第118話 もう一つの作戦
「正気を取り戻した私は、翼君たちについての情報を洩らすまいと必死でした。携帯電話から着信が幾度となくあったのは分かっていますが、それを利用すれば、翼君たちに連絡をとらされることは目に見えて明らかだったので、使いたくても使えない状態となっていました。
けれども、頑な口を閉ざす私に対し、テイルは、『このまま口を割らないなら、そこらの人間を片っ端に襲ってもいいんだぜ』などと脅迫してきました。それでも飽き足りないのか、ついには私に直接的に攻撃を振るってきたのです」
それを示すかのように、瞳の洋服は所々が破れ、生々しい傷跡が顕わになっている。
やがて瞳は目に涙を浮かべ、嗚咽混じりで吐露し始めた。
「尻尾で叩かれ続けるうちに、私自身も身の危険を感じ始めました。このままだんまりを続けていては冗談抜きで殺される。だから……」
それ以上を彼女の口から話させるのはさすがに酷である。攻撃を止めさせる代わりに、俺へと連絡した。おおよそ、そんなところだろう。
自分の身の可愛さのために、俺たちを売った。曲解すれば、瞳の行動はそのようにも捉えられる。だが、この局面で、そのことについて責めるのはとんだへそ曲がりというものだ。そもそも、諸悪の根源は、俺への復讐という一点のみのために、こんな大事を起こした異人最上位種。瞳の必死の白露を前にしても、悪びれることなく尻尾をちらつかしているテイルに他ならない。
「おしゃべりはこれくらいでいいだろう。そろそろ、当初の目的を果たさせてもらう」
「あんさん、余裕こいてますけどな、こっちは異人の協力者含めて六人もおるんや。数から言えば圧倒的に優位なのはわいらってことを忘れんといてーな」
「それはどうかな。実は、僕たちの目的は翼だけってわけじゃないんだよな」
思わせぶりにノウズは頭の後ろで手を組む。俺を誘い出すだけが目的じゃないって、どういうことだ。
そして、その答えはすぐさま露呈することになった。
「異人の気配」
冬子が叫び、ある一点へと顔を向ける。その先は、マスタッシュと百合の背後であった。彼らは異人ではあるが、今更気配もへったくれもないような……。
否。俺たちの視線が集まったのとほぼ同時に、彼らの背後にあのもやが出現した。そこから細い腕が伸ばされ、がっちりと百合の肩を掴んだのだ。
百合は必至に振りほどこうとするが、案外強く握られているのか、一向に手は離されない。
「油断したわね」
もやから不気味にほほ笑む女の顔が出現した。そいつの全身が顕わになるにつれ、俺と渡は声をあげた。
「お前は」
「ヘアーやと」
そう。その女の正体は、冬子からの罰ゲームでお使いに行った帰りに遭遇した、異人最上位種ヘアーだったのだ。
ヘアーへ挑みかかろうとするマスタッシュだったが、飛び跳ねるようにノウズが接近し、がっちりと顎鬚を握りしめた。
「小童、どういうつもりじゃ」
「これも僕たちの作戦のうちさ」
「むしろ、私たちにとってはこっちが主な目的だったりするのよね」
助けに入ろうとするが、それを遮るようにテイルの尻尾が伸ばされる。それが規制線の役割を果たしており、大きく迂回しないと百合たちのところにたどり着けない。だが、そんなことをしている間にも、二人はもやの中へと消えゆかんとしている。
「君たちは訳が分かっていないだろうから、教えとくよ。僕たちはテイルに協力するってのとは別に、主からこんな命令も受けてたんだよね。『翼に協力した異人であるブランクとマスタッシュを捕獲せよ』ってね」
「こいつらは主にその身を引き渡した後、処刑されるでしょうね。翼に協力し、異の世界でお尋ね者になっているとあれば、当然翼と接触して行動を共にしていると考えるのが筋。そもそも、私の場合は便宜上テイルに力を貸していただけであって、本当の目的はこいつらの捕縛なのよ」
「じゃあ、あの時に俺を探していたっていうのは」
「あんたを見つければ、その近くにブランクたちもいるって目算をつけていたからよ。まあ、あんたも一緒に捕まえられればめっけもんですけど、私はそこまで欲張りじゃないからね」
「そうそう。ミッションは確実に一つずつこなしていくのがベターってわけさ」
会話の間中百合とマスタッシュはもがき続けるが、その抵抗もむなしく、大部分がもやへと吸い込まれていっている。
「じゃあテイル。後の奴らの始末は任せたよ」
その言葉を最後に、二人はノウズやヘアーと一緒に異の世界へと幽閉されてしまったのだ。