第130話 因縁の対決
慟哭する俺たちを、異の主は冷たい目で見下す。
「不必要な弱者を排除した。ただ、それだけだ。感傷に浸る必要性がどこにある」
「てめえ、殺人を犯しておいて、その言い草はなんだよ」
俺は異の主に掴みかかろうとするが、呆気なく払いのけられてしまう。
「そなたらも抵抗するというのか。ならば、この場で消し去ってもよいのだぞ」
それが冗談ではないことは、手にした武器が証明していた。金髪を一本抜き、それを硬化して剣のように携えている。あれは、ヘアーが使っていたのと同じ能力か。
あまりにも圧倒的な実力を目の当たりにしたうえ、まだテイルとの戦いで消耗した体力が回復していない。このまま戦闘になれば、孝の二の舞になるのはほぼ確実だ。でも、やるしかない。ここまで残虐非道なことをされて、黙って退散しろだなんて、無理な話だ。
「待ちなさい」
臨戦態勢になる俺と異の主だったが、それを呼び止める声があった。顔を向けると、そこから激しい熱気が迸っていた。
この熱気は決して比喩ではない。彼女はこの工場を燃やし尽くさんほどの闘気を沸きあがらせていたのだ。小柄な少女でしかないはずの彼女が、この場においてはこう形容するしかない代物へと成り果てていた。
復讐の鬼神。
「裏切り者の娘か。よもや、こんな局面で出会うとは思っていなかったぞ」
「奇遇ね。私も、まさか再会できるとは思っていなかったわ」
テイルとの戦いで立っていられるのもやっとのはずだったが、冬子は炎の玉を生成しながら、着実に歩み寄っていく。先ほどまで、異の主へと怒りで支配されていた俺たちが正気に戻されるほどのすさまじい怒気だった。
そんな彼女と対峙しても、異の主は動揺する素振りはない。むしろ、並々ならぬ闘志を前に、恍惚すら浮かべている。
「両親の仇、ここで討たせてもらう」
一切の遠慮がない、全力の火の玉。なにせ、クレーン車の鉄球程の直径がある代物だ。最上位種異人であろうと、下手したら全身やけどで苦悶するだろう。
だが、異の主は広げた右手から冷気を発生させた。嘘だろ。あの野郎、あの技まで使えるのか。
俺が懸念した通り、異の主は瞬く間に氷の塊を生成した。しかも、バスケットボール大ぐらいの大きさがある。
「氷結」
冬子の火の玉が発射されたのと同時に、異の主も氷の塊を投げつける。相反する力を持った二つの球体は真正面からぶつかり合う。
爆砕し、硝煙が立ち上る。視界が奪われ、立ち尽くすしかない。通常ならそうなるだろう。ところが、煙が明けた時、俺が目撃したのは信じがたい光景だった。
いつの間に接近したのか、異の主が冬子の首根を片手でつかみ持ち上げていたのだ。爆音に怯むどころか、すぐさま次なる一手への契機とするなんて、まさに規格外であった。
「瞳と俊足。この高速接近を不審がっているだろうから、あらかじめ種明かしをしておこうか」
「お節介しなくても、大体想像がつくわ。煙の中、瞳で視力強化して私を捉え、俊足で高速移動したってことでしょ」
「ご明察。まあ、理解したところで、もはやどうにもならんがな。この状態で我が剛腕を発動したらどうなると思う」
冬子の顔がゆがむ。華奢な彼女の首筋を掴んで握力を強化したらどうなるか。そんなの、考えるまでもない。
冬子は自由になっている右手で炎を生成しようとする。しかし、それはうめき声と共に、すぐに消滅してしまう。異の主が指をめりこませていっているのだ。一気に絞め殺すことも可能だろうが、あえていたぶっているのか。
それを黙って看過できるほど、俺は男がすたってはいない。我武者羅に突撃するが、異の主がフリーになっている左手を一振りしたとたん、俺の両腕に亀裂が走った。一瞬の出来事に何をされたのか全く判別がつかなかった。
激痛に襲われて、ようやくあの一撃の正体が判明した。やつが握っていたのは、紅に染まった金色のサーベル。頭髪の能力により生じた剣での一太刀だったのだ。
「邪魔するなよ、小僧。死に急ぐのは構わんが、焦らずとも、後にじっくりと料理してやる」
そう一瞥するや、再度冬子を掌握している右手に力を込める。このままだと冬子が殺される。これ以上悲劇を繰り返させてなるものか。俺は翼を広げる。
だが、それより先に異の主を襲撃したのは、あまりにも予想外の存在だった。俺の脇をすり抜け、一直線に異の主の首筋に噛みつこうとする本能に支配された野獣。
いつの間にか覚醒した渡が、暴走状態のまま異の主へと飛びかかっていったのだ。
しかも、俊足を発動していたため、異の主といえども反応が遅れたようだ。とっさに冬子を突き放すと、両腕で牙をガードする。
「甲殻」
牙が突き刺さる寸前、能力により腕を硬化させた。実際の能力の程は不明だが、牙が突き刺さることなく跳ね返されたのだから、防御特化の能力ということは間違いない。
過たず、解放された冬子は手早く炎を発生させ、異の主へとぶつける。これは単純に回避しようとしていたのだろうが、わずかに軌道を読み違えたようだ。
火の玉は、異の主の頬をかすめ、鉄骨にぶつかって消滅した。
括目して、頬をさする異の主。大した傷ではないが、やつに対し、一撃を与えられたというのは大きい。呆気にとられたような表情をしていたが、すぐさまいつもの鉄仮面へと戻る。
「なるほど。人間ごときと油断したが、少しはやるようだな」
そんなつぶやきもお構いなしに、渡は跳躍して噛みつこうとする。だが、その額をがっちりと掴まれ、空中でもがくばかりになっている。
「今日のところは、テイルを始末しに来ただけだ。ひとまず、見逃してやるとしよう。だが、次は貴様らを本気で殺す。覚悟しておくといい」
そういうや、例のもやを発生させる。それに包まれ、異の主の体が徐々に消えていく。
「待て」
俺と冬子が同時に叫ぶが、異の主の帰還を止めるには遅すぎた。
「こやつは利用価値がありそうだ。こちらで貰い受けよう」
しかも、暴走したままの渡までもが、異の世界へと拉致されようとしている。異の主の体が霧散していくたびに、体内を支配していた悪寒が薄れていく。それが消え去った時、渡とともに、異の主は完全に消滅してしまったのだ。