第119話 テイルの援軍
為すすべなく百合たちが連れ去らわれてしまい、俺は地面を拳で叩く。自在に時空間移動ができるとはいえ、あの出現方法は予期できる範疇を著しく逸脱していた。百合たちを全面的に信頼していない冬子たちでさえ、この誘拐劇の一部始終には歯噛みする他なかった。
「さて、今度は俺の方のミッションを遂行しようではないか。最低でも翼を始末できれば目的は果たせるのだが、お前らを全滅させれば、俺の株は鰻登りってわけだ」
有頂天になるテイルを前に、渡と冬子がガンを飛ばす。
「調子に乗るんもええ加減にせえや。あんさん一人でわいらに勝てると思うとるなんておこがましいで」
「私の主義じゃないけど、このまま袋叩きにしてあげてもいいのよ」
にらみ合う両者。まさに一触即発の雰囲気が着実と醸し出されていた。
しかし、それに割り込むかのように、聖奈が少しずつ進み出る。
「テイルって言ったな。一つ教えてほしい」
「なんだお前は。俺に用でもあるのか」
「用もへったくれもないわ。あなた、孝でしょ。私のことが分からない?」
必死で呼びかける聖奈。だが、テイルはせせら笑い、
「俺に人間の知り合いがいるだって。片腹痛い。精神論で攻撃したいなら、もっとマシな嘘をつけよ」
尻尾で急襲し、聖奈の足もとを払った。不意打ちで転倒する聖奈を冬子が抱き支える。
「聖奈、しっかりしなさい。あいつがあんたの彼氏に似ているかもしれないけど、今や異人でしかないのよ」
「そうかもしれないけど、でも、元は孝だったかもしれないじゃないか」
異人は人間が変化した存在。その理屈からすれば、あまりにも例の写真の男と酷似しているテイルは、聖奈の彼氏だった可能性が高い。そいつと戦うということは、聖奈の彼氏をこの手で葬り去ることに繋がりかねない。
そう考えると、俺まで手が震えてきた。やつは瞳を誘拐したろくでなしではある。でも、人間だったかもしれないやつを本気でぶちのめすことができるのか。
俺と聖奈の様子を見かねてか、冬子と渡はつかつかとテイルの方へと歩み寄る。
「あの異人からあんな話を聞かされた後じゃ腰が引けるのも無理がないかもしれないわね。それに、聖奈の場合は、こうなるってのは薄々予想がついていたわ」
「冬子、お前まさか」
「あいつの正体が何者であれ、異人であることには変わりない。ならば、私がこの手で倒すのみ」
彼女に一切迷いがないことは、直後に発生させた炎が物語っていた。それは、天を焦がさんとするほど激しく燃え盛っていた。
冬子は人間相手に牽制のために炎の術を使うことはあったが、相手を燃やす尽くすほどの業火は基本的に異人相手にしか使わない。それを発動させているということは、彼女が冗談抜きでテイルを倒すと宣告しているに他ならない。
さらに、渡も姿勢を低くして、牙をのぞかせている。
「あんさんらが戦意喪失したんなら、わいらでやるしかないやろ。それに、あいつは私欲のために人さらいするような阿呆や。そいつを倒すのに躊躇なんか必要あらへん」
臨戦態勢にある冬子と渡に対し、テイルもまた尻尾を立てて両腕を広げた構えをとっている。
「まずはお前らが相手か。まあいい、一人ずつ潰していくのも一興だ」
「余裕こいとるようやけどな、せっかくの仲間を異の世界へと帰させたんなら、あんさんは唯一人で戦うことになるんや。数の原理ならこっちの方が有利や」
俺と聖奈は戦いを躊躇しているとはいえ、頭数だけならこちらは四人もいる。それに対して、相手はテイル一体。どちらが有利かは幼稚園児でも分かりそうなものだった。
しかし、テイルはそれで動じることはなかった。
「お前らが団体で攻めてくることは想定内だ。その対策を怠っていると思ったか」
テイルが指を鳴らすと、彼の両脇に白いもやが発生した。さきほどまで収まっていた例の悪寒が再発する。この悪寒を根拠にするまでもなく、テイルがやろうとしていることは明らかだ。
もやからあののっぺらぼうの顔が覗く。ただ、両者共その顔に異質な特徴がある。一方は額から伸びる巨大な角。もう一方は頬の辺りまで唇が達する巨大な口腔の持ち主。冬子や渡は初見だろうが、俺にとっては嫌でも記憶に残ってしまった相手だ。
異人上位種ホーンとヴォイス。俺が異の世界へ探索した時に襲撃してきたやつらである。テイルの手下として動いていたので、この局面で出現させたとしても不思議ではない。
「数の原理なら、これでこちらは三体でほぼ同等だ」
「同等ね。そんな木偶人形が増えたくらいじゃ時間稼ぎにしかならないわよ」
「せやな。一瞬で蹴散らしたる」
まさに一触即発の雰囲気が漂う中、俺は聖奈を支えるのに精いっぱいで腰を上げることができなかった。体力的な問題で不可能と言っているのではない。その気になれば、冬子たちの陣営に加わることができるはずなのに、なぜだか体が動かなかったのだ。
そして、それは聖奈も同じことだろう。テイルを直視しようとしても、寸前のところで顔を伏せてしまっている。そんな状態の彼女がまともに戦えるとは思えなかった。
「どうやら、お前ら以外の二人は腑抜けたみたいだな。それならそれで好都合だ。さっさと片付けてやる」
「ご託はそれくらいにしときなさい。渡、私たちだけで始末をつけるわよ」
「合点や」
先に動いたのは渡と冬子だ。渡はまともに会話ができなくなるレベルまで牙を出現させ、同時に俊足を発動。瞬く間にホーンの懐に入る。
冬子は右手に炎を出現させ、渡とは対照的にゆっくりと進行する。行き先はヴォイスだ。まずは手分けして上位種異人を排除しようという魂胆なのだろう。