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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第3部 凶暴~バーサーク~ 第1章 聖奈の過去と共存論争
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第102話 異人上位種「尻尾~テイル~」

 尻尾を生やしたマネキン人形の化け物はじわりと這い寄ってくる。

「くそ、こっちに来るんじゃねえ」

 孝は倒されたゴミ箱を抱え上げ、やつへと投げつける。しかし、到達する寸前に薙ぎ払われ、その勢いでゴミ箱はへこんでしまった。プラスチック製のごみ箱をへこませるって、とんでもない腕力してるじゃない。

 即座に勝ち目はないと判断した私たちは、一目散に逃亡を図ろうとした。だが、それより早く化け物は孝の足を掴む。孝は喚くが、尻尾で頭を殴打され、昏倒してしまう。私はがむしゃらに化け物に突っ込んでいくが、尻尾で上半身を束縛された。


 化け物は気を失っている孝へ迫ると、唇があるはずの部位を変化させた。注射針のようになったそれを孝へと突き刺す。

「このバカ。さっさと放しなさい」

 全身を痙攣させて絶叫している孝を前に、私は必死でもがく。けれども、この尻尾は一向にほどけそうにない。こんなはしたないことはできればやりたくないけど、四の五の言っている場合ではない。私は身をよじり、やつの尻尾に噛みついた。

 これはさすがに効果があったのか、一気に尻尾が退散していく。解放された私は真っ先に孝の方へ駆け寄り、彼の体をゆする。気を失っているのか、反応がない。


 化け物を野放しにはしておけない。私は携帯電話を取り出そうとする。しかし、それより早くやつの尻尾が首に絡みついてきた。そのまま持ち上げられ、のっぺらぼうの顔面と真正面から対面する。やつは注射針をゆっくりと近づけてくる。もはや、私に為すすべはなかった。


 額に注射針を打たれ、空中で解放された私は、尻を強打する。そこからすぐに全身に痛みが広がったので、尻をさするどころではなかった。

 意識が朦朧としてくる中、化け物が指を鳴らすのが確認できた。すると、ゆっくりともやが発生する。やつは完全に気絶している孝を引きずるようにして、もやの中に突入しようとしている。あのもやの正体は分からないけど、あの中に入ったらいけないぐらいは容易に想像できる。ダメだ、孝、起きて。

 叫ぼうとしても、痛みをこらえるのに精いっぱいで声が出ない。無論、体を起こすことさえままならなかった。やめて。彼を連れていかないで。


 必死に願ったものの、それが叶えられることはなかった。孝の体は完全にもやの中に消え、化け物は半身をのぞかせるのみ。心なしか、もやが小さくなっていく。嫌だ。孝、返事をして。戻ってきてよ。誰か、誰かいないの。私は声にならない叫びをあげつづける。


 やがて、もやが完全に消滅する。諦めかけたその時だった。彼方から炎の玉が投げつけられた。いや、炎の玉。幻覚でも見てるのか。そんな魔法めいたものが飛んでくるなんて。

「少し遅かったわね。でも、あんただけは始末させてもらう」

 ほぞを噛みながら、物騒なことを口にする少女。中学生、下手したら小学生か。とにかく小柄ではあるが、私はある一点に目を奪われていた。

 紅と蒼。左右で異なる瞳。いわゆるオッドアイというやつだが、実物を目の当たりにするのは初めてだった。吸い込まれそうな輝きを放つ瞳をしたその少女は、左手を掲げる。すると、夏だというのに寒気がしてきた。体調不良による悪寒というよりは、いきなり冷蔵庫の中に放り出されたみたいだ。

「炎で反応しないなら、氷を試せばいいじゃない」

 大気が凝縮して氷の玉が生み出される。少女は振りかぶると、一直線にそれを化け物へと投げつけた。もやから半身だけをのぞかせていた化け物にそれは命中し、化け物は不快な声を発しながら再度全身を顕わにした。


 化け物は少女を威嚇するものの、急に方向転換すると、私へと向かってきた。ちょっと、こっちに来るなんて聞いてないわよ。

「その人も異の世界に幽閉しようって魂胆みたいだけど、そうはさせないわよ」

 およそ人間とは思えない速度で、少女は一気に化け物との距離を詰める。圧倒されている化け物の懐にもぐりこみ、胸に両手を押し当てる。

「一気に決めるから耳を塞いで」

 まくしたてられ、素直に私は両手で耳を塞ぐ。年下に指図されるのは癪だったけど、次の瞬間、そうは言っていられなくなった。


 夜の街に響いた爆発音。それは、この少女が巻き起こしたものだった。後から聞かされた話では、炎や氷を発生させる際に大気に干渉するエネルギーを直接ぶつけたそうだ。この直撃で無事で済まされるはずもなく、あの化け物は爆砕された。

「とりあえず、私は助かったのか」

「そうみたいね」

「そうだ、孝」

 あのもやがあった方を振り返る。しかし、そこは整然と続く街道があるばかりだった。嘘でしょ。ここに、白いもやがあったはず。パントマイムをやるかのように空をまさぐるが、一切の感触がない。あの化け物が霧状になって一気に消え失せたと同時に、あのもやも閉ざされてしまったようだ。

「ねえ、孝は。私と一緒にいた男が、あのもやに」

 当惑して支離滅裂に問いかける。すると、少女は首を振ってうつむいた。

「一歩遅かった。おそらく、異の世界という別世界に連れ去らわれた後みたい」

「連れ去らわれたって、どういうことよ。孝は無事なんでしょうね」

「あそこに幽閉されてどうなるかは私もよく分からない。けれども、こっちの世界に帰還できる可能性はほとんどゼロでしょうね」

「嘘……でしょ」

 崩れ落ち、四つん這いになる。瞼から溢れ出る涙を抑えることができなかった。夜の街道で、私はただ慟哭するのみであった。

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