第147話 聖奈&ボブVSヘアー
翼たちを見送った後、私はヘアーと向かい合う。任せとけと大見得を切ったものの、最上位種の異人とまともにやりあった経験はない。まして、このヘアーという相手は翼や渡が戦ったというが、実力の程は未知数だ。さて、どうしようか。
「あんたら、あの翼の仲間みたいだけど、少しは楽しませてくれるんでしょうね」
ヘアーはつまらなそうに吐き捨て、髪の毛を一本抜いた。それはすぐさま硬化し、紅のサーベルとなる。あんな武器を用意するってことは、近距離戦主体の相手みたいね。私はボブと目配せし、尻尾を出現させる。ボブもまた、腕の筋肉を隆起させた。
とにかく、先手必勝で流れを掴むのが吉ってね。尻尾をしならせ、ヘアーに叩き付けようとする。しかし、それは髪の毛のサーベルにより払われる。そのまま接近しようとするヘアーだけれど、待ち構えていたボブが両腕で挟もうとする。それを察知したヘアーはたたらを踏んで間合いから逃れる。けっこうすばしっこい相手みたいね。
その後、間合いを取ったヘアーは、髪の毛を逆立てた。すると、機関銃のようにその髪の毛が舞い上がっていく。上空で拡散したそれは、豪雨のごとく私たちに降り注ぐ。
私は尻尾、ボブは両腕で必死に払いのける。直撃したところで、指でつねられたぐらいの威力しか発揮しないので、派手な見た目な割にはそんなに実害はない。
しかし、これはやつの牽制手段だったみたい。髪の毛の雨あられに注視している間に、ヘアーは急激に接近してくる。
「危ないです、ミス聖奈」
間一髪。先に気が付いたボブがタックルをかまそうとする。それは空振りに終わったものの、ヘアーもまた後退を余儀なくされた。私単独だったらまともに切り裂かれでもしていたかもね。大助かりだったわ。
「なるほど。さすがに二対一は分が悪いわね。ならば、少し戦力を削っておくか」
そういうと、ヘアーは指を鳴らす。すると、背後に控えていたアブノーマルが十数体ほど進み出て来たのだ。
「主からは、他の町への侵攻のために温存しておけって言われていたけれども、邪魔者を排除するのに少しくらい使っても罰は当たらないじゃない」
「悪いけど、そんな雑魚をぶつけてきても、お話にならないわよ」
減らず口を叩いてやったけど、正直歓迎し難いことしてくれるわね。でも、あいつを倒したあとで、でくの坊軍勢を一網打尽にしなくちゃならないでしょ。ならば、順序が変わっただけの話。
私は、軽く跳躍して、回転を加えつつ尻尾を振り回す。それにつられて薙ぎ倒されていくアブノーマルたち。ボブもまた、ちぎっては投げ、ちぎっては投げで、着実に数を減らしていく。こうしていると、あの工場での戦いを思い出すわ。相手は等身大の異人だから、労力は桁外れに大きくなってきているけど。
差し向けられたアブノーマルたちを倒し終えると、ヘアーは片手を上げて増援を停止した。さすがに呼吸が乱れてくる。癪だけど、体力を削ぐというあいつの目的を叶えてしまったようね。でも、こっちにはボブがいる。タイマンを望んでいるんでしょうけれども、こっちとて遊びじゃない。遠慮なくタッグで挑ませてもらうわ。
「やはり、その場しのぎの兵法じゃ効果が薄いようね。私としても、こんなところで手をこまねいている場合じゃないの」
「ミス聖奈。気を付けなさい」
ボブの表情が険しくなる。すると、急にとてつもない悪寒が襲ってきた。これは、異人が出現した時と同じ波長。援軍が到着したか。いや、そうではなさそうだ。この気は目の前にいる女、ヘアーから発せられている。
ヘアーは長い髪を逆立て、不気味な声をあげている。体中を震わせ、天を仰ぐと、全身に変化が生じ始めた。
手足が細木のように痩せ細っていく一方で、髪の毛は無尽蔵に伸びていく。その一本一本が意思を持っているかのように、ぐねぐねと動き回る。顔は醜くしわがれ、それは、童話に出てくる悪の魔女を連想させた。
全身の体力を髪の毛へと集中させたかのような怪女。月並みな言い方をすれば、人間とはかけ離れた怪人へとヘアーは変貌してしまった。
睨まれると石になるメデューサってのが神話にいたらしいけど、それと対面したらこんな気分になるだろう。目の前にいる女は、メデューサの末裔だと称してもなんら違和感がなかった。
「驚いて言葉も出ないってところかしら。これこそ、異人に秘められた禁断の力。人間としての姿を失う代わりに、持ちうる能力を最大限に発揮できるのよ」
「強化変身ってやつですか。ジャパニーズ漫画で読んだことあります」
妙なところで感心している場合じゃないと思うけど。ボブの例えを用いるなら、まさに強化変身ってところだった。彼女から端を発する悪寒が、尋常じゃないまでに全身を貫いてくる。対面しているだけでも、さっきまでの彼女とは別人だということがひしひしと分かる。
変貌したヘアーは、直立したまま髪の毛を一斉に伸ばしてきた。雨のように降りかかるそれを、私は尻尾をばねにして躱す。しかし、ボブは回避しきれず、両腕をクロスして身を守った。
その腕に容赦なく突き刺さっていく髪の毛。流血で腕が紅に染まっていく。
「デンジャラスです。腕を強化しても防ぎきれません」
苦悶にあえぐボブ。私は、尻尾を袈裟懸けに振り、髪の毛を払いのけた。しかし、そこにも容赦なく毛先が刺さり、私は顔をゆがめる。
やつは直立したまま微動だにしないが、髪の毛を縦横無尽に操り、それこそ手足のようにして攻撃してきている。おまけに、毛先が刃物のごとく尖っているので、全方向から剣で襲撃されている気分だ。これが本気になった異人の力だっていうのかい。まったく、骨が折れる。