第132話 未知の遭遇を果たした篠原
俺は、大変なものを撮影してしまった。前から、迷惑花火野郎だの天使だのいろいろ出現していたから、ありえないものが存在しているって気はしていたんだ。けれども、こんなのがウロチョロしていたなんて、予想外もいいところだ。翼はこのことを知っていたのか。
その日、俺はバレー部の練習が終わった後、帰りの電車に乗るために清川駅まで急いでいた。トレーニングというのは名目で、いつもの電車に乗り遅れそうになっているからだった。すっかり日が暮れ始め、街灯がともり出している。翼のやつは、もっと明るいうちにさっさと帰ってるんだよな。さすがニートだぜ。
大通りから外れた小道に差し掛かった時、ふと妙な気配を感じた。勘違いかもしれないけれど、小道の先で蠢く物体があったかもしれないのだ。そこで放っておいて、さっさと駅まで走っていけばよかったかもしれない。だが、俺は押し寄せる好奇心に打ち勝つことはできなかった。惹かれるままに、その小道へ侵入していく。
人ひとりがようやく通り抜けられる道を出ると、その先は空地になっていた。一軒家が取り壊された跡がそのままになっているのだろうか。雑草が伸び放題になっていて、足にからみついてくる。
ふと、その一角に妙なクレーターみたいなのを発見した。そこだけ地面がへこんでいて、雑草があまり伸びていないのだ。こんな中途半端に除草剤をまくなんて、どういうことだ。まさか、こんな辺鄙な場所で爆発なんか起きるはずないから、野獣に食われたか、除草剤を使ったかぐらいしか説明がつかない。
それはそれとして、それ以外に変わったことはなさそうだ。貴重な時間を無駄にしてしまったぜ。さっさと駅へと行かないと乗り遅れる。俺はさっさと小道を逆戻りしようとした。
まさにその時だった。妙なうめき声がしたので、俺は立ち止まり、振り返る。それに、急に全身に悪寒が駆け巡ってくる。そして、俺の眼に飛び込んできたのは、全く持ってあり得ない存在だったのだ。
のっぺらぼうのマネキン人形。
そいつは目がないはずなのに、はっきりと俺を捉えているように感じられた。視線が突き刺さってくるのは確かだが、その先を辿るとあいつにしか行きつかないのだ。
のったりと手を伸ばし、俺の方に近づいてくる。一気に逃げ出すか。いや、様子を見るべきなのか。クマとかは急に動くと逆に襲ってくるって聞いたことがあるし。俺はのっぺらぼうな顔に視線を固定したまま、後ろ向きに小道へと侵入していく。
しかし、先に動いたのは化け物の方だった。伸ばしかけていた右腕を、一気に俺の首まで到達させてくる。やばい。俺はとっさにかがんで、その腕をかわした。
やばいぞ、この化け物。俺は、身軽になるために、背負っていたリュックやら学生かばんやらを放り出す。そして、勢いよく横跳びした途端、ポケットから携帯電話がこぼれ落ちそうになる。
そいつを拾った時、化け物は俺に覆いかぶさろうと背伸びしてきた。どうにかできないか。画面を開き、震える手でそれに触れた時、自動的にカメラが起動した。とっさに押したボタンがそれだったらしい。しかも、レンズはくっきりと化け物を捉えていた。
このままでは押しつぶされる。俺は大声を発しながら、携帯電話のボタンを押した。
シャッター音とともにフラッシュがたかれる。あの化け物にとっては、急に光が発せられたのが意外だったのだろう。俺に到達する寸前で固まってしまっている。まさか、助かったのか。呆然とするが、やつが再び咆哮したのを機に、とっさにその場を離れる。
カバンとリュックを拾い、一刻も早くここから離脱しようとする。あいつはしつこく手を伸ばしてくる。この化け物野郎め。俺は小石を掴むと、あいつの額へと投げつけた。
こんなちんけな投石で倒せれば苦労はしないが、化け物の動きを一瞬止めることには成功したようだ。俺はその間に小道を脇目も振らずに突き進んでいく。あいつの唸り声が段々遠ざかる。なぜか小道へは侵攻しようとはしないらしい。それならそれで好都合ってもんだ。俺はなんとか、大通りまで逃亡に成功した。
この一件で、すっかり電車は乗り過ごしてしまった。でも、そんなのはどうでもいい。激しい動悸を抑えようと胸をさすり、俺はわなわなと携帯の画像ギャラリーを開く。部活の連中と撮った他愛ない写真に混ざり、異質な存在が表示されていた。俺を見下してきた化け物の上半身。
マネキン人形を映しただけと言われればそれまでかもしれない。けれども、写真に収められていてもなお、そいつの異質な存在感は画面越しに伝わってくる。急に飛び出してきそうで身震いする。俺は隠すように携帯電話をしまうと、一目散に駅へとダッシュしていった。
帰宅した俺が携帯電話を操作して立ち上げたのは、「ツブヤイタ―」というウェブ上のサービスだった。百文字程度の短い言葉でやり取りできる人気のSNS。クラスの大半が利用していて、俺もまた暇があればタイムラインを眺めている。
「今日の宿題難しすぎるよな」という友人の投稿や、「変な動きの犬見つけたwww」という某巨大掲示板へのリンクなど、様々な呟きがごちゃまぜに流れてくる。その中に俺は爆弾を投下しようとしていた。
呟き投稿画面を開き、画像リンクからあの化け物の写真を貼りつける。そして、震えながらも、こうメッセージを打ち込んだのだ。
「清川高校から帰る途中に、こんな化け物と出会った。最近、変な事件が続いているから、もしかしたらこいつの仕業じゃないかと思っている」
投稿ボタンを押すや、どっと疲れが出てベットに倒れ伏した。まさか、こんなのを本気で信じるやつなんていないよな。どうせ、「合成写真だろ」と叩かれて終わりだ。炎上しかねないけど、このまま俺の携帯のフォルダに閉まっておくだけというのも忍びない。自嘲するように笑い声をあげると、俺はそのまま眠りについた。
そう、俺は予想だにしなかったのだ。まさか、この投稿があんな事態に繋がるなんて。
ここから第4部スタート。最初で最後の篠原視点のお話です。
割烹にも書いてますが、この第4部が実質の最終章となります。残りわずかですが、最後まで応援よろしくお願いします。