第120話 冬子&渡VSホーン&ヴォイス
急速接近してきた渡に対し、ホーンは頭を突き出して応戦する。だが、渡の移動速度に対応しきれず、腹部へと潜られてしまう。
渡は掌底を打ち込んだのち、たたらを踏んだホーンの肩に食らいつく。深くめりこむ牙に、ホーンは呻く。このまま噛みつき続けていれば、ホーンに与えるダメージは絶大なものになる。
しかし、渡は苦悶の表情を浮かべて、牙を緩めてしまう。そこをホーンの拳が遅い、渡は後退する羽目になる。
その異変の理由は明らかだ。ヴォイスが冬子の炎を警戒し、あのモスキート音を発生させたのだ。それは、冬子の攻撃を中断させたうえ、渡にも影響を及ぼしてしまったようだ。
「小賢しい。変な音させへんでくれ」
「あんた、いい加減黙りなさい」
怪音が轟く中、冬子の炎がヴォイスに迫る。おそらく、最大出力の爆音で炎を打ち消すつもりだったのだろう。モスキート音を中止し、大きく空気を吸う。
だが、すでに発射された火の玉を防御するのに、とっさの方針転換が間に合うはずがなかった。火の玉は吸い寄せられるように、ヴォイスの唇に命中した。
妨害する音波が止んでしまえば、あの二人の猛攻を阻止する手立てはない。ホーンは間合いが空いたことを利用して角を突き刺そうとするが、渡は牙により真っ向から対抗する。角と牙。両者の最大の武器がぶつかり合うが、渡はさらに俊足を発動。脚力も駆使し、ホーンを追いやっていく。
そして、気合を入れて首をひねると、嫌な音が鳴る。その途端、ホーンは額を抱えてうろたえる。そうなるのは当然だ。
渡は、ホーンの角を顎の力だけでへし折ったのだ。
自慢の武器を失った以上、ホーンに勝ち目は皆無だ。もはや、アブノーマルを相手にしているようなものだし。たじろいでいるホーンにお構いなしに、渡は俊足の力を味方につけた蹴りをお見舞いした。
一方、冬子の方は最初から圧倒的であった。ヴォイスは元々モスキート音によって他者の妨害をするのが得意らしく、単独での戦闘には向かないタイプのようだ。主力攻撃手段である、百デシベル以上の爆音を響かせようとしても、空気を吸い込むのにタイムラグが生じる。早々にそのことに気が付いた冬子は、極小の火の玉や氷の玉を発生させ、矢継ぎ早に放り投げていく。そんなものを誤飲するわけにもいかず、ヴォイスはその度に攻撃準備を停止する羽目になっている。
そして、ただ攻撃を防いでいるだけではなく、冬子は着実にヴォイスとの距離を詰めてきていた。音波を出そうと躍起になっていたヴォイスはそのことに気が付く余地はなかった。
「あんた、遠距離での戦闘が得意みたいね。私もどっちかといえばそうだけど、別に至近距離戦闘ができないわけじゃないのよ」
冷たくそう諭すと、両手をヴォイスの胸に置いた。ゼロ距離から放たれるそれは冬子最大の秘儀。体温変化によって生じる熱波や冷気を大気に干渉させる代わりに相手に直接ぶつけ爆発を起こさせるあの技。
爆音とともに、ヴォイスは吹き飛ばされ壁へと叩き付けられる。爆音で攻撃しようとしていたやつが爆音でやられるとは何とも皮肉な話だ。
渡と冬子は両者とも二つの能力を有しており、上位種異人たちと比べると格上ではあった。だが、こうまであっさり片づけてしまうとは。もはや圧巻の一言しかない。
「翼と一緒に二つの能力を持つ人間がいたとヘアーから聞いたが、もしかしてお前のことだったか。そして、裏切り者ブリザードの娘。なるほど、両者とも噂に違わぬ実力者というわけか」
「その割には余裕ね」
冬子の指摘の通り、これだけの実力差を目の当たりにしても、テイルに焦燥の影は微塵も感じられない。むしろ、冷静に戦力を分析しているといったところか。
「ふぉふぉるふぁ、あんふぁんや(残るは、あんさんや)」
勢いづいて、牙を発動したまま啖呵を切る渡。挑発されたということは感じ取ったのか、テイルは指を鳴らす。すると、へたり込んでいたホーンとヴォイスが立ち上がる。あいつら、まだ戦う力が残されていたのか。
「隠し立てしても意味がないから言っておくが、現時点で俺は尻尾の能力しか有していない。こんな状態でお前らと戦っても無意味なのは承知だ。おまけに、最近細胞注射を施したせいで、若干力が落ちているからな」
細胞注射で力が落ちるだって。
「テイルの言っていることは間違いではありません。私も、翼君に細胞注射した後、いつもより力が落ちていることを実感しました。それに、テイルから拷問されている中、ある場面を目撃してしまったのです。テイルがさっきのノウズという子供に細胞注射をしているところを」
テイルがノウズに細胞注射をしただって。そういえば、ノウズは「瞳をさらった報酬を得た」とかそんなことを言ってなかったか。それって、まさか、そういうことだったのか。
「あんた、男の異人に対してそういうことをするなんて、翼以上の変態ね」
「あいにく俺は人間とは感性が違うからな。嘲笑するなら好きにするがいい」
口調が少し投げやりになっているのは気のせいだろうか。