第144話 篠原のフォロー
出現した異人たちは全滅した。だが、その場にいる生徒たちは、俺たちを指差し色めきだっていた。それは無理もないことだろう。普通の人間だと思われていた俺たちが、突然人知を超えた能力を用いて化け物を排除したのだから。
とりあえず、翼や尻尾を仕舞って一歩踏み出すが、途端、蜘蛛の子を散らすように方々になってしまう。予期はしていたが、実際に直面すると、かなり身に堪える。それでも、絞り出すように、俺は宣言した。
「ここまでやっちゃ、隠し立てはできないから言うけど、俺もさっきの化け物と同じような力を持っている。でも、みんなに危害を加えるつもりはない。それに、さっきの化け物の仲間が、今にもこの地を攻めようとしているらしいんだ」
赤の他人にすれば荒唐無稽な話だろう。すんなり受け入れられるはずもなく、「そんなの信じられるかよ」という反感の声が相次いだ。
「東雲君が危害を加えるつもりがないというのは本当です。私もまたあの化け物の能力を持っていますし、彼がそんなことをする人じゃないってことも保証します」
瞳が額を顕わにしてフォローしようとしている。しかし、それは皮肉にも新たなざわめきを生んでしまったようだ。「まさか伊勢さんまで」という罵倒ともとれる一言まで飛び出す始末だ。やはり、異人たちによる蹂躙が糸を引いてしまっている。俺たちがいかに潔白を主張しようとあの惨劇の前では無意味のようだ。いったいどうしたものか。
「みんな、聞いてくれ」
途方に暮れていると、篠原が声を張り上げた。意外な人物の介入に、一斉に押し黙る。数刻の沈黙の後、篠原は続けた。
「正直、俺もびっくりしているよ。まさか、翼があんな力を持っていたなんて。おまけに、伊勢さんも。夏木は、教室内での出来事もあったし、言わずもがなだが。
でも、翼たちが俺たちをどうこうしようとする気はないってのは本当だと思うぜ。実際、俺たちを助けてくれたのは誰だと思う。もし、翼たちがあのマネキン人形と戦ってくれなかったら、被害はもっと大きくなってたに違いない。そうだろ」
これには反論の余地がないようだった。それどころか、「言われてみれば、助けてもらったのもまた事実だよな」という擁護の声も出始めている。異人とは無関係である篠原がフォローしてくれたというのは予想以上に大きい。
「ありがとよ、篠原」
再びざわめきだした校庭を前に、俺は篠原に囁く。彼は、鼻をこすりながら、
「別にあのくらいどうってことないし。それに、この事件に関しては、俺も全く無関係じゃないからな」
そんな意外なことを口走った。
「夏木の騒ぎが起きるちょっと前に、放課後に話したいことがあるって言っただろ。こんなことになったから白状しておくけど、この化け物騒動を起こしたのは俺かもしれないんだ」
あまりに衝撃的な告白に、俺は大声で叫ぶ。ざわめきによって打ち消されたのが幸いだった。
「お前がこの事件の犯人だってことか」
「そんな大げさなもんじゃない。この事件って、ツブヤイタ―で変な化け物の写真が公開されたことが原因だろ。その写真を撮影して投稿したのは、俺なんだ」
俺が訝しんでいると、篠原は自分のスマートフォンを操作し、ツブヤイタ―のマイページを表示させる。冬子と瞳も、興味津々でそれを覗き込む。過去の呟き履歴を遡っていくと、俺たちは一斉に声を上げた。
そこには、ネットのみならず、テレビでも話題になっているあの画像が映し出されていたのだ。
他者の発言を引用しているという可能性もある。だが、その写真の投稿者は、紛れもなく篠原がツブヤイタ―上で使用しているアカウントだった。
話によると、少し前に部活からの帰り道にアブノーマルと遭遇したらしい。その時に、とっさに携帯電話のカメラ機能を使ったら、相手を怯ませることに成功し、その隙に逃げて来たというのだ。状況がいまいち掴めないが、とっさに撮影できてしまったとは、悪運が強いというか、なんというか。
「お嬢さん、翼君」
事態が終息に向かっているところ、完全に予想外の人物が息せきながら駆けて来た。スーツ姿の柔和な表情の中年男性。この学校の教師ではなく、いつもお世話になっている探偵事務所の所長さんだ。
「所長、学校に乗り込んでくるなんて、何考えてるの」
冬子が冷たい視線を送るが、それに臆することはない。いつもなら及び腰になって「冗談きついですよ」と茶化すはずだが、そんな雰囲気がないのだ。
「知り合いから、清川高校で騒ぎが起きているって聞いて、慌ててやってきたんです。車で待機していますが、ボブさんや聖奈さんも一緒ですよ」
探偵仲間お得意の異常な情報網か。
「所長、心配しなくても、学校での騒ぎは解決しましたよ」
なだめるように俺は声をかける。しかし、所長は落ち着く間もなく、自身の携帯電話を取り出した。慣れた手つきでワンセグを起動させる。
「学校で何らかの騒ぎがあるというのとは別に、とんでもないニュースも入ってきているんですよ」
「なんなんですか、あなたは、いきなり校舎に入って、訳の分からない事ばかり言って」
話に割り込んできたのは担任の先生だった。空気を読んでほしいが、この状況下、所長は突然現れた不審者とみなされても仕方ない。あんな騒ぎがあった後だから、教師陣の警戒心が高まっているのは尤もだ。
「あ、私は、お嬢さ、夏木冬子の保護者です。あ、いや、そんなことは今はどうでもいいんです」
所長は悪びれることなく、ワンセグの音量を最大にした。画面には、朝の情報番組が映っていた。
「皆さんは学校にいてテレビを見ていないでしょうから知らないかもしれません。でも、まさに今、異人たちがとんでもない放送をしているのです」
異人たちが放送をしている? あまりに突拍子のない言葉に、俺を始め、冬子たちも首を傾げる。だが、その放送を目の当たりにするや、それは決して虚言ではなかったことを思い知らされるのだ。