第107話 おっぱいマッサージ
「何やってんだよ」
つい叫びながらドアを勢いよく全開にしてしまった。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で聖奈と冬子が静止する。聖奈の右手はすっぽりと冬子の胸に覆いかぶさっていた。手のひらで包めるというのが悲しいところだが、問題はそこじゃない。
昼間から堂々とセクハラするなんてどんな神経しているんだ。しかも、女同士で。
「あんたこそ、ノックもしないでいきなり入ってくるんじゃないわよ」
胸の前で両手をクロスさせながら冬子が睨む。
「いや、ドアから変な声が聞こえてきたから、不審に思ったんだよ」
「不審に、ね。別に私たちはやましいことはしていないわよ」
聖奈は白を切る。そう言いながらも冬子の胸をまさぐろうと右手をうずうずさせていますよね。
息せいている俺に、聖奈は一冊の雑誌を投げてよこした。女性週刊誌か。俺には縁がなさそうなものだが、そこの中ほどのページの端が折り曲げられていた。そこを開くと、こんな特集記事が掲載されていた。
これであなたもバストアップ! 巷で話題のおっぱいマッサージ
「お、おっぱいマッサージ?」
「私たちの間で流行してるんだけど知らない。胸に刺激を与えるように激しく揉むとバストアップになるんだってさ。冬子にこのこと話したら試してほしいっていうからやっていただけさ」
つまり、今まで胸のマッサージをしていただけ。それでも、昼間から激しく胸を揉むって、限りなくブラックに近いグレーなんじゃ。
別にやましいことを考えていたわけではなさそうなので、俺は壁にもたれかかって深く息を吐く。しかし、安堵するのは早計だった。
「っていうか、あんたどうやって私たちがこんなことをしているって分かったのよ」
冬子に詰問され、言葉に詰まる。勢いよく扉を開けてしまった時点で墓穴を掘ってしまっている。
「えっと、変な声がしたから、ついツッコミを入れてしまって」
「いや、私たちがいかがわしいことをしていると認識したうえでツッコミを入れたように思えるぞ」
女性陣二人に囲まれ、俺は腰を落とす。ごまかそうにもごまかせないようだ。これは、素直に自白した方が身のためかな。取り繕ってあらぬ疑惑を抱かれても厄介だし。
「実は、瞳の能力を試してみたんだ。動体視力強化と千里眼ができるのなら、透視だってできるんじゃないかなって思ってさ。それで、すんなり成功して、見えてきたのがあの光景だったってわけ」
とどめに額の瞳を顕わにすると、二人とも顔を見合わせて頷いた。よかった、どうやら納得してくれたようだ。
「ひょっとしてあんた。透視ができるからって、私たちの下着を覗いているんじゃないでしょうね」
「アホか。そんなことしてねえよ」
やろうと思えばできるけどさ。あたかも全裸でいるときみたいに、二人は大事なところを両手で隠している。鬼の形相で迫ってきているので、俺はすかさず湿布を出して額の瞳を封印した。
「これで瞳の能力は使うことができない。よって、透視することもない。まだ不満か」
「うまいこと取り繕ったわね。でも、私の痴態を目撃した罰はきちんと払ってもらおうかしら」
そっちはまだ許してもらえないのか。教訓。冬子を前にして邪ないたずらはしないようにしよう。
「お、みんな揃ってどないしたんや」
面倒くさいときに面倒くさいやつが訪問してきてしまった。
「渡か。どうしたんだ」
「暇つぶしに遊びに来たった。所長はんはおらんのか」
「所長なら、探偵の仕事で外出中よ」
姿が見えないからどうしたかと思ったけど、ちゃんと仕事していたんだ。だからって、この事務所、完全にプライベートルームと化していませんか。
「それよか、あんさんら何やっとんねん。翼はんを囲んでかごめかごめか」
そんな幼稚な遊びはやっていない。
「翼が下着を覗こうとしたからお仕置きしようとしていたところよ」
「待て。それ明らかに冤罪だから」
未遂以前に試そうともしていないからな。
「翼はん、冬子はんの下着覗こうなんて、いい度胸やないか」
渡はゆっくりとマスクに手をかける。だから、冤罪だってば。
そうかと思えば、つかつかと俺のそばまで歩み寄り、片膝をついた。
「それで、何色だった」
「見てねえから分かるわけないだろ」
正確には数か月前に見たことあります。いや、なんてこと訊いてくるんだ、こいつ。
「冬子、渡にもお仕置きが必要みたいね」
「そうね、聖奈。さて、何してもらおうかしら」
ドSコンビが嬉しそうに俺たちを見下している。とりあえず土下座して謝って見るが無意味だった。冬子の前でいたずらなんて仕掛けるんじゃなかった。