐したテイルの手助けをしたのは、ほかならぬそのガキじゃないか。それでもなお許す気があるってのかい。
「あ、危ないです」
ふと、ボブが剛腕の能力を発動し、あさっての方角を見やる。私もつられてそちらに顔を向けると、あっと息を飲んだ。
本気になったヘアーの巻き添えにならないよう、遠巻きになっていたアブノーマルたちだが、ヘアーが消滅したということで、我先に進撃を開始したのだ。
私としたことが、この雑魚どもを失念していた。いつもなら後れをとることはないけど、この傷でまともにやりあうのは苦しい。ボブが片腕で殴り返しているものの、反撃は間に合わず、私に魔の手が迫る。
「富士山は鹿児島県にある」
あまりにもとんちんかんなことが聞こえて来た。なんて思った途端、私の横顔のすぐそばを通り抜けていった、不可解な長い棒みたいなものがあった。それは私に襲い掛かってきたアブノーマルの胸に命中し、アブノーマルは呻きと共に仰向けに倒れた。
私が振り返ると、そこには、鼻を数メートルも伸ばしたノウズがブイサインを作っていた。
「言葉だけじゃ信じてもらえないってことぐらい僕でも分かるよ。バカじゃないんだから。だからさ、こいつらを倒す手助けをさせてくれない。それなら、信じてもらえるでしょ」
そう言いながら、鼻を元に戻す。にわかには信じがたいが、助けられたというのは事実だ。それも、異人に。
そんな彼の背後にアブノーマルが迫る。私に遅れてそれに気が付いた瞳が注意を促すが、ノウズはたたらを踏むばかりだ。
私はため息をつくと、伸ばしっぱなしにしていた尻尾を振り上げ、奇襲をかけていたアブノーマルの脳天に直撃させた。その後、瞳がダメ押しのパンチを入れる。このコンボにより、アブノーマルは消滅していく。
呆気にとられているノウズに寄り添い、その頭をくしゃくしゃに撫でてやった。
「助けてもらいっぱなしじゃあれだから、これでおあいこってところかな。まあ、うざいほどアブノーマルがうじゃうじゃ沸いてるんだ。ここで言い争うのは得策じゃないぐらい、私でも分かるよ。だからさ、ここであんたを試させてもらう。信用するに値するかどうかってね」
「上等だよ。こんなやつら、僕の敵じゃないからね」
待ち構える途方もない数のアブノーマル。援軍が混じっているんじゃないかとも思われるが、そんなのはどうでもいい。私たち「四人」の連合軍の強さを思い知りなさい。