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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第2章 ヘアーとノウズ
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第146話 最初の障壁

 普段なら敬遠するボブの危険運転だが、差し迫った事態であるだけに、今は頼もしかった。ただ、千木テレビ襲撃に端を発する市内侵攻を受け、あちこちで交通規制が敷かれているみたいだ。そこは、所長が道路状況を逐次入手しながら、うまい具合に迂回路を探ってきている。

「異人たちは、翼たちの学校にも現れたっていうじゃない。私たちが一斉に千木に行ったとして、そのほかの地域に出て来たやつはどうする」

 ふと、聖奈が疑問をぶつけてきた。おそらく、ネイルたちは百合を追ってきた別働隊だろう。けれども、それ以外にもはぐれた異人たちが各地で暴れまわっているかもしれない。

「多分、私を追ってきたやつは例外中の例外。異の主は確実に町を陥落させるつもりだろうから、遊びで戦力を分散させたりはしないはず。少なくとも、上位種以上がはぐれる可能性は低い」

「アブノーマル一個体レベルであれば、相応の武術の心得がある者なら対抗できそうですし、そこまで気を回す必要はないでしょう」

 それは、銃弾でアブノーマルを倒せると実証できたことからくる楽観論ではあった。だが、所長の考えはそれだけではなかった。

「むしろ、異人たちが限られた戦力で侵攻しているとはいえ、こちら側の戦力の方が圧倒的に劣っているっていうのが事実なのです。僕たちのほかに、異人の能力を受け継いで戦っている者たちが見つかればいいのですが、そんな不確定要素に頼るわけにはいきませんからね」

「つまり、こっちもいたずらに戦力を分散させる余裕がないってことよ」

 相手が一点集中で進撃してきているのなら、こちらも総戦力をそこにぶつけるしかないってことか。窓から流れる風景に後ろ髪を引かれるが、無理やりにでもフロントガラスに視線を移すのであった。


 通常よりも三十分以上要しながらも、ようやく俺たち一行は千木駅へとたどり着いた。ここから大通りを道なりに進めば、問題の千木テレビへと行き当たる。

 だが、駅周辺は市外へ逃れようとしている人々の群れでごった返していた。車両は完全に通行止めになっていて、この人の群れを押し分けていくしかなさそうだ。

 突然現れた不可解生物を目の当たりにしたせいか、まさにそこは恐慌の真っただ中であった。

「おい、そこをどけよ」

「なによ、はやく電車に乗らないと逃げきれないじゃない」

「てめえら、もたもたすんなよ」

 そこかしこで飛び交う喧騒。皆、我先にこの町から脱出を図ろうと駅のホームに殺到している。俺たちはそこからはぐれないようにするのに精いっぱいであった。


「こんな調子でテレビ塔まで進んでいくわけ。気が滅入るわ」

 冬子が落胆していると、所長が声をかけた。

「多分、テレビ塔付近は完全に外部からの侵入は遮断されているのでしょう。機動部隊が押し留めてくれていると思いますが、それがどれだけもつか」

 その懸念が実現してしまうのは、そんなに時間がかからなかった。それは、どうにか人ごみを逆流していき、簡易バリケードが設置されている箇所に到着した時に判明した。


「あら、遅かったじゃない」

「待ちくたびれたから、このおじさんたちやっちゃったよ」

 そこに待ち構えていたのは、バリケードの門番となっている機動部隊。ではなかった。真紅の髪を風になびかせているドレス姿の婦人。その実子かと思われるほど幼げな、坊ちゃん刈りの憎たらしげな笑みを浮かべる子供。こいつらにもまた既視感があった。

「ヘアーにノウズ」

 百合とマスタッシュを異の世界へと誘拐した実行犯。いきなりこのコンビと遭遇するなんて。


 簡易的に建てられたアルミ製の柵は風穴が穿たれ、警護にあたっていた男性二人は、ヘアーに足蹴にされている。

「主が予想した通りね。この街を集中的に攻めれば、あんたたちが総出で対処に来るだろうって。正直に言うと、計画のためには、あんたらが一番の邪魔。それを排除できれば、この世界を私たちが掌握することなんて訳ないんだから」

「ってことだから、君たち、ここで死んでよ」

 迫りくる二体の最上位種異人。更に、その背後にはおびただしいアブノーマルが控えている。もちろん、上位種も混じっていることは言うまでもない。いきなり骨が折れそうな戦況だ。


「なるほど、相手にとって不足はないわね」

「その通りです」

 対して、聖奈とボブは全く恐れる気配はない。むしろ、歓迎している兆しさえある。

「翼。あまりここで時間はかけられない。自分でも世渡りの術が使えなくなってきているのが分かる」

「そういえば、私も試そうとしましたが、うまくいきませんでした」

 思えば、世渡りの術とやらでワープしてくれば、暴走運転に付き合う必要はなかったのだが、それは無理な相談だったらしい。それはつまり、異人たちが異の世界に逃げ帰ることができなくなっているということか。

「多分、現時点でまともに世渡りの術を使えるのは異の主だけだと思う」

「なるほど。ならば、さっさと異の主を叩く必要があるわね」

 首を傾げていると、呆れたように冬子が解説した。

「世渡りの術が使えるのなら、異の世界に飛んでいくらでも援軍を呼べるってことよ。無尽蔵にアブノーマルを送られでもしたら、さすがに勝ち目はないわ。それに、手をこまねいているうちに、テレビ塔から密かに脱出でもされたら探し出すのに徒労することなるわ」

 現状、すでにテレビ塔から脱出していることも考えられる。そんなことをさせる前に確実に倒すとするなら、やはりここで時間を浪費するわけにはいかない。


「そういう事情かい。ならば、ここは私たちに任せて」

 そんなことを言い出したのは聖奈だった。反論しようとすると、ボブが便乗する。

「ミーたちを信じなさい。最上位種とはいえ、後れをとる気はありません」

 腕まくりをして、力こぶを見せつけてくる。なおもためらっていると、最後に瞳が口を開いた。

「大量のアブノーマルもいることですし、私もここに残ります。おそらく、この先に待っているのは、異の主に近い実力の強敵でしょう。それに対抗できるのは、翼君と冬子さんの二人ぐらいですし」

 不安は残るが、ここは聖奈たちを信じるしかなさそうだ。俺と冬子、そして案内役として百合が突撃隊としてテレビ塔へと向かい、残りの三人で、ヘアーたちを引き受けることにした。


 割り切るまでに間をあけてしまったが、冬子に尻を叩かれようやく翼を広げる。そして、冬子をおぶさり、百合の手を引くといった形で上空へと飛び上がったのだ。二人を運ぶとなると、それなりに力を解放しなくてはならないので、瞳と尻尾の能力も発動している。

「あんたらの作戦なんて筒抜けよ」

 ヘアーは髪の毛を硬化させ、槍投げの要領で俺へと放ってくる。二人を運ぶのに精いっぱいで、方向転換なんかできそうにない。あやうく墜落か。


 しかし、その髪の毛は俺へと達する前に振り払われた。それは、聖奈の尻尾のおかげだった。

「言っとくけど、あんたらの相手は私たちよ、このおばさん」

 その挑発に、ヘアーの眉根が動く。

「いいじゃないか、ヘアー。僕もちょうどあのお姉ちゃんと遊びたかったし」

「まあいいわ。こいつらを叩き潰してから、ゆっくりとあいつらを追うことにしましょう」

 一直線にテレビ塔へと飛び去っていく傍ら、俺たちと異人との最初の一戦の火ぶたが切って落とされたのだった。

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