第114話 誘拐犯の正体
「瞳からの着信だ」
ここにきて、誘拐されている当人から直接連絡が入るとは。それも、まさかの俺宛てだ。一同が固唾をのんで見守る中、俺は通話ボタンを押す。
「もしもし、瞳か」
「翼君」
この声は間違いなく瞳だ。逸る気持ちを抑えきれず、俺は一瞬受話器から顔を離し「瞳からに間違いない」と報告する。それにより、皆は一層俺へと近寄ってくることになる。
「瞳、大丈夫なのか」
「大丈夫……とは言い切れないかもしれません。本来なら連絡することなく危機を脱したかったのですが、やはり私だけの力じゃどうにもできないみたいですし」
「連絡することなくって、何言ってるんだよ。みんな心配してるんだぞ」
つい声を荒げてしまうと、電話口からしゅんとした口調で返答される。
「本当にごめんなさい。でも、翼君たちに連絡するということは、この事件の主犯格の目的を達成させてしまうことになるのです」
「俺に連絡することが犯人の目的。一体犯人は何者なんだ。そもそも、今どういう状況に置かれてるんだ」
核心をつく質問を投げかけてみる。俺が目的という時点で、薄々危惧していた可能性がかなり現実味を帯びてきている。そして、瞳からの返答はそれを加速させてしまうのだった。
「単刀直入に言うと、犯人は異人の最上位種です。どうやら、翼君を倒すのが目的みたいで、私はそのための手駒だと言われました」
最悪の可能性が実現してしまった。それに、俺を倒すと公言しているため、具体的な犯人も絞り込める。
「今の今までロープで拘束されていて身動きが取れませんでした。ついさっき、翼君たちへ連絡すると約束して、どうにか通話できる状態まで解放されたところです」
「それで、今どこにいるか分かるか」
「詳しい地名は分かりませんが、古びた工場の中です。多分、牧野台の中だと思うのですが……」
そこまで言いかけたところで、突然通話が途切れた。こんな時に電波の不調か。いや、未だに通話状態になっている。
「もしもし、もしもし」
相手側に俺の声は通じているはずなのに返事はない。どうした。何が起きている。
「よう、翼か」
いきなり声音が変化した。瞳の声でないというのはすぐに分かった。そもそも性転換しているからだ。
それに、この声にも聞き覚えがあった。こんな暴挙をしでかした犯人。俺に因縁をつけて狙ってくる異人は二体ぐらい思い浮かぶが、そのうちの一体に間違いなかった。
「お前は、テイルか」
「ご名答。ようやく出会えて嬉しいぜ」
テイルという単語を発するや、聖奈が俺へと急接近する。俺は携帯電話の角度を変え、彼女に少しでも通話内容が聞こえるようにする。
「瞳は無事なんだろうな」
「ここにいる女か。今のところはな。この女は、お前をおびき寄せるための餌に使うだけだ。まあ、お前を倒したら、ついでに始末してもいいんだぜ。もっとも、俺たちに協力するのなら話は別だが、どうせそんな意思はないだろ」
いくら瞳が異人との共存を望んでいるとはいえ、異の主の意向に賛同するとは思えない。彼女を助けるためにも、しばらくはテイルの話に合わせよう。
「瞳を解放しろって言って素直には従わないよな」
「分かってるじゃねえか。こいつを返してほしければ、俺の言うとおりに行動してもらう。人間ならば金を要求するらしいが、別に俺はそんなのは望んじゃいない。ただ、指定する場所に来るだけでいい。
援軍を呼ぶのは勝手だが、無意味だと思うぞ。主に刃向う愚か者どもをまとめて倒したとあれば、俺の株は急上昇だ。どうせなら、一気にかかってくるといい」
普通なら俺一人を呼び寄せるところだが、大した自信だ。それに、テイルと対峙したから分かるが、これは決して大言壮語ではない。やつは俺を追跡するときに複数の上位種異人をけしかけてきた。今回も伏兵が潜んでいると考える方が妥当だ。
「俺の居場所は、以前セパレートが倒された場所だ。そっちに翼だけじゃなくてブランクやマスタッシュもいるというのは大方予想がついている。具体的な場所はそいつらにも確かめるといいだろう」
確認するまでもなく、セパレートを倒した場所ならきちんと記憶している。所長にこのことを報告すると、さっそくパソコンを操作し始めた。
「これで尻尾を抱えて逃げ出すとは思わんが、万が一戦いを放棄するのなら、この女はどうなるか分かるよな。賢明な判断をするのを願ってるぜ」
そこで一方的に通話を切られた。いくら呼びかけても空しい電子音が返されるだけだ。
「やはりビンゴでしたよ、翼君」
所長のパソコンには、とある地点を拡大した地図が表示されている。それは、瞳の携帯のGPSを捉えた時と大差なかった。
「セパレートというと、あの風船異人でしょ。そいつを倒した場所といえば、牧野台外れの廃工場」
「あんなところにまた現れるなんてもの好きなやつらやな」
冬子が指摘した通り、地図上の矢印は、かつて百体近くに分裂した異人と総力戦を繰り広げたあの廃工場を示していたのだ。
「居場所は特定できたのですが、あそこまで行くとなると車を使った方がいいですね。ただ、今日はボブさんが私用で車を出せないみたいなので、僕の軽自動車で行くしかありませんが、ここにいる全員を乗せられるかどうか」
「それなら問題はない。わしらは異の世界を経由すれば、その工場へ一瞬で行くことができる。ほんのわずか滞在するだけじゃから、あっちの世界に戻ったとしても支障はないじゃろ」
「こういう時、異の世界へ渡る術を使えると便利ですよね」
「でも、油断すると変なところに飛ばされるから過信できない」
ともあれ、一旦マスタッシュと百合とはお別れし、俺たちは所長の運転する車で問題の工場へと向かうこととなった。