第122話 冬子敗北
遠距離用の技が通じないと判明した場合、冬子がとるであろう戦法は予想がつく。と、いうより、あんな化け物相手ではあの技ぐらいしか有効打が見いだせない。しかし、テイルが元々持っている能力は近距離から中距離において真価を発揮する。基礎的な身体能力が向上している以上、あの技を使うために無闇に接近戦を挑むのは得策とはいえない。
それを承知しているのか、冬子は踏む出すタイミングを計っている。テイルは、あえて冬子の攻撃を誘っているかのように、尻尾をちらつかせるばかりだ。このまま膠着状態が続くかと思われた。
「待たんかい、あんさんら」
再起不能のはずの渡が右肩を抑えながら立ち上がってきた。全身血だらけで虫の息ではあるが、その瞳に燃える闘志は未だ潰えることはない。
「死にぞこないが。そのまま大人しくくたばっていれば、じっくりと嬲り殺していたものを。どうやら、一気に殺される方がお望みらしいな」
「アホ抜かせ。あんさんに殺される気なんかないわ。わいがまだやれるってとこ見せたる」
力を漲らせての咆哮。まさに、残された力をぶつけんとするばかりの気迫だった。
しかし、この奮起がよもや悪夢を加速させてしまうとは、皮肉にも程があった。突如、渡は前かがみになり、息遣いも荒く、激しくなる。雄たけびの反動か。否、そんな生易しいものではない。それに、この兆候。あの時とほとんど同じではないか。
それならば非常にまずい。こんな局面であの時の状態を再現させてしまったら。
「冬子、先に渡を止めるんだ。このままだとあいつは」
俺は必至に叫ぶ。しかし、もはや後の祭りであった。
低く唸ったまま、血走った目でこちらを睨む渡。身体をふらつかせ、自我を感じさせない。本能のままに蹂躙を繰り返す最悪の形態。
渡は、またも異人の力を暴走させてしまった。
「渡、まさか、あんた」
絶句する冬子をよそに、渡はあろうことか彼女の方へと飛びかかる。俺はやむを得ず翼を出現させ、渡が冬子へ到達する寸前で、渡に体当たりを喰らわせる。俺と渡はもつれるように地面を転がった。
「目を覚ませ、渡」
呼びかけるも、逆に牙を剥き出しにして威嚇される。しかも、テイルが渡に仕掛けたのと同じように、俺の足を尻尾で絡み取り、空中へと放り投げる。
上空を舞うことになった俺だが、飛行能力を活かし、どうにかテイルたちの攻撃範囲外で持ちこたえる。
テイルと渡は俺が眼中にないと主張せんばかりに、同時に冬子に対して攻撃を仕掛けてきた。テイルの角を前面に押し出しての頭突きと、渡の二対の牙が一挙に迫る。手早く氷の玉をぶつけて反撃を試みるも、テイルの尻尾により簡単に払いのけられてしまう。いくら冬子でも、一度に二人を相手にするのは至難の業であった。
両者共に顔に存在する部位を使用しているということを利用し、冬子は身を屈める。これならば、テイルたちもしゃがまなければダメージを与えられない。とっさの判断にしてはうまい一手だった。
しかし、渡は完全に牙の一撃にかけていた一方で、テイルは冬子のこの行動を先読みしていたらしい。角が空振りに終わるや、すぐさま身をひるがえし、低位置から尻尾を振り回してきたのだ。
これは後退するしか回避しようがないが、腰を落としたのが仇となり、さすがにそんな反応はできない。一発まともに喰らったのを機に、連続で尻尾でいたぶられていく。
俺が空中から冬子の救助へと向かおうとすると、
「邪魔するなよ、小僧」
テイルがヴォイスの能力を発動し、怪音波で進行を阻害する。耳を塞ぐのに気を取られ、まともに飛空できない。同時にそれは、冬子の防御も疎かにさせていった。
ふと、テイルの猛攻が止んだ。さすがに疲弊したか。すかさず冬子は立ち上がるのだが、その瞬間に彼女は信じられない光景を目の当たりにしてしまうのだった。
それは、正面衝突寸前まで急接近してきた渡だった。
テイルに気を取られている間に、渡が俊足の能力を利用して単純な体当たり攻撃を仕掛けてきたというところだろう。万全な彼女であれば防ぐ手立てがあったかもしれないが、満身創痍の彼女にそれは無理な話であった。
渡の容赦ないタックルがクリーンヒットし、冬子はよろめきながら崩れ落ちる。そして、とどめとばかりにテイルの尻尾によりはね飛ばされ、そのまま壁へと叩き付けられた。
「嘘だろ」
地上に降り立った俺はそれしか言葉にできなかった。最初に出会った時から無茶苦茶な強さを発揮してきた彼女。それが、ぐったりと壁にもたれかかり、もはや虫の息となっている。あまりにも信じがたい事実ではあるが、こんな有様を晒されては認める他なかった。
「冬子が敗北した」