第126話 テイルとの決着
相手は勝利を確信しているだろう。だが、それは大きな間違いだぜ。予測した通り、テイルはダッシュと共に角を浴びせようとする。
それに合わせるかのように、俺は空中で体をひねる。フィギュアスケート選手なら容易にできる動作だが、いざ再現しようとするとなかなか難しい。俺も、翼という能力の加護があって、ようやくこの空中高速回転なんて荒業が実現できるようになったのだ。
「終わるのはお前の方だ、テイル」
高らかに宣言し、回転したままテイルへと向かっていく。そのままただ体当たりするだけなら、愚行の極みだろう。良くて、相手の角と相殺されて撃墜だ。
しかし、俺が単純に突進しているわけでないというのは、テイルも承知しているようだった。そう、これはただの突進ではない。
尻尾をコマのように高速回転させながら突撃しているのだ。
ダサいネーミングならば、人間独楽といったところか。しかし、これは見た目以上に強烈な攻撃であった。テイルが全力で角を剥き出しにしてぶつかってきたにも関わらず、それを易々と吹っ飛ばしたのだ。背中から地面に叩き付けられたテイルの上に覆いかぶさるように、俺は着陸する。テイルに対しマウントをとった状態。これこそ、テイルを正気に戻すためには必要な体勢だった。
慣れない高速回転をしたせいでふらつくが、俺はがっちりとテイルを抑え込む。
「なるほどな。身体を密着させれば尻尾を防げると考えたか。あながち間違ってはいないが、俺が力比べで劣るなんて本気で思っているのならちゃんちゃらおかしいぜ」
「いや。お前と順当にプロレスしようなんて考えちゃいないさ」
怪訝な表情をするテイルに、俺はズボンのポケットにしまっておいたあるものを突き付けた。そう、俺が超近距離戦に持ち込んだのはこのためだ。
「なんだ、それは」
「忘れたとは言わせない。見覚えがあるはずだ、こいつを」
「馬鹿か。そんなネックレスごときでこの俺が……」
テイルが絶句した。聖奈ももしやという可能性にかけ、こんな作戦を託したのかもしれない。俺もまた、これが通じるかどうかは半信半疑だった。
しかし、こいつを目にしたテイルはあからさまな反応を示している。
俺がテイルに提示したもの。それは、聖奈が孝からもらったというあのペンダントだった。
太陽を象ったペンダントを前に、テイルは苦悶している。人間であった頃の思い出の品を目の当たりにすれば記憶がフラッシュバックするだろうというベタな発想ではあった。けれども、よもやそれが本当に効果があるとは。
「まさか、知らないなんて白を切るわけはないよな。これは、あそこにいる女、聖奈が孝からプレゼントされたものだ。お前が孝であったのならば、こいつに見覚えがあるはずだ」
「くそ。なぜだ。なぜ、そんなペンダントごときで俺が苦しまなくてはならない。畜生!!」
雄たけびを上げると、力づくで俺を振り払った。差し押さえるのもこれが限界か。
襲撃されると警戒し、俺は臨戦態勢に入る。しかし、テイルは頭を抱えるばかりで攻撃する素振りはない。
「俺は、俺は異人だ。人間であるはずが」
うわ言のように何度もつぶやくテイル。すると、聖奈がゆっくりと彼のもとへ歩み寄る。止めようとしたが、一心にテイルを見据える彼女を前に、俺は手を引っこめた。
「なんだ、女。俺を倒そうとするのなら、容赦はしない……」
テイルが絶句した。それは俺もまた同じであった。
聖奈はいきなり、テイルに抱き付いたのだ。
「な、何をして……」
どよめくテイルをよそに、聖奈は無言で抱擁を続ける。テイルの力であれば楽に振り払えそうではあるが、為されるがままにされている。むしろ、脱力しているといってもいい。
「テイル。いや、孝。お前ここまでされて白を切るのなら、男としてどうかと思うわよ」
いつもの棘のある言い方に、テイルは刃向おうとする。が、反論しようとした矢先に、その口が封じられた。そう、物理的に封じられてしまった。
聖奈の唇とテイルの唇が重なり合ったのだ。
さすがにこれには、俺も顎が外れんばかりに開口するしかなかった。当事者であるテイルも目を白黒させている。いや、そこまでやるとは予想外もいいところだぞ。
「聖奈、これは一体」
「あんたと先に済ませておいて、彼氏はまだじゃ酷じゃない。ここまでして目を覚まさなかったら、さすがにぶっ飛ばすわよ」
おちゃらけて力こぶを見せる聖奈。でも、冷静に考えるとこの行為はかなり危険な博打だったんじゃないか。彼女が意図したかどうかは与り知らぬが、あの行為は細胞注射を成立させかねない。元々尻尾を持っている相手にさらに尻尾の能力を注射した場合どうなるかは未知数だが、これにより身体能力が増強されでもしたらさすがに勝ち目はない。
しかし、それは取り越し苦労となりそうだった。常に張り詰めていたテイルの尻尾が突然しな垂れ、縮小していったのだ。それに合わせるかのように、額の角も収まっていく。
「聖奈……か」
絞り出されるように発せられた一言。毒気が存分に含まれたテイルの言葉としては、大いに違和感があるほど柔らかなものだった。
「孝」
確認するかのように、聖奈もつぶやく。彼女としてもこの変化が未だ信じられないのだろう。しかし、テイルは表情を綻ばせたかと思うや、ゆっくりと首肯したのだ。