必然でありますように(企画サークル名「Bash!」)
物事はいつでも突然だ。
けど、そこに到達するまでの道のりを思い返せば、突然ではなく必然かもしれない。
運命って言葉は嫌いだけど、必然っていう言葉にすれば、何故かすっと染み込むように受け入れられる。
何故かと問われれば、それはきっとあたしが作ってきた「道」がちゃんとあってこその「必然」だからだと思う。
きっかけは、とあるゲーム。
ゲーマーなあたしは、前々から色んなゲームに手を出してはやめる、を繰り返していた。
そんな時ふと目に留まったネットゲームの広告。
ふぅん、無料でゲームできるんだ。それならゲーム代節約になるなぁと、パソコンにいそいそとそのゲームをインストールした。
それに、このゲーム。ちょっと聞いたことある。
「声にときめくRPG」
ちょっと胡散臭いし、バカバカしいとも思う。
そしてこんなキャッチコピー考えた奴を張り倒したい。
でもやってみようと思ったら興味が出てしまい、そのキャッチコピーは置き去りにして、調べてみることに。だって、パソコンでするゲームなんて初めてだし。
すると、よくはわからないけど、そのゲームはボイスチャットの機能付きなところが珍しいらしく、やってる人は多いみたい。それにボイスチャットと言っても、プロの声優さんが当ててる男女のボイスを選択して好きな声を使って話せるらしく、プレイヤーの実際の性別が男女どちらかわからない為に、出会いを求める人も普通のゲームよりは少ないらしい。
へぇ、そうなんだ。とよくわからないままに起動。
そしてあたしは「彼」に出会った。
自分のアバターと呼ばれるキャラクターの選択。髪型とか瞳とか色々いじっては遊ぶ。
それだけでも充分面白い。普通のゲームは、もう自分のキャラなんて決まってるモンだしね。
数日かけて色々と試行錯誤して、いざ使用するボイスの選択。
その中に、どうしてもときめいてしまう声がひとつ、あった。
低音で囁くような語り口。なぁ? と同意を求め、軽く笑う声。
俺に勝てると思ってンの? と大胆不敵に彼は言う。
サンプルボイスなのに、脈拍は急上昇。
正直、セリフはチャラいと思う。
でもその声が発する色気に、あたしはたちまち虜になった。
でも流石に、この色気を纏わせて話す事なんて出来やしない。
それに、男性の声だし、あたしには使えない。
ならば、ゲーム中の誰かが使ってる声を聞けばいいんじゃないの? と、脳内で悪魔の囁き。
その悪魔の手を、あたしは取った。
その日から、まずは強くなることを徹底的に学んだ。
このゲームは、PKと呼ばれるプレイヤー同士で殺しあう行為が日常茶飯事らしい。それに負けて去っていく人も少なくないと、攻略サイトには書いてあった。
だから、強くならなければいけない。
いつか「彼」と出会うその日まで、生き残っていられるように。
その時に、「彼」の重荷にならないように。
そうして何年経っただろう。
気付けばベテランプレイヤーの仲間入りで、攻略サイトにも名前がかかれるようになった。
でも、まだ出会えていない。
彼の声を使う人は何人か会った事があるが、初めて聴いた時のようなときめきは、誰からも感じなかった。
その間、ネットでも彼の声を出してる声優さんを探してみた。
まだ駆け出しの声優さんなのかもしれない。やっているお仕事はこれ一本のみ。
もう声優というお仕事をやめてしまったのかも……。
それは余りに残念なお知らせだった。
「ねぇ、ウォンはどうして強くなろうと思ったの? 」
今日も今日とてゲームを起動し、狩りに行こうと思ったら、駆け出しからの相棒であるシウが話しかけてきた。
ウォンとは、ゲーム内のあたしの名前である。勿論本名ではない。
長身で細身、サラサラと流れる長い銀髪。釣りあがった綺麗な赤色の瞳が、じっとあたしのキャラを見ている。
これで彼や低音の声ならカッコイイと思うのだが、シウはどちらかといえば幼い声の男性ボイスを使うキャラだ。アバターのイケメン具合が勿体無いとは、ゲーム内の友達である実夕のセリフ。心底同意である。
「また聞くー? 何度も話してるでしょ。会いたい人にいつかは出会えると思うから」
淡々と答えながら、狩りの準備をしてる風を装う。
いつも聞かれるたび、どきっとする質問だが、それは悟られてはいけない。
バカ正直に全部答えて、シウに見切りをつけられるのはイヤだ。
正直に答えたら、シウはきっとどこかに行ってしまう。そんな気がするから。
それだけ、あたし達は長いときを共に過ごしてきた。今ではかけがえのない相棒なのだ。
「勿体無いなぁ。出会って何するでもないんでしょ? 」
「んーまぁそうなんだけど。一声きけたらそれでいいんだぁ」
ここまでいつも通りの会話。そしてこの次も、いつもの事だから、簡単に予想がつく。
「僕じゃだめぇ? 」
「無理」
「ちぇっ。毎度毎度、ウォンはきついんだからぁ。こぉんなに僕が想ってるっていうのにさぁ」
「聞き飽きた」
「ですよねぇ」
「お約束だね」
そう言い合いながら、瓦礫にまみれた道を歩く。
操作は最近やっと手に入れた、ゲームパッド。今までなんとなく恥ずかしくて、買えなかったのだ。
綺麗な夕日がシウとあたしを照らす。きらきら輝く銀髪が、パソコンが見せる映像だというのにあたしを魅了する。いつかは実装されないかな、映像をこの目でみえるような機能が。
そしたらきっと、綺麗なのにね。シウの夕日に照らされた銀髪が輝く図。
「ウォン? お客さんだよー? 見とれてないで準備準備っ」
「勿体無い、ほんとアンタ、勿体無い……」
「それもお約束だねぇ」
口さえ開かなかったら、イケメンなのにな。
すらりと長い刀を手に、シウが駆け出す。ゲームパッドで操作してるとは思えない動きのよさ。
かくいうあたしも準備の体制。
Lキーを押すと、キャラの装備が変わり、自キャラの手には黒いナックル。
元々の装備は銃だけど、最近銃弾を買うお金をけちって、ナックルにしていたりする。
「いっくよぉ、『朧』」
そういうと霞むシウの姿。
このゲーム、声を売りにしているだけあって、キャラがスキルを使うのには音声入力が必要となる。
いちいちこのスキルを使うのに設定を、なんてのは必要ないけど、いい年の大人が痛い技名を声で言ってる姿ってのはあまりにもマヌケだ、といつも思う。
「こっちも……『遊歩』」
そういうとシウの言う、お客さんに一気に近づき距離を詰める。
今日のお客さんは、この辺りを定期的に周回している索敵マシン2体。
ふよふよと上半身だけにしか見えない機械が宙に浮き、二本の細い腕に付いた探知機があたし達を探すかのようにピコ、ピコと音を立てている。
こいつらに見つかると、一定時間モンスターである外敵駆除マシンを呼び続けるのでやっかいだ。
一応、この辺りの設定として「もう瓦礫の海となった街シェルターを、今も尚守り続けている敵」というものなので、ちょっとだけ心が痛い。元々は、街であるこのMAP。その中に住む人を命令どおり守り続けているらしい。悲しいよね、設定とはいえさ。
「『空牙連歌脚』」
「『幻香斬』」
片方の敵には、急に現れたシウの、何本もの斬撃が叩き込まれる。叩き込まれた何本かは当たると同時に掻き消えたが、うち一本が敵の胸をガツッと切り裂き、パチパチと電気をショートさせて動かなくなった。
もう片方には、あたしの攻撃が。踊るように跳ねた足が敵の頭頂部に叩き込まれ、胸までを一気に蹴り裂く。その後、ボンと小さく音がして、敵が爆ぜた。
そうしてHPの尽きた敵は、白い光に包まれて、消えた。ここまでもいつも通り。だが、今日は何かがおかしい。
この敵は、もっと離れたところに出没するはずなのに……。そう思ったあたしの腕を、誰かが引いた。
いや違う。そういう攻撃!
気付いた時には、遅かった。さくっとあたしのアバタの肩を、後ろから剣が貫く。アバタだとはいえ、うっすら血のにじむ肩に、あたしは身震いがする。その血はあっという間に赤い花弁を散らして消えたが、何故かあたしの目には未だ血が流れ落ちているように見えた。
本来なら血などゲームだ、出るわけがない。だから多分、そういうスキルなんだろうなと思う。血が花弁に変わるところからして、幻術剣系のスキルだろう。
これらはすべて、当然ゲーム内の話だ、あたしに痛みはないし、血も出ていない。けど、同じ箇所が何故だかズキズキと痛む気がした。
「そこまでだ」
あの人の声が、そう告げる。
「おまえ……なにしてんだ……」
シウが小さくはき捨てるかのように、言う。
あたしには見えない後ろの誰かに向かって。
「何してんだってわかるだろ? PKだよ……ククク」
「へぇ、で? 早いトコその人から離れてくんねェかな? キレるぜ? 」
言ってることは物騒だが、シウの言い方は柔らかかった。
だが、それと同時に恐怖を感じる。シウのこんな一面、初めて見たから。
シウはいつだって穏やかで、ともすれば天然ぽくて。そしていつだって間延びしたやんわりとした話し方をしてて。そしていつだってその言葉には、優しさが詰まっていて。
そんなシウの初めての男らしい口調に、驚きが隠せない。
「シウ……? 」
「あぁ、ウォン悪いね。ちょっと静かにね。すぐこいつら黙らせるから」
「なんだよ、ナイト気取りか? 俺を、いや違うね、俺達を甘く見ないで貰おうか? 」
あの人の声が乱暴にそう告げる。
すると、瓦礫の後ろから数人の人が出てきて、あたし達を取り囲んだ。
数は多くない、三人。多分全員が男アバター。
怖くて後ろを向けないけど、きっと彼らと後ろの人は同じ表情してるんだろうな、と思う。気味悪くニタニタと全員が笑っている。エモーションと呼ばれる表情を変えることができるスキルがあるが、微笑みのエモーションはこんなに気持ち悪いものだったかな、とふと思った。
色んな事がめまぐるしく頭をまわって、あぁこの人達既に武器手に持ってるなとか、後ろの男はどんな顔してるんだろう?とか、そんな事しか浮かばない。ぼんやりとした頭が、目は彼らを見てるけど敵とも人とも認識してくれない。
「いやぁ、迷子になってねぇ。帰れないし、所持金も回復薬も切れてきたし、分けてくれないかなってね」
なるほど。さっきの敵を連れてきたのは、この人達だったのか。
そこだけは、なんとなく察しがついた。
いるはずのない場所に現れた敵は、彼らを追ってきていたんだ。
「へぇ。分けて欲しいって言う割には、頭がたけェんじゃねェの? 」
「この人数見て大口叩けるなんて、お前偉そうだなぁ。切り殺してやりてぇな」
「やってみろよ。返り討ちに合うのが関の山だと思うがな」
シウは……何考えてるんだろう。さっきから挑発するような事ばかり……。
そりゃ実力としては、あたし達の方が強いかもしれない。でも、人数も違うし、何よりこの人達は場数が違う気がする。なんていうか、PK慣れしてる、そんな気がする。
普通なら、回避をあげてるあたしに攻撃なんてできない。当たらないハズだ。
そこを簡単に、攻撃してきた。こちらが認識してない、いわゆる画面外の死角から攻撃してきた。死角は、無条件で攻撃が必中する。
これはあまりにも皆が回避ばかりあげるので、プレイヤーに対して面白みを与えるために運営がしくんだ「お遊び」だが、それを知ってるのは数少ない。確かに油断はあったけど……そもそも、PKにおいて死角をとる行為が難しいハズなのだ。
「やってやろうか? お前が動いたらこいつを殺す。それでもいいなら手ぇだしてみろよ」
「言ってんだろ? その人に手ェ出したら、お前らわかってんだろうな? 」
シウの声とあの人の声。言ってる内容に、コントローラーを握るあたしの手ががくがくと震える。
「もう、やめてっ! 回復薬も分けるし、持ってる分の所持金も譲るわ。それでいいでしょう! 」
「だめだね。俺はこいつをぶっとばさないと気がすまない。悪いね、お姉さん」
「……あの人の声でそんな事言わないでっ! 」
「……え? 」
意外にも声をあげたのはシウだった。PKプレイヤー達はというと、いっせいに笑い出した。
「な、なによっ」
「噂はホントだったんだなぁ。ベテランプレイヤーの中の一人がこの声を求めて探してるってのは」
「探してるんじゃない! その声が似合う男性がきっといるって信じてるだけよ、バカにしないでっ」
「だったらさぁ、俺でもいいじゃん。似合ってるって言われるけど? で、出会えたら何してくれるんだ」
「何もしないわ、声が聞ければいいの。それだけよ」
「じゃあ、俺でばっちりだろ? 後でヤラせてくれたら、何だって言ってやるぜ? 」
「……あんた、気持ち悪いわ。ゲームなのにヤるとかヤラないとか、発想が貧困よ」
「実際いるらしいしなぁ? そういうプレイヤー。悪くねぇと思うけど」
「あたしはお断りよ。それにその声だって似合ってな」
「黙れよ、さっきから……うっせぇんだよっ! 」
「ひっ! 」
「ゴチャゴチャゴチャゴチャと、人が下手にでりゃ大口叩きやがってっ! 」
コントローラーを持つ手が更に震える。目も涙があふれそうになっている。
ゲームに熱中なんてしなければよかった。この人達に殺されるくらいなら、強制終了は一定時間ゲームに接続できなくなるけど……もう切ってしまおうか。
そしてそのまま、このゲームはやめてしまおう……。
そう、思った時だった。
「そうだな、うっせェわ。おまえら」
静かに、シウが呟いた。その声はいつもの幼い男性の声ではなく……あの人の声だった。
「お前……あぁ、声リンク切ったのか。自分の声で喋ってる訳だ」
「あぁ。人の声でうぜェ事ばかり言いやがって……しかもウォンを怖がらせて……許せねェ」
「人の声? 意味わかんねぇけど」
「だったら、黙ってろ」
そういうとシウの姿が掻き消えた。小さく聞こえた、朧の声と共に。
「消えた!? 逃げたかっ!? 」
違う、シウはそんな事絶対しない。
いつだって、どんな窮地だって、あたしを置いていくことなんてない。
だから……これから起こる事がわかってたから、あたしはそっとコントローラーを置いた。
「うわぁぁぁぁっ! 」
「どうしろっていうんだ、これっ!? 」
聞こえてくるのは、叫び声。掻き消えたシウは、幻香斬で次々とPKプレイヤーを蹴散らしていく。
倒れたPKプレイヤーは、音もなくそっと消えていった。多分街に強制送還されたのだろう。
最後に残ったあたしの背後にいた男だけは、一発目のシウの攻撃に耐えた。どうやって動いたのかは、見えないからわからないけど、冷静に動いたようではある。本来なら、耐える事すら難しいはずの攻撃なのだから。
だけど、それも一瞬。
「離れろって言ったよな? 」
シウの冷たくそう告げる声と共に、悲鳴が聞こえ、背後から気配が消えた。
そして気付けば、辺りには誰もいなくなっていた。
彼らが消えてから、どの位時間が経ったのだろう。
ぼーっと画面を見つめてるだけのあたしの目に、瓦礫の中を風が走り去っていくのが見えた。勿論、本当に風が走ったかなんて見えるはずもなく、地面に配置されたオブジェクトの花が一輪、揺れたのが見えただけだけど。
こんなところにも、命が途絶えた街にも芽生える命があるんだな。何も考えてないのかもしれないけど、運営にしてはいいお仕事するじゃない。なんだか心が暖かくなる。
「シウ……? 」
だけど、その一輪の花は、あたしなんじゃないかって。
今ここにいるのは、あたしだけなんじゃないかって。
そう考えたら、途端に心細くなって、シウの名を呼ぶ。
「大丈夫? 」
でも。そうやって呼びかけると、ふっとシウは姿を現してくれた。
一定時間姿を消し、移動力と回避力をあげるスキル。それが朧。
滅多に使う人のいないスキルだから、奴らは逃げたと思ったようだったけど、あたしにはわかってた。違うって。
死角からの攻撃は無条件で必中。それを逆手に取ったシウの攻撃。見えなければ全て死角。
「まだ、怖い? 」
「うん、ちょっと……って、シウ、その声……それに人の声でって……どういう事……」
驚くことばかりで、頭はぜんぜんまわらない。
口から出たのも、思ったままを吐き出しただけで、まとまった考えからは程遠かった。
「これ、俺のホントの声なんだわ……。あいつらと同じ声で、怖いと思うかもしんねェけど……」
「ホントの声……? どうやってやってるの? 」
「えっ、知らない? ちょっと前のアップデートで実装された奴なんだけど、リンク切りっていって、アバタボイス切断して自分の声で話せるの。オプションのタブにあると思うけど」
「知らなかった。システムとか興味なかったし……」
「そっか。まぁいいんじゃねぇかな、ウォンはそういうタイプだって知ってるし。アバだって声だって、それ初期設定のままだもんね」
「……うん」
そうなのだ。あたしは結局悩みに悩んで、初期設定されたアバタをそのまま選んだ。
勿論名前も、ランダムで作られた名前をそのまま使ってる。
見た目が変わろうと、声が変わろうと、あたしはあたしだって思ってたから。
それはあたしの、あの人の声に対する思いでもあった。どんな貴方だって、受け入れるという気持ち。
「へへ、ちょっと頭来たからアバボイス切っちゃった。こっちの方が迫力が伝わるかなって思ってさ」
シウはそういうと、でも、とつけたした。
「求めてた声と、同じ声でキレられたら、そりゃこええと思うわ。ごめんな、泣いてただろ? 」
「……大丈夫、ごめん、心配かけて……」
「いやいや、心配はしたいの。俺だって男の子だもんね。例え俺を見てくれなくても、守ってやりたいと思っちゃったんだから、仕方ないでしょ」
へへへ、と少年のような笑い声。
「……そんな事ない、シウがいい。じゃなかったら……ゲーム、続けてないと思うし……」
「んー、お世辞でも嬉しいよ、ありがとね」
違う、お世辞じゃない。その言葉は続かなかった。
シウがああでもない、こうでもない、と矢継ぎ早に話しかけてくるから。
そのたびに、ドギマギしながら答える。
シウ、どうして続き、言わせてくれないの? と思いながら。
「あー、ちょっと声戻すね」
そういうとシウは声をいつもの幼いボイスに戻し、話かけてきた。
「ごめんねぇ、俺……じゃなかった、僕、その先聞きたくないんだ。だから、言わないで」
「……うん、わかった……」
振られた。そう思うと、また涙が滲み出した。今度は怖さじゃなく、悲しい涙が。
いつもそう。軽い口調で迫ってくるくせに、真剣に答えようとするとシウは逃げてしまう。
だからいつからか、あたしも心に幕を張った。
本音を言えば、声なんて、結構前から、どうでもよかった。
ゲームをつければシウがいる。それだけでよかった。
シウを誰かに取られたくなくて、狩りに誘って人目が付かないとこに行って。
だって、シウを見たら誰でも惚れちゃう。
言い訳は、探してる人がいるの。そういえば、どんなところに行ってもおかしくないから。
そして、それはあたしの張った柵。その柵を壊したり壊されたりしたら、シウは逃げちゃうと思ったから。
「えーっと……あの……」
「なによっ」
「ちょ、この声じゃ迫力にかけるわ。ごめん、おびえるかもだけど、声、戻すわ……」
「一体なんなの」
訳がわからずドキマギしていると、声を変えたシウが話しかけてきた。
はぁ、とため息をついたシウの声が、あまりにも色っぽいので一瞬ドキっとした。
けど、ホントにドキドキしたのはその後のセリフ。
「そういう事言うのは……俺だけにして、マジで。じゃないと俺……あー、うん、やっぱ気にしないで」
そう言った声は、ものすごく色っぽかった。大人の男性の、照れや嫉妬。そういうのを全て詰め込んだような、甘さのある声。
「言ってる意味がわからないんだけど……」
「心の声、漏れてた……」
びくぅっと、体の中に電気が走ったような、感覚。画面を見てるあたしの体が跳ねる。
どくんどくんと、まるで耳元で聞こえてるかのように、あたしの心臓が部屋中に響く。まるで心臓の中に閉じ込められたみたいに、部屋を埋め尽くす勢いで鳴る鼓動音。
聞こえてる? 聞こえませんように! もしホントに部屋中になってても、ノイズキャンセラで聞こえないとハズだけど怖くて、必死でおさえつけようと思うけど、逆効果。
今のあたしにできることは、必死で悲鳴を飲み込むことだけ。
思いもよらぬ形でバレてしまった、恥ずかしさであぁぁぁぁって言いそうになってるから。
「あーあ。ゲームじゃなかったらなぁ……」
「な、なによ、急に」
「んー? そしたらナデナデしてあげることもできるし、ぎゅーって抱きしめてあげることもできるし、何より恥ずかしがってるウォンの顔みれるし? 」
「……ばかぁぁぁぁぁ! なんてこと、なんてこと言うのよっ」
言われた内容に、体温が急上昇する。体も、顔も熱い。そして、一番熱を持ってるのは普段冷たいはずの耳。
きっとどこもかしこも真っ赤だ。それを認識したら余計に熱くなり、更には心臓がバクバクと早いスピードで鳴ってる音が聞こえた気がした。
「クックック。かぁわぁいいぃぃ」
「ひっ、人のことおちょくって楽しんでるでしょっ」
「勿論」
「性格悪いと思う」
「フフン、俺は実際結構Sなのさ。……まぁでも、顔が見られなくてよかったってのは、お互い様だと思う」
「どういう意味よ」
「俺だって恥ずかしいって事」
それは、どういう意味なのかな。流れ的に、期待してもいいのかな?
「……ホント? 」
だから、思わず聞いてしまう。落ち着いた声を出そうと思ったけど、出た声は期待から上擦っていた。
聞いた後でしまった! と思ったけど、後の祭り。
あぁ、もっと冷静に聞けたら格好よかったのに。
「フフン。さぁね? ドウデショウ?」
だけど、軽く笑いで返されてしまった。
こっちが聞いてるのに、こっちに問いかけるような言葉を添えて。
「なんで片言なのよ、もぅっ! しかもこっちが聞いてるのにっ! 」
だけど、何故か、笑いがこみあげてきたのでクスクスと小さく笑ってしまう。
きっと、こうやっておちゃらけてくれたのも、元気付けるためなんだろう。
ほんとに、いつだってシウは優しいんだから。ずるいなぁと小さく心の中だけでこぼす。
「でも、助けてくれてありがとう。お礼、しなきゃね」
笑ったことで心の中の何かが、すっと溶けて、自然にお礼が出た。
「なんもなんも。まぁ、俺も下手打ったし、それもお互い様じゃねェかなぁ。怖い思いさせてごめんね?」
「下手打ったってどういう事? 」
「いやぁ、あいつら怒らせて俺だけに意識向けさせたら、ウォンが逃げる隙ができるんじゃないかなぁと思ったんだよね。でも、怖がらせるだけになっちゃったから。ほんと申し訳ないなぁと、今はとっても反省してマス」
「あぁ、だから煽ってたんだ。なんであんなに煽ってるのか不思議でしょうがなかった」
「ウォンは怖がりさんだからね。実力はあっても、PKプレイヤーなんて相手にできないでしょ? 」
「当たってます」
「強くなったのだって、PKプレイヤーを倒すためじゃなくて、狙われないようにするためだって、前に言ってたしね」
「相手はプレイヤーで、ゲームの中とはいえ、倒すの抵抗あるじゃない。それにやっぱ怖いし」
「そうだね、俺は平気だと思ってたけど……いざって時はやっぱ怖いな」
「そうなんだ……それなのに倒させちゃって、ごめん」
シウは暫く、んーっと悩んでるかのように、伸ばした声をもらした。
「いやね、俺が怖いのは……ウォンが倒されちゃう事。自分がゲーム内で死ぬのも、PKでしか起こりえない万が一のキャラ破損も、ぶっちゃけどうでもいいんだ。破損したら一からやり直せば良いし。ただ、ウォンが死んだらきっとゲームやめちゃうから、もう会えなくなる。それが一番辛くて、怖い」
「それは……あたしも、怖い。ウォンがいなくなるのは……多分いやだ。だから、あたしも強くなる。次は怖いなんて言わないから……」
「お姫様はお姫様なりの、戦い方があるんだよ、ウォンちゃん。君はいてくれれば、それでいい」
もう、馬鹿にしてっ。そう言おうとしたけど、言葉は出なかった。
言ってる内容は恥ずかしくて、人をおちょくった言い方だし、内容だと思うけど、その声色がとても優しさに満ちていたから。
「うん、わかった」
「ありがとう」
「なんでお礼なのよ。でも、そんなに甘えていいもの? 」
「俺が甘えて欲しいんだから、おーるおっけぃ」
いつだって、シウは優しい。からかったり、そういう事はするけど、いつも優しくあたしを包んでくれる。
と、思っていたんだけど。
「あー、俺いいこと思いついちゃったかも。ウォンちゃんウォンちゃん」
「……その呼び方は、前にやめてって言ったよね? 」
「お願いするときは、そう呼ぶって決めてンのっ」
「やめてよ、そのマイルール! で、なぁに?」
「今度リアルでデートしよっ。お礼はそれでいいやぁ」
「なっ!! 」
甘かった。いやむしろ、現実はそんなに甘くなかったと言うべきか。
「だぁめ? でもね、いやならいいよ、無理強いはしない」
あれ? だけど、だけど。あたしだけが気付ける、ちょっとした違和感。
もしかして、シウの狙いは……。
「他のお礼じゃだめなの? 」
「うん、それ以外はいらなーい。それじゃないなら、お礼はしなくていいからね」
やっぱりそうだ。
普通なら出会い厨って奴なんだろうけど、あたしにはわかる。これも、シウの優しさだって。
お礼の事、気にしないようにって、あえて断るであろうお願いをしてるんだ。
普通の女の子なら、簡単に会ったりしないもの。どれだけ心許していても、ネットはネットって割り切るものらしいもの。
でもね、シウ。ひとつ、読み違えたね。
「うん、いいよ。デートね? 楽しみにしてるね」
あえて、ふんわり笑ってさらっと答える。笑顔は伝わらないと思うけど、そういう温かい空気が伝わればいいなって思って。
やけになって言ったんじゃないって、わかって欲しかったから。
「えええええええ!? ウォン本気? ちゃんと考えて! 」
「ちゃんと考えたし、本気ですー」
「じゃ、じゃあ、今のナシッ」
「だぁめ。約束は約束」
「……俺は男だよ、危ないかもしれないんだよ!? 」
「シウなら大丈夫って信じてるもん」
「あーあー、きこえなーい」
こんな反応されるのはわかってたから、思わず笑ってしまう。
それを聞いて、もー! とか 怒ってたシウだけど、一転して。
「ホントにいいんだね? 後悔しないね? 」
真面目な声で、あたしに問いかける。
その声は、会ったららもう逃がさないよと言ってるようで。
「うん、しない」
だから、あたしは逃げない。
シウが例えどんな人でも、あたしが好きになったのはシウの心だから。
会ったとしても、後悔なんてする訳がない。
それに……ちゃんと、会って言いたいことがあるから。
「そっか、じゃあデートプラン練らないとなぁ。苦手なんだよね、そういうの」
「やろうか? 」
「ダメダメ。初回はエスコートするの、男の役目ですよ? 」
「初めて聞いたわ」
「うん、俺も初めて言った」
くすくすと、二人で笑いあう。
「色々考えておかないとなぁ……こ……」
「こ?」
「ナンデモナイ……」
なんだろうか? こ……?
こ、の言葉は、とりあえずわからないから置いとくにしても。
シウにはひとつ言わないといけない事があるね。
女の子はね、プラン考えてくれるって言葉だけで充分嬉しいモンなんだよ、って。
でも、あたしは意地悪だから、内緒にしておくけどね。
「うあああ! 悩みすぎて、頭がパンクしそう! どこ行きたい? どんなトコが好き? 」
「エスコートするのは、男の役目じゃなかったの? 楽しみにしてるね? 」
「あぁぁぁぁ。ガンバリマス……」
こうして、あたしのいつもと変わらないと思っていた日は、終わった。
いつもと変わった結末を残して。
それがいいのか、悪いのか。
答えは、まだわからないけど。
でも、ひとつだけ、言えるとするならば。
出会いは偶然だったかもだけど、ここに至った道のりは必然だったよね?
できればその道が、いつまでも続いていますように。
読んでくださり、ありがとうございました!
今回の小説は、普段よりやや文字数が多いために完結できるのかと
自分でハラハラしながら書いておりましたw
さて、タイトルの横にあるBash!の文字ですが
これはとある企画を手に持ち、今後動こうと思ってるサークル名になります
次回は、皆が書いた短編を元に、一本を書く予定です(*´ェ`*)
楽しみにしていただけたらなぁと思いつつ
仲間の足をひっぱらないかと、今から不安で一杯です
さて、今回この作品を書きましたが
実はこれで完結ではありません(ェ
企画用の短編としては完成しておりますが
続きを書きたい!と欲が出てしまいまして……。
なので、皆さんの感想でこの作品の今後が決まります。
読みたいという奇特な方がいらっしゃれば、書きたいなぁと……。
いやむしろ、書かせてくださいと、思う次第です。
そんな奇特というか、すばらしい方がいらしたら、教えてください
お待ちしております ○┓ペコ
最後になりましたが、Bash!の皆様へ
中原からの提案は以下になります
・音声チャットの導入(その際はスキル名を音声入力)
・PKの導入(死角からの攻撃は必中をいれてくれたら嬉しいな)
・中原風、狩りMAPイメージ
よろしくお願いします