第106話 透視
それから更に時は流れ、ニート生活を満喫していた夏休みも終わりを告げようとしていた。ここ最近は、夏期補習といううざい行事のために、学校へ召集される始末だ。
ただ、前半の補習と比べて大きく変化があったとすれば、冬子がきちんと登校していることだ。絶対零水の効果はてきめんだったらしく、一週間足らずで快方へと至ったらしい。
「よう、ニート。夏休みはどうだったよ」
「篠原か。いきなりニートなんて失礼だな」
冬子の方に気を取られていると、いきなり篠原に話しかけられた。
「帰宅部の高校生なんて、ニートと同じようなもんだろ。まさか、勉強ばかりしてたんじゃないだろうな」
「俺がそんなに真面目に見えるか」
「見えないな。じゃあ、ニートだ」
異人の計画を阻止するという密かな奉仕活動はしていましたがね。共存を唱えるとはいっても、明確な敵意を抱いて侵攻してくる異人を放置しておくわけにはいかない。ただ、前は遠慮なく倒していたけれども、今は懲らしめて、自ら異の世界に泣き寝入りしてもらうように力加減している。少し前に百合から聞いた話だと、下位の異人は仲間を増やすことを最優先に行動しているため、勝てそうにない相手に無理に刃向うことはないそうだ。瞳も、この習性を利用して、うまく追っ払っているという。
「ところで、また変な噂があるって知っているか」
おいおい、今度はなんだよ。未だに篠原の間では、俺は天使扱いされているみたいだし、今度はどんな尾ひれをつけられるのやら。
「分倍河原で謎の暴走車が現れたらしいぞ」
篠原の話によると、分倍河原の廃屋の地下駐車場で、謎の走行音が響いていたらしい。しかも、それからしばらくして、市内を猛スピードで疾走する車が目撃されたそうだ。
おそらく、その正体は俺とボブだろう。前半の地下駐車場の走行音は、俺が全力で渡を抱えて飛び回っていた時に生じたもの。後半は、特に解説する必要はあるまい。そのまんま、道路交通法無視で爆走するボブさんの自家用車だ。
「地下駐車場でドリフト走行した挙句、市内を激走するって、もしかしたら妖怪朧車のせいじゃないか」
「朧車って、また妙なのが出てきたな」
「いや、あり得ないとも限らないぞ。最近は、なんでも妖怪のせいにするらしいし」
それは今どきの小学生の話だろう。異人もやっていることは妖怪と大差ないとは思うけど。
「さて、俺はそろそろ部活に行くぜ。お前も、ニート生活頑張れよ」
ニート生活のどこに頑張る要素があるのだろうか。篠原を見送った後、冬子の席に視線を移すと、すでにもぬけの殻になっていた。少しばかり与太話しようかと思ったが、相変わらず行動が早い。
このまま帰っても暇なので、俺は探偵事務所に寄り道することにした。だが、その矢先、担任の先生に呼び止められた。
「東雲、ちょうどいいところにいたな。お前、部活もなくて暇だろうから、ちょっと資料を運ぶのを手伝ってくれないか」
両手いっぱいにプリントの束を抱え立ち往生している。帰宅部が暇人だという風潮はどうにかできませんかね。
職員室まで寄り道していたのが災いして、当初乗ろうと思っていた電車を逃してしまった。冬子が終業と同時に帰ったと仮定すると、その二本後の列車で後を追うことになる。冬子より先に事務所にたどり着いても仕方ないから構わないけど。
もはやおなじみとなった道をたどり、事務所に到着する。予想した通り、冬子はすでに帰宅済みのようだ。ドアの向こうから声がする。しかも、もう一人別の人物もいるようだ。これは、聖奈かな。
ドアノブに手をかけると、嫌が上でもこの中で繰り広げられている物音が耳に届くことになる。
「どうだ、冬子。気持ちいいか」
「あ、ああ、そこぉ。う、うぅん、あはぁん」
えっと、この卑猥な声はどうしたことでしょう。そもそも、中に所長はいるのか。中年男が女子高生相手に……というのはあまり考えたくない。
いや、そもそも、会話しているのは冬子と聖奈のようだ。女二人で、まさかね。
「よし、もっと激しくいくぞ」
「ああ、あふん、いくぅ」
すみません。ここって十八歳未満は立ち入り禁止な風俗店じゃありませんよね。とりあえず、ノックしようと思い、ふとその手を止めた。
このシチュエーション、どこかで見覚えがある。記憶を探っていったところ、ぶちあたったのは、暇つぶしにこっそり夜更かしして見た深夜アニメだった。
登場人物の九割が美少女のちょいエロゆるふわ日常系アニメで、主人公の友達同士が、ドアの向こうで嬌声をあげている場面があった。それで、主人公がツッコミながらドアを開けると、ただ耳掃除をしていただけ。
多分、こんな思わせぶりな声を発しておいて、やっていることは大したことないんじゃないかな。うん、そうだ。聖奈さんは、普段淫乱そうな格好しているけれど、根はしっかりした人だからな。真昼間からいかがわしいことはしていないはずだ。無論、女同士でなんて。
でも、一応確認しておいた方がいいかな。俺は、そっと額に貼りつけてある湿布を剥がす。途端に、額がむずがゆくなって、そこから第三の眼が出現する。言わずもがな、少し前に瞳から細胞注射してもらい、新たに手に入れた能力だ。
動体視力の向上と、千里眼能力は確認しているが、もしかしたらと思って試していない能力があった。それは、透視。
視力に関するあらゆる能力が向上し、それに付随する超能力が使えるとしたら、当然透視能力も使えるということになる。よく、エスパーを題材にした番組で、裏にしたままのトランプの絵柄を当てるということをやっているが、この能力を使えばそういうこともできるかもしれない。
今まで透視なんか使う機会がなかったから試していなかったけれど、この際だからやってみようか。失敗したところでリスクはないし。
俺は、閉ざされたドアを凝視する。千里眼は、とにかく遠くの景色を捉えようと意識していれば発動できた。それの応用で、この分厚いドアを見透かすようイメージする。このドアは透明だ。だから、中が丸見えになっている。
すると、木製のドアが次第に消えていく。もちろん、実際にそんな不可解現象が発生しているだけでなく、そんな風に見えているというだけの話だ。それに伴い、事務所内部の様子もはっきりと認識できるようになる。もしかしてと試してみたけれど、すんなりと成功させてしまったな。
さて、一体どんなことをしていたのやら。俺の眼に飛び込んできたのは。
冬子の胸を一心不乱に揉む聖奈だった。