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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第4部 侵攻~インベーション~ 第1章 学校襲撃
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第139話 異人たちの思惑

 あまりに壮大で衝撃的な発言に、俺と冬子は固まった。

「総攻撃って、早い話が、人間と異人で戦争を起こそうというのか」

 おずおずと訊ねると、百合はゆっくりと首肯する。戦争は大袈裟だとしても、異人たちが一斉に進撃を開始しようとしているのは間違いないみたいだ。

「ちょっと待ちなさい。異人たちの勢力がどれくらいかは分からないわ。でも、本気で一斉攻撃なんてされたら、尋常じゃない被害になるわよ。アブノーマルはともかく、最上位種のやつらなんて、人間の自衛隊が相手にできるレベルじゃないし」

 冬子が慌てるのも尤もだ。あいつらに対抗できる能力者が全国に散らばっているとしても、数千、数万単位で襲撃されたら手におえないのは自明だ。まして、最上位種レベルが本気で暴れ出したとしたら、最悪自然災害並の被害が出るかもしれない。


「総攻撃とはいえ、こっちの世界に来ることのできる異人は限られていると思う。なぜなら、ここ最近、世渡りの術がうまくいかなくなっている。いきなりこの術が使えなくなった異人も急激に増えている」

 異人が人間の世界に来られなくなっただって。それならそれで朗報ではあるが、そのタイミングが異人の存在が知れ渡り始めた時と合致するというのが気にかかる。

「だから、異の主は大規模転移を行おうとしている。これにより、数体の最上位種異人と、数百体の上位種およびアブノーマルを集中的に一点に転移させようとしているみたい。その一点を完全に征服した後、現地で仲間を増やしつつ、徐々に勢力を拡大していくつもりらしい」

 つまりは、とある都市を集中的に攻めて、陥落させる。そこを根城にし、細胞注射で仲間を増やす。そして、少しずつ進行を進めていこうという腹か。敵ながら憎らしいほどの知将である。


「それで、侵攻の対象にしている地域って分かったりしない」

 冬子が尋ねると、百合は首を傾げる。そこまで都合よく敵の思惑が知れれば苦労はしない。けれども、おおまかに、それこそ県単位でも対象が分かれば、まだ手立てがある。

 やがて、渋面を作っていた百合が瞳孔を見開くや、とんでもないことを口にしたのだった。


「異の主は、確か、こんなことを言っていた。まずは、裏切り者たちに一矢報いてやるって」


 異人たちにとっての裏切り者とは、冬子の母のブリザードのことだろう。いや、現状では冬子自身、下手すれば俺でさえもその対象に含まれるかもしれない。テイルとの戦いのときに異の主に喧嘩を売ったわけだし。

 だが、問題はそうではない。異の主がそんな意向を示しているということは、異人たちが侵略の標的としているのは、

「ひょっとして、この街か」

 俺と冬子は同時に叫んだ。


 元々、冬子を狙って、集中的に異人たちが出現していたぐらいだ。総攻撃で俺や冬子たちを潰せば、後は侵略を楽に進められると考えていてもおかしくない。いや、やつらの思惑は間違いなくそれだろう。


「異の主の思惑を知った私は、監視の目をかいくぐって、どうにか人間の世界にやってきた。世渡りの術が発動できたのは僥倖ぎょうこうだった。でも、これにより失った代償は大きい」

「代償ってどういう……」

 そこで俺はあることに気が付いた。百合と一緒に行動していたあのご老人。彼の姿がないのだ。一緒に捕えられていたのだから、百合が脱出できたのなら、彼も同行していてもおかしくない。

「私とマスタッシュは、処刑を受けるために、異の主の前に引き立てられていた。異の主の意向を知ったのは、それこそ執行直前だった。異の主は『鮮血ブラッド』で作り出したサーベルを片手に、私たちに差し迫ってきた。

 あわや、サーベルで貫かれんとした時、マスタッシュが最後のあがきとばかりに、髭でサーベルを絡めて押し留めた。異の主が動きを止めた隙に、私は術を発動したわ。

 そこにすぐさま飛び込んだけれど、術によるもやが消えていく直前、私が目撃したのは、喉元をサーベルで突き刺されるマスタッシュだった」

 これ以上は言及するまでもない。異の主の野郎、テイルに続き、マスタッシュにまで手をかけやがった。やりきれず、俺は本棚を殴りつける。冬子もまた、火の玉を発生させてはいないものの、その体からはふつふつと湯気が立ち上っていた。それは決して比喩ではないことは、断るまでもない。


「弱者は淘汰されるのが異人の掟。でも、さすがにこれは胸が痛む」

 しゅんと俯く百合。彼女にとって、マスタッシュは気立てのいい祖父みたいな存在だったのかもしれない。関係性は与り知らぬにしろ、似たような経験をしているので、彼女の心境は痛いほど共感できた。


 異の世界での情勢を知ることができたのは大きいが、こんなところで百合と遭遇するのはかなり計算違いだった。まさか、彼女を同行したまま教室に戻るわけにはいくまい。百合には、学校内のどこか目立たない場所で待機してもらうか。瞳がどうにか先生を引きとどめてくれているだろうけど、それも限界があるからできるだけ早く合流したい。そうしないと、あまりにも彼女が酷である。


 そんな心配をしながら、今度こそ図書室から抜け出そうとする。ドアに手をかけると、慌ただしく廊下を駆ける無数の足音が聞こえて来た。授業はとっくに始まっているはずなのに、妙だ。急に移動教室でもあったのだろうか。

 それに、おびただしい喧騒も混じる。これはどうしたことだ。

「翼、気を付けて。信じられないけど、あの気配がする」

 冬子が身構え、熱気を放ってくる。百合が傍にいるにも関わらず、改めてやつらの気配を警告してくるなんて妙だ。それが妥当になるとするなら、考えられる事態はこうだ。

「まさか、百合以外に異人がいるっていうのか」

 それは断じてあり得ない事態のはずだ。授業中の学校に化け物が出現したら、人だかりの大騒動に発展するのは容易に推測できる。掟を熟知しているであろう異人たちが、こんな愚行を犯すはずはない。

 いや、その掟とやらが意味をなくしているとしたら。ついさっき知らされたではないか。「異人たちは人間世界へ総攻撃を仕掛けようとしている」と。

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