第138話 意外な訪問者と情報拡散
「おい、ここでこれかよ」
「あんたも感じたの。ここに出現するなんて、面倒なことしてくれたわね」
俺と冬子が感じたのはもちろん、例の悪寒だ。授業中の図書室ならば、人気のない場所というやつらの出現条件に合致する。でも、あからさまに人がいないところを狙っても意味がないだろ。それが分からない阿呆がはぐれてきたか。
いや、そうでもなさそうだ。次第に気配が強まっていく。俺も戦歴が長くなってきているから、大体把握できる。この気配、最低でも上位種クラス。まさか、最上位種か。そんな高位なやつが、無駄骨を折るようなことをするだろうか。
やがて、図書室の中央、読書用の長机が陳列されている合間に白いもやが発生した。こんなところで派手にドンパチするわけにはいかない。俺は瞳の能力だけを解放して万が一に備える。冬子もまた、小さな氷の玉をちらつかせている。
そして、そのもやから、ゆっくりと少女が姿を現した。
そいつを前に、俺は更に別の意味で仰天することとなった。学校に異人が出現したというのはともかく、その正体もまた意外すぎる相手だったのだ。
「百合、だと」
白いワンピースに白の長いストレートへア。清々しいほど身なりを白で統一したその少女は、まごうことなく、最上位種異人ブランクこと百合であった。
出現したのが百合ということで、更なる疑問が生じる。百合は、テイルとの戦いの前にヘアーとノウズによって異の世界へと連れ去らわれたはずだ。それなのに、平然と俺たちの前に舞い戻ってきている。それに、一緒にいたはずのマスタッシュはどうしたんだ。
「お前、本当に百合なのか」
「そうかもね。あなたは、ハンバーガーの人でしょ」
その認識。間違いなく百合だ。
「百合っていうと、あの時異人に誘拐された子よね。それがなんでまた、こんなところにいるの」
冬子が直球に疑問をぶつけた。百合は首を傾げるばかりで、いきり立った冬子が氷の玉をぶつけようとする始末だ。俺が冬子をなだめていると、ようやく思い出したらしく、柏手を打った。
「翼。あなたに大変なことを知らせに来た」
「大変なことだって」
平坦な口調からはあまり緊迫性は伝わらないが、彼女の目を見れば分かる。いつものおとぼけた様子はない。それに、よく彼女の体を観察すると、あちこちに傷がつけられている。「空白」は異人に由来する能力を無効化するのだが、単純な殴る蹴るはその対象外らしい。あっちの世界にいる最上位種たちが百合の能力を知らないとは考えにくい。そのうえで、百合が手傷を負っているということは……。
当人は、傷のことについては気にすることなく、話を続けた。
「原因はよく分からないけれど、人間の世界で異人の存在が知れ渡り出しているみたい。異の主はそれに強い危機感を覚えている」
そのことについては、大きく心当たりがあった。今朝のテレビニュースを皮切りに、クラスの話題は異人一色だもんな。
「ツブヤイタ―で異人の存在が拡散されたっていうから、気になってこっそり調べてみたのよ。そうしたら、予想以上にこのことは広まっているらしいわ」
どうやら、冬子は昨日までにネットの情報を集約していたらしい。バックに情報の鬼の所長がいるとはいえ、恐るべき収集能力だ。
冬子のスマートフォンのブックマークには、異人に関連すると思われるページが羅列してあった。ツブヤイタ―のまとめサイトから大手掲示板、個人のブログに至るまで徹底されていた。これらの情報をまとめてアフィリエイトをやったら、莫大な金額が入りそうだ。
その情報を統括すると、清川、千木地区以外にも、全国各地で似たような姿の化け物が目撃されているようだ。当初有力視されていた映画の撮影という説だが、裏口で現在撮影されている映画、ドラマの情報を得たという人物が「マネキン人形を使用する作品は現在撮られていない」と発言。製作会社もそれに関する問い合わせが殺到したのか、相次いで「そのような作品を撮影しているという事実はない」と公表しているようだ。
加えて、人を襲うという特徴が一致していることで、新種の怪生物だという意見が前線に出ているみたいである。
もしやと思い、俺は携帯電話のワンセグを起動させた。学校内でテレビの音声を流すわけにはいかないので、字幕付きの情報番組を選局する。午前中なので、まだ大多数の局が朝の情報番組を放映し続けているのだ。
折しも、今日のニュースのまとめを放映しており、首脳会談についての話題や、ここ数日話題になっている殺人事件の続報の後に、危惧していた内容が放送された。
「さて、次のニュースです。現在、ネットを中心に、『全身毛がないのっぺらぼうのマネキン人形』なる怪生物が目撃されているようです。
これは、先日、簡易投稿SNSツブヤイタ―上で発信された内容から発展したもので、人間を襲うというマネキン人形の怪生物が全国各地で出没しているとのこと。
当初は映画の撮影との説が有力視されていましたが、大手製作会社はこぞって『そのような事実はない』と否定。また、東奥大学生物学教授の広瀬氏は「地球上に存在する生物で類似例がない。新種かどうかは研究を進めるしかないが、その可能性は大いにあり得る」とコメントしています。
警察では、この謎の生物が人を襲うという特徴を有していることから、興味本位で探索しないように喚起しています」
まさか、全国放送で取り上げられてしまうとは。内容が合致する投稿が全国で数百単位で押し寄せれば、もはやいたずらで済ますことはできないだろうけど。
だが、これは非常に由々しき事態だ。異人の掟として「世間一般に存在を知られてはならない」というものがある。未だにその理由は不明瞭だが、現在のこの状況は、大いにそれに抵触しているのではないか。
「人間の世界で異人の存在が明らかになりつつあると知って、異の主は決断したの」
その直後、百合の口からとんでもない事実を聞かされることとなった。
「異の主は、人間世界に対して、総攻撃を開始しようとしている」