第15話 冬子の両親と聖奈の能力
「冬子の父親の友人ってことは、当然ながら冬子の父親は別にいるんですよね。それに、母親も」
事情があるにせよ、人を本気で殺そうとしてきたやつだ。親の顔が見てみたいとはよく言ったものだ。どんな育て方をしたらああなるのか、問い詰めてやりたい。
けれども、俺がその疑問をぶつけた途端、重苦しい沈黙が流れた。あっけらかんとしていた所長と聖奈のコンビが沈痛そうな面持ちで肩を落としている。とんでもない地雷を踏んでしまったのか。
「お嬢さんの両親は、数年前に亡くなりました」
所長はそういうと、窓際に立てかけられていたスタンド写真を持ってきた。その写真の中央に映っているのは、見慣れたオッドアイの少女。今より若干幼いが、そう大差ないように思える。ただ、そこにいる冬子は満面の笑みを浮かべていた。ひたすらに敵を駆逐する般若の形相しか目撃していない俺にとっては、こんな表情ができるというのが意外ではあった。同時に、素直に可愛いと思ったのも事実だ。
冬子が着ているのは学校の制服だろうか。うちの高校のものとは違い、ごくありふれたセーラー服である。背景にダイニングテーブルやテレビが映り込んでいる。居住区になっているという隣の部屋で撮影されたものだろう。
そして、冬子の背後には所長と同じくらいの年齢の男女がほほえみながら、並び立っていた。男は、所長と比べると厳格そうな感じのする人だった。顔の彫が深く、がっちりとした体格をしている。写真ではやわらかい表情をしているが、叱られたら本気で怖そうだ。それに、その眼光は、冬子に冷たいまなざしで蔑まされた時を思い起こさせた。
女はというと、冬子をそのまま成長させたかのように瓜二つだった。身長が男の肩から頭半分出るくらいというのもそれを加速させた。ただ、冬子との決定的な違いは、オッドアイではなく、両眼とも透き通るようなサファイアブルーの瞳をしていたことだ。それに、その笑みは人間離れしたような妖艶な印象を受けた。
「この写真は、お嬢さんが中学に入学するときに撮ったものです。ですから、今からちょうど三年前ですね。一緒に映っているのはお嬢さんのご両親。夏木敦と夏木怜子です。ご夫妻は、この写真が撮影された数か月後に亡くなりました。お嬢さんがご両親と一緒に映っている最後の写真になります」
俺は言葉を失った。一緒に映っている最後の写真って、それでは丸きり遺影ではないか。
ふと冬子を見やると、机にもたれかかりうなだれている。我ながらとんでもない地雷を踏んでしまったものだ。こういう時に、どう言葉をかけていいか思いつかない。「それはご愁傷さまでした」と慰めるべきか。でも、下手に声をかけたところで、「同情なんていらない」と突っぱねられるのがオチだ。どうしようもなくなり、俺はこの重みから一刻も早く脱したかった。
「朝から重苦しい気分にさせるなんて、あなたは人を不快にさせることが得意なのね」
とかく失礼な指摘だが、反論はできない。
「でも、いつまでも悩まれると、こっちが迷惑だわ。それに、両親のことはとっくに踏ん切りがついてる。赤の他人にとやかく心配される筋合いはない」
ここまではっきり言い切られると同情する気が失せる。嫌な意味で現実に立ち返った気分だ。少しは同情してほしいみたいな素振りがあるかと思ったが、それすらないとは。外見は可愛いのに、いちいち行動が可愛くないやつだ。
「すぐそうやって喧嘩しないでください。それで、この僕が身寄りがないお嬢さんの親代わりとなり、同時にこの探偵事務所も引き継いで運営しているというわけです」
ハンカチで汗をぬぐいながら、所長が説明する。けっこうな苦労人だったんだな。
とりあえず、あの異人とやらのアジトに拉致されたわけではなさそうだ。少なくとも命の危機がないだけは安心できる。ただ、俺の頭の中はまだまだ疑問でいっぱいだった。
「ここが冬子の自宅ってのは分かったけど、どうやってあの廃ビルからここまで移動したんですか。階段が崩れていたからそう簡単には救助できなかったはずですけど」
「そうだね。大変だったよ、あんたたちを助けるのは。私の力がなかったら、警察とか消防が急行してきて大事になっていたかもね」
そこで聖奈が胸を張るのが解せなかった。彼女一人で、あの状況を打開できるとは到底信じられなかったからだ。
「信じられないと思っているでしょうが、あなたたちを助けられたのは、聖奈さんの能力があってこそだったんですよ」
「そうそう、だから感謝したまえってね」
威張られても、なにも出せません。……待てよ、さっき「能力」という単語が出たような。異人との戦いもあってか、俺はある想像に行きついた。
「もしかして、聖奈さんも、冬子と同じように火の玉を出したりできるんですか」
「そんな派手なのはできないよ。けれども、普通の人間は持っていない力があるというのは事実だね。口で説明するよりもこいつを見た方が理解しやすいかな。あまり人前じゃ披露したくないけど」
そういうと、聖奈は前かがみになった。タンクトップが垂れ下がってくるので目のやり場に困る。だが、その問題は一瞬の後に解決した。
聖奈のミニスカートの尻の部分がまくれあがると、人間の所有物とは思えない物体が生えてきたのだ。人間はサルから進化したから、これがあったとしても不思議ではないかもしれない。だが、現代日本を生きる人間がこれを有しているという例は聞いたことがない。
細長くうねうねとうごめくそれは、尻尾だったのだ。
萌えアニメで動物の耳を頭に着けて尻尾を生やしたキャラクターだったらいくらでもいるが、それが現実世界に現れたなんて、とんだおとぎ話だ。
「驚いた? 猫のしっぽとかなら可愛げがあるけど、これはどう見てもサルのしっぽだから、すごい不格好なのよね」
猫だろうがサルだろうが、人間に尻尾がついているという時点で呆気にとられるしかない。
「えっと、それ、コスプレじゃないですよね」
「失礼ね。れっきとした異人の能力よ。まあ、いばるものじゃないけど。異人のせいでこうなったんだから。
この尻尾のことも気になるだろうけど、まずは、どうやってあんたたちをあの廃ビルから助け出したか教えてあげるわ」
尻尾が気になって仕方ないが、その脱出劇とやらも興味がある。聖奈はするすると尻尾を引っこめると俺の向かい側の長椅子に腰掛け語り出した。