第117話 異人最上位種「鼻~ノウズ~」
「やっぱり、君も異人の力の持ち主だったね。それも、『瞳』か。別に戦闘向きの能力でも構わなかったけど、その能力だったらますます問題ないや」
「そうやって調子に乗っていると痛い目に遭いますよ。悪い子は、お尻ぺんぺんでもしてお仕置きしないといけませんね」
「うわー怖い。でも、君ごときにお仕置きされるほど、僕は落ちぶれていないよ。それに、君と遊ぶ前に訊いておかなきゃいけないことがあるからさ」
そして、ノウズは意外なことを訊ねてきました。
「君ってさ、翼っていう異人の能力をもつ人間を知らないかな」
翼君ですって。どうしてこの少年が彼のことを。目を丸くしていると「もしかして図星」とノウズはますます迫ってきます。
「君が知っているかどうかは分からないけどさ、ちょっと前に僕たちの世界に勝手に踏み込んできて、上位種異人を倒して逃げ帰った人間がいたんだよね。しかも、それに異人が協力したっていうから主はお冠でさ。どんな手段を使ってでもその人間、翼を始末しろってお達しが来たのさ。まあ、それを命じられたのはテイルってやつで、僕はそいつの手助けをしているだけさ」
その話から察するに、翼君が異の世界に冬子さんの病の特効薬を採りに行った時のことを言っているのでしょう。その時の協力者、百合やマスタッシュのことも触れられていましたし、十中八九間違いありません。
「その様子だと、翼のことを知っているって思っていいんだよね。ならば話が早いや。君には僕たちの計画に協力してもらうよ」
ノウズは私に掴みかかろうと飛びかかってきます。とっさのところで我に返った私は、再び能力を発動し、彼の軌道から身を逸らします。動体視力を強化していれば、単純な殴り合いではそう易々と攻撃をくらうことはありません。実際、ノウズの攻撃は単純なパンチやキックばかりでしたし。
このまま相手の根負けを狙って、少しお仕置きした後逃げましょう。そして、一刻も早く翼君たちにこのことを伝えなくては。おそらく、異人たちはいかなる手段を使っても翼君たちを追いつめようと攻めてくるでしょうから。
しかし、少し気が緩んだ隙に、ノウズはあまりにも予想外の攻撃を繰り出してきました。
「日本で一番高い建物って、東京タワーだって」
大声で間違いを言ってどうするんですか。東京タワーって、明らかにスカイツリーより低いですし。ビルだったらあべのハルカスが一位ですけど。
しかし、そんなクイズに躍起になっている場合ではありませんでした。なにせ、あの一言は彼の隠し技を発動するための契機に過ぎなかったのですから。
ノウズが嘘っぱちを叫んだ途端、鼻が急激に伸びてきて、私のわき腹を貫きました。カーディガンが切り裂かれ、かすり傷が生じます。そんな、こんな攻撃を使ってくるなんて。
「僕がパンチとかしかできないなんて思った? ちゃんと説明したじゃん、嘘をつくと鼻が伸びるって」
そうですけど、それを武器にするなんて誰も予想しませんよ。
これで完全に調子を崩され、伸び縮みする鼻によって、私は着実に傷を負わされていきます。そして、ついには地面に伏すこととなりました。
「あ~あ、もうおしまいか。もっと楽しみたかったけどな。でも、ここで倒したら意味がないか。ねえ、そうでしょ、テイル。そろそろ出てきなよ」
それを合図にもやが生じ、もう一体別の異人が姿を現しました。今度は大学生くらいの男です。異人の気配を隠匿することなく、ゆっくりと私の方に歩み寄ってきます。彼の腰辺りからは、細長い器官、尻尾としか形容できないものが生えていました。
「なんだこの女は。俺は翼という男を連れて来いって言ったはずだが」
「でもさ、このお姉ちゃんの臭いの中に、前に嗅がせてもらった翼ってやつの臭いがわずかに混じってるよ。もしかしたら、関係あるかもしれないじゃん」
「お前の嗅覚の強さは認めよう。あいつと戦った俺やホーンの臭いを嗅いで、わずかに付着していた共通の人間の臭いを判別してしまうのだからな。そのお前が、こいつから同じ臭いがすると主張しているのだ。全く関係がないとは言い切れないだろう。
まあ、もしはずれだとしても、人間を手駒に取るのは案外有効な手段かもしれない。こいつを餌にしておけば、俺たちに仇なす人間どもは何らかの行動をとるだろう」
不吉すぎる算段を聞いてしまいましたし、このノウズの能力にも驚かされるばかりです。翼君と別れたのは十日以上前。そこから毎日体を洗ってきたはずなのに、それでもなお彼の臭いをかぎ分けてしまうなんて。
とにかく、敵の能力に感心している場合ではありません。新しく現れた異人は、いかにも攻撃的な能力を持っています。ただでさえ二対一なのですから、ここでまともに戦っては勝ち目などありません。私はすぐさま逃亡の体勢に入ります。
「おっと、逃がすかよ」
しかし、すぐさま足を尻尾によって絡めとられました。私は転倒し、そのまま引きずり寄せられます。
テイルの足もとに強制的に連れてこられた私は、そのまま胸倉をつかまれました。
「翼ってやつのことを知っているなら、さっさと話した方が身のためだ。どうしても口を割らないというのなら、多少痛い目に遭ってもらうしかないがな」
「お姉ちゃん、さっさと翼ってやつのことを話してよ。そうしたら用済みになるから、僕と目いっぱい遊べるじゃんか」
無邪気に言い寄られますが、単純に子供の遊びに付き合わされるとは到底思えません。それ以前に、このテイルという異人が穏便に事を済ますという保証もありませんし。
けれども、そう簡単に口を割るわけにもいきません。ここで私から翼君たちについての情報を得てしまったら、彼らはどんな攻撃に出るか。私は固く口を閉ざしてそっぽを向きます。
「テイル、この女、すんなりと教えるつもりはなさそうだよ」
「まあ、そう簡単に情報が手に入るとは思ってはいない。じっくりいたぶって情報を聞き出すまでだ。そのためにはここだと分が悪いな」
「大丈夫だよ。ちゃんと、とっておきの場所は見つけておいたのさ。人間で言うなら立てこもりのための場所ってところかな。ねえ、ここまでやったんだから、そこに着いたら例の約束をちゃんと守ってよ」
「まあ、いいだろう。では、さっさと行くぞ」
そして、次の瞬間、後頭部に激しい痛みを感じ、私は気を失いました。おそらく、テイルが尻尾による一撃を加えたのでしょう。
そこから先はしばらく記憶が飛んでしまいましたが、気が付いた時には、この工場の中にいたのです。