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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第1章 異人との邂逅
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第12話 囮作戦

 これではっきりした。冬子はろくに戦える状態ではない。これはチェックメイトじゃないか。

 ウィングは旋回しながら突進してくる。行動パターンが単純なおかげで回避できているが、それもいつまで続けられるか分からない。勝機があるとすれば、冬子の回復を待つぐらいしかないが、それまで耐えられる自信もない。

 冬子が陳列棚の上を飛び回っていると、ウィングはそれに追随するように飛びかかってくる。俺は蚊帳の外というのは明らかだった。氷をぶつけてきたのだから、彼女を狙うというのは当然の道理ではある。

 冬子は、ウィングをギリギリまで引きつけてから氷の玉を放つ。ぶつかる寸前に攻撃されたらさすがにかわしきれない。ウィングの額に命中したのを確認し、冬子はすぐさま退避する。やったか。


 陳列棚を破壊しながら不時着するウィング。だが、すぐに体勢を立て直し突撃してきた。

「威力が足りなかったか」

 ほぞを噛み、近くの陳列棚に避難しようとする。しかし、経年劣化か、炎と氷のコンツェルトか、原因はよく分からないが、冬子が着地した瞬間、陳列棚は音を立てて崩壊した。

「ほぎゃ」

 間抜けな声を出して冬子は尻もちをつく。なぜに俺がにらまれる必要性があるのか。


 しかもそこに、ウィングが容赦なくタックルをお見舞いする。小柄な冬子はその勢いを殺しきれず、壁まで吹っ飛ばされる。

「冬子」

 思わず声を張り上げる。これはまずい。いくらなんでも、これで無事なはずが……。


「馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃないわよ」

 崩れ落ちてきたがれきを振り払い、冬子が立ち上がる。無事なのか。いや、ふらついている。それでも、大事にならなかったことに、俺は安堵のため息をつく。

 しかし、ウィングは着地するや、冬子を両手で挟み込んだ。あの攻撃には見覚えがある。なにしろ、昨日俺が喰らった技だからだ。

 冬子は苦悶の表情を浮かべながらもがくが、なすすべなく持ち上げられていく。あの万力を跳ね返すことができるほど、彼女が筋肉質ではないことは華奢な容姿から容易に想像がつく。

 しかも、この状態では彼女の得意技も発動しようがない。ここで火の玉や氷の玉を発生させたら、間違いなく彼女自身も巻き添えをくらってしまうからだ。それに、今の彼女の体力では、自滅覚悟で技を発動しても、ウィングを確実に退けられる保証はない。


 目の前の彼女は、俺を本気で殺そうとしてきた相手だ。だから、自業自得としてしまえばそれまでだった。

 だが、ここで彼女がやられてしまったら。当然、あんなのに勝てる見込みはない。おまけに退路を塞がれている。つまりは全滅。


 いや、理論的に考えている場合ではない。すぐそばで苦しんでいる女の子がいるんだ。ここですべきこと。男だったら、というより、人間だったらやるべきことは明らかではないか。

 それに、仮にもあいつには貸しがある。冬子自身は貸しだなんて思ってないかもしれないが、そんなのは関係ない。


 俺のすぐそばには、身代わりとなってボロボロになったブリキ人形が無残に転がっている。すまない、名もなきブリキよ。お前に最後の大仕事を与える。

 俺はブリキ人形をわしづかみにし、ウィングへと思い切り投げつけた。


 冬子を束縛するのに夢中のやつは、ブリキの存在に気が付かなかったかもしれない。投擲したブリキはあっさりとやつの後頭部に命中した。冬子の氷の玉でも大した傷を負わせられなかったのだ。やつは首を回して、怪訝そうにこちらを伺うだけだ。


 もちろん、あのブリキでやつを倒そうなんて思っちゃいない。むしろ、あれで倒せるのならなんら苦労することもない。

「おいこっちだ、でくの坊。いつまでも女を抱きしめてんじゃねえぞ変態が」

 声を張り上げ挑発する。俺たちの言語が通用しているのか甚だ不明ではある。そもそも、こいつらは言語によってコミュニケーションしているのやら。

 とはいえ、そんなのはどうでもいい。大切なのは、この挑発に乗るかどうかだ。


 ウィングは低く唸るや、あっさりと冬子を解放した。そして、方向転換すると、翼を広げてきた。よし、成功した。


「こっちだ、うすのろ」

 俺は陳列棚の間をジグザグに逃走した。ウィングは低空飛行し、陳列棚を薙ぎ飛ばしながら追尾してくる。やはり速いな。50メートル走のタイムは、クラスでも平均的だった。それで全力疾走して追いつかれそうになるなんて。それに、足場がかなり悪いというのも影響している。思い立ってあいつを引きつけようとしたはいいが、思ったほど時間を稼げそうにない。


「あのバカ、わざと囮になるなんて何を考えているの」

 冬子が首をかしげる。俺の作戦が伝わっていないのか。当然ではあるが。

「いいからお前は休んどけ」

 走りながら怒鳴るように言いつけた。冬子はムッと唇を結ぶが、思案するように腕を組む。そして、唐突に思いついたことがあったのか、すぐさま姿勢を起こした。

「まさか、あいつ」


 そのまさかだ。ただ逃げるだけでは、捕縛されるのも時間の問題だ。ならば、人間様の知恵の力を見せてやろう。俺は点在しているちんけなおもちゃを、手あたり次第ウィングに放り投げた。その度、ウィングは両腕を振るってそれらをはじき返す。どんどん、幼稚園児が遊んだあとの部屋みたいになっていく。更に走りにくくしているというリスクはあったが、ウィングはおもちゃを弾くのに気を取られ、知らずうちに追跡速度を落としている。これなら逃げ切れる。


 しかし、俺は年少期に親や幼稚園の先生から言いつけられていたことをすっかり忘れていた。おもちゃで遊んだあとはちゃんと片づけないといけません。そうしないと……。


 つまずいて怪我をしますよ。


 はい、まさにその通りでした。因果応報か、俺が踏みつけたのは、冬子によって丸焼きにされたあげく、ウィングへとぶつけられたあのブリキ人形だったのだ。


 派手にすっころぶ俺。ウィングは俺のすぐそばに着地した。ああ、またあの万力抱っこをされるのか。2日連続であれはきついぜ。

 しかし、ウィングは片手を伸ばすと、俺を地面に押し付けた。漬物石を背中に落とされたみたいだ。これはこれで苦しい。必死でもがくが、体を起こせそうにない。このまま圧死させる気か。

 すると、ウィングは口先を注射針のように変化させた。それは、昨日のアブノーマルもやっていた行為だ。あんな化け物と接吻するほど、俺は趣味が悪くない。

 やつらも、能動的にキスしようだなんて考えていないだろう。ならば、何をしでかそうとしているのか。ふと、冬子の言葉がフラッシュバックした。


「やつらは、自分の血液を流し込むことで、人間を異人に変えることができるの。その時に、蚊の口みたいに口元を変化させるから、この行為のことを『細胞注射』と呼んでいるわ。あなたも、私が来るのが遅ければ、とっくに異人にされていたかもしれないわね」


 蚊のような注射針の口先。それは、俺へと迫るあれのことではないか。つまり、やつは冬子の言う「細胞注射」を施そうとしている。

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