第133話 極寒での戦い
「寒っ(さぶ)」
翼を顕現させるや、俺は身を震わせた。俗にシバリングという行為らしいが、この状況ではそんなことを言っている場合ではない。
聖奈の彼氏の一件から更に時は流れ、それと共に季節も移り変わっていった。暑くて死にそうだと呻いていたら、今度は凍死寸前だと嘆く羽目になる。特に、俺の場合はこの季節は拷問でしかなかった。
察しの通り、俺は異人の能力を解放するためには上半身裸にならなくてはならない。そうでないと、翼のせいで服が犠牲になってしまうのだ。いちいち着るものを新調していたら、俺の家計は火の車になってしまう。それ以前に両親から張り倒されるのは必至だ。
だから、我慢して上半身裸で戦うしかない。北風がその身に染みる極寒の日でも。
世間がクリスマスだのと浮足立っているこの頃、俺たちは相も変わらず異人たちの相手をしていた。ここ数か月は最上位種異人も出現せず、たまに出てくる上位種異人が唯一の脅威となっている。
今日もまた、頭部に無数のひだがついた上位種と対峙していた。そのひだを抜くと一瞬で硬化し、それをサーベルのように振り回してくる。その能力からすると、上位種版のヘアーというところだろう。
牧野台の郊外にある空地。そこで異人の気配を感じた俺は、冬子と共に急行し、眼前で威嚇するヘアーと対峙しているってわけだ。俺が上半身裸で苦心している一方で、冬子はダウンコートを着込んで平然と手のひらで炎を弄んでいる。防寒装備をしていても凍えそうなのに、彼女にそんな素振りはない。
「なあ冬子、お前寒くないのかよ」
「私、夏を暑いと思ったことも、冬を寒いと思ったこともないわよ。周りに合わせてこういうコートとかを着ているけど、もっと薄着でも十分活動できるわ」
素っ気なくとんでもないことを口にする。どういう体内構造してるんだよ。
なんてツッコミを入れようとして、冬子の能力からすればありうる話だと気が付く。彼女は炎と氷を発生できるのだが、それは自身の体温を操作することにより生成している。つまり、体外環境に合わせて体温を調節することもお手の物なのだ。恒温動物である人間の常識を度外視しているが、そもそも炎を自動生成できる時点でそんなことを気にするのは野暮だ。
そんな便利能力に感心していると、ヘアーが硬化した髪の毛というかひだを振り回してきた。俺はかじかむ体に叱咤を入れ、翼をはためかせる。冬子は踊るような動きで髪の毛を回避していく。これで雪でも降り積もっていたら、氷上の天使みたいな華麗さだ。中身は邪悪だけどな。
冬子は距離をとって、火の玉を連射する。それをまともに浴びて、ヘアーは大木にぶつかって崩れ落ちる。おっと、冬子ばかりにいい恰好はさせるか。俺は急降下して、ヘアーの顔面に蹴りを入れる。
本来なら尻尾を使いたいところだが、主にズボンの事情により滅多に使うことがない技になっていた。ズボンを穿いている時に尻尾なんか出現させたらどうなるかお分かりだろう。聖奈の苦労が身に染みて分かった。
「あんたと遊んでいる暇はないから、さっさと眠ってもらうわよ」
俺がその場から離れるやいなや、冬子はヘアーに密着し、両手をそいつの胸に当てる。繰り出される技を予期し、俺は耳を塞いだ。
爆音が轟き、ヘアーの体が霧散していく。もはやこの光景は日常茶飯事になっていた。
「なあ、冬子。上位種相手なら、お前のあの技を使わなくても倒せるんじゃないのか」
「甘ったれたこと言ってるんじゃない。あんた、あの出来事を忘れたとは言わせないわよ」
そそくさと服を着込みながら話すと、冬子から糾弾される。俺とて、そう簡単に忘れるわけはないさ。最上位種異人が出てこない以上、憂さ晴らしにしかならないが、こうでもしないと、あいつのやったことに対して腹の虫が収まらないのだ。
あの事件で多大な被害を被った聖奈もまた、狂ったように異人を討伐していっているという。彼女が殺気立つ胸中は容易に察せられる。そもそも、異の主がしでかしたことは許されるものではない。
それに、あの後拉致された渡の行方は一向に掴めていない。同様に、異の世界へと幽閉された百合やマスタッシュとも音信不通となっているのだ。コンタクトが取れそうな瞳に連絡がないか尋ねても「音沙汰なしですね」と肩をすくめるばかりだ。
このまま特段事件が発生することがなく新年を迎える。そんなあきらめにも似たムードが漂う中、とんでもない出来事があまりにも意外なところから飛び込んできたのだった。