第149話 ヘアー強化
一旦髪の毛を収束させていったのを機に、私とボブは並んで体勢を立て直す。単独の能力しか持っていないはずだけど、本気を出しているだけあって一筋縄ではいきそうにないみたい。
「ボブさん、別々に戦っていては勝ち目がなさそうだわ。ここは協力しない」
「ナイスアイデアです、ミス聖奈」
目配せした後、私は数歩前へと進み出る。そして、尻尾をちらつかせて挑発をかける。
「小娘、まずはお前から死にたいか」
もはや、声までもがしわがれ、老女のそれみたいになっている。そんなヘアーは、髪の毛を硬化させると、今度はバルカン砲のように連射してきた。発射したその直後に、すぐさま新しい毛が生えてくるので、無尽蔵に球数がある弾丸を相手にしているようなものだ。
私は、尻尾で髪の毛を振り払いつつも、必死で腕を交差させて耐え凌ぐ。豪雨のように降り注ぐ弾幕は尻尾単独で防ぎきれるものではなく、こぼれ球が容赦なく全身を貫いてくるのだ。それにより、着ているコートやミニスカートのあちこちに亀裂が走る。こいつ、このコーデけっこう高かったんだぞ。
相手は、私が為すすべなく防戦一方だと思っているのだろう。調子に乗って、更に髪の毛の勢いを増してくる。そろそろきつくなってきたな。でも、そろそろのはずだ。
ふと、弾丸に間隙が生じた。よく目を凝らすと、ヘアーの視線が横にそれているようだった。どうやら気が付いたようね。でも、遅いわよ。
ヘアーの真横まで接近していたボブが、剛腕で強化した拳をお見舞いする。クリーンヒットし、ヘアーはその場に薙ぎ倒される。あの変貌で体は痩せ細っていったから、もしかしてと思ったんだ。あの形態は、髪の毛に体力を集中させて、攻撃特化になる。その反面、防御は疎かになるんじゃないかってね。
こんな単純な手に嵌るかどうか賭けだったけど、意外にもうまくいったみたい。作戦はどうということはない。私がやつの髪の毛の囮となっている間にボブが接近。拳で一気に勝負を決めるってものだ。元々虚弱体質っぽかったのに、そこから更に防御を削っているんだもの。抜きんでた破壊力を持つボブの一撃は効果覿面のはずだ。
ヘアーが倒れてから過たずして、私も両膝をつく。私自身も、そんなに打たれ強いわけじゃない。あいつの本気の攻撃に野ざらしになっていたから、体中が悲鳴をあげている。
「大丈夫ですか、ミス聖奈」
「ちょっと無茶しすぎたみたい。でも、少し休めば平気よ」
そう、あれでもまだ完全にあいつをやっつけたわけじゃなかった。
ヘアーは髪の毛を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。
「オノレエエエエエ」
呪詛を込めた不気味な咆哮を発する。小心者ならそれだけですくみ上るだろう。互いに、長期戦をやりあうだけの体力は残されていないはずだ。ならば、ここで勝負を決める。
しかし、ヘアーは予想外の行動に出た。ふらつく足元で向かったのは、私ではなく、瞳とノウズの方。あいつ、こんな局面で奴らに何の用だ。
「ヘアー、どうしたんだい、そんなに……」
声をかけたノウズだったが、それは途切れることとなった。
ヘアーが髪の毛を伸ばし、ノウズを包み込んだのだ。
それはやがて、ノウズの手足を縛りあげ、空中で磔にする。
「く、苦しいよ、ヘアー。どうしたってんだい」
首まで絞められているのか、ノウズはむせ返りつつ問いかける。
「ノウズよ。主への忠誠を示すため、我が力となりなさい」
「ま、まさか、そんなの嫌だ」
拒否するノウズにお構いなしに、ヘアーは彼の体を密着するまでに手繰り寄せた。そして、自身の顔の前に、ノウズの顔を固定させる。そこまでして、あいつがしようとしていることが理解できた。あの野郎、させないわよ。
私とボブは同時に飛びかかる。しかし、こん棒並にまとまった髪の毛により、それぞれ弾き返されてしまう。
「邪魔はさせないわよ。さあ、分かっているわよね、ノウズ」
「ね、ねえ、ヘアー。こんなことしなくても、あいつらはそこまで悪くなさそうだよ」
「お黙りなさい。人間は一人残らず懐柔させるか、さもなくば殺戮するのみよ。そのための糧として、あんたを利用させてもらうだけ。さあ、大人しくしなさい。さもなくば、反逆者とみなして、このままぶっ殺すわよ」
それは脅しではないと主張するかのように、ヘアーは更にきつくノウズの体を締め付ける。あいつ、仲間にこんな容赦ないことをするなんて。立ち上がろうとするものの、激痛が走り、すぐに腰を落としてしまう。
ようやく大人しくなったノウズの顔に、ヘアーは自身の唇を押し当てた。それはただの接吻ではないことは百も承知だ。現に、ノウズの瞳からは一筋の雫がこぼれ落ちていたのだから。
投げ飛ばすようにしてノウズを解放すると、ヘアーの髪が更に伸び広がった。地にひれ伏しそうになりそうなほどの圧巻。あいつ、無理やりノウズに細胞注射させて、更にパワーアップしやがった。
「大丈夫ですか、ノウズ」
「う、うん。ちょっと苦しかっただけさ」
すぐさま瞳がノウズの介抱に向かう。瞳の膝に横たわりながら、ノウズは咳き込んでいる。
一方で、ヘアーは扇状に髪の毛を広げながら高笑いしていた。
「素晴らしいぞ。まさか、ここまでの力を得るとはな。感謝するぞ、ノウズ。これだけの力があれば、愚かなる人間どもを蹂躙するなぞ容易い」
そう言って背後より出現したものに、私は声を上げた。そんな、あいつ、あの能力まで吸収したのか。
細長くうねる、サルのそれを連想させる器官。やつは、尻尾まで入手してしまっていた。