第100話 デートのお誘い
それから私と孝はサークルに参加するたび、決まってペアで手合せすることになった。お気楽サークルだから、私たちの実力に拮抗する人がいないってのが一番の理由だったかもしれない。部長でさえ「お前たちには敵わない」ってさじを投げてるんだもの。
そんな調子だから、孝と意気投合するのに、さほど時間はかからなかった。新しいラケットを選びに二人で出かけた時なんか、江里菜から「さっそくデートなんて手回し早いんだから」って茶化されたぐらいだ。それはいくらなんでも気が早いわよ。
孝の方もぶっきらぼうな口調ではあるものの、私と出かけるのはまんざらでもないみたいだった。「練習後の栄養補給だ」とか言って、よく二人でラーメンを食べに行ったりしたものだ。テニスやってなかったら、今より太っていたかもしれないな。
サークルに入ってから数か月。待ちに待った夏休みがやってきた。大学の長期休暇は特に課題がないうえに、とにかく長いのが特徴だ。その頃、サークル以外にバイトとかもやっていなかった私は、当然毎日が暇になる。ここで自学自習しようなんて真面目な学生は、おそらく希少人種だ。私も、それをするぐらいなら、バイトでもしようかと情報誌と睨めっこしていたし。
週に二、三回の練習の終わり。私は唐突に孝から声をかけられた。
「聖奈、今度の日曜日って暇か」
「日曜日ね。練習もないし、暇と言えば暇だな」
「そうか」
特に口調を変えることもなく、孝はおもむろにポケットをまさぐった。そして取り出したるは二枚のチケット。おいおい、ベタすぎるだろ。逆に、私の方が胸が高鳴った。
「親父の友人が、ムッキーパークの株主優待でチケット手に入れたらしくてさ。家族で行く予定だったけど、娘さんに急な都合ができたとかなんかで、結局チケットが無駄になりそうなんだと。それで、親父経由で俺が譲り受けることになったはいいが、男友達であそこに行くのはどうもなって思ってさ」
「ま、まあ、あそこは男同士で行くようなところじゃないからな」
ムッキーランドは、最近千木の辺りにできたテーマパークだ。メインキャラクターで、クモを可愛くデフォルメしたムッキー・スパイダーが爆発的な人気となり、全国から観客が殺到しているらしい。出てくるマスコットがみんな昆虫モチーフなのだが、それがキモ可愛いと評価されているようだ。
パーク全体がファンタジックな森という設定になっており、そこをアトラクションに乗りながら探索していくことから、どちらかというと女性の人気が高い。男があそこで楽しめるのは、「ガラガラ・スネークの絶叫コースター」ぐらいじゃないかな。
「それで、もしよかったら、どうだ」
何の気なしに、チケットを差し出してくる。私は汗だくになっている手をユニフォームのすそでぬぐい、口を震わせる。
「ど、どうだって、それって、まさか、で、デートじゃないよな」
「そ、そうなるか」
孝の手もこわばりだした。おいおい、そんなつもりもなく、私にチケットを渡そうとしたのかい。
動揺を隠すように咳払いすると、改めてチケットを広げた。
「まあ、どうせ、お前も暇だろ。テニスばっかやってないで、気分転換でもどうだ」
「テニスばっかやってるのは、あんたも同じでしょ」
憎まれ口を叩いてみたものの、素直にチケットを受け取る。すでによれよれになっているけど、このぐらいは大目に見よう。
「そ、それで、さっそくなんだが、今度の日曜日って空いてるか」
「おいおい、急だな。空いてるわよ」
「じゃあ、行ってみようぜ。うん、そうしよう」
半ば強引にムッキーランド行きが決定した。暇ってのは確かだし、私もまんざらでもなかった。むしろ、心臓が高鳴ってどうしようもない。
それから日曜日の間にもう一度練習があったけど、その日は本調子を出すことができず、凡ミスばかりしていた。孝から「しっかりしてくれ」と叱咤されたけど、あんたも二度ぐらい場外ホームランやらかしたわよね。
そして、いよいよ日曜日。千木駅で待ち合わせした私たちは、ムッキーランド行きのモノレールに乗り込む。このモノレールは千木市内を横断し、市民の足として開発されたみたいだが、もっぱらムッキーランドへ行く手段として認知されている。やけになって、ムッキーのペイントを施した車両を造ったなんて話もあるくらいだ。
さすがに夏休みの休日だけあり、園内は来客でごった返していた。亜熱帯のジャングルをイメージした内装になっており、無駄に木々が生い茂っている。夏の暑さがその雰囲気を後押ししているけど、真冬にここに来たら場違い感が半端ないだろうな。それでも、一年通して来園者数を一定に維持しているっていうのは感服に値する。
「さて、どこから見て回る」
「まずは、ガラガラ・スネークだろ」
「いきなり絶叫系に行くなんて、お前らしいな」
男っぽいって皮肉かい。悪いけど、チンタラとコーヒーカップとかに乗っているのは性に合わないんだ。