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第6話 狼達の勉強会

正直、もう前書きに書くような事がない。

無理に書く必要もないのですが、今までずっと利用していたから何か書かないと落ち着かないんですよね。

零治達が華琳に拾われ、翌日の昼下がりの事である。

ここは華琳から零治達に用意された部屋一つであり零治の自室でもある。

亜弥が重要な話があるとの事なので、零治が使用してる部屋に集まり、全員が揃った所で亜弥がその重要な話を切り出した。



「字の読み書きを覚える必要があります」


「……唐突だな」


「何を呑気な事を言ってるんですか!? これは重大な問題なんですよ!」



亜弥はバンッと机を両手で叩いて零治に怒鳴り散らすが、その零治は亜弥の言いたい事が今一つ理解できず、腰かけている椅子にもたれながら呑気な様子を晒していた。



「おい、机をそんな乱暴に叩くなよ。お茶がこぼれるだろうが」


「はぁ……貴方って人は。……零治、試にこれを読んでみてください」



亜弥は華琳から資料として借り、机の脇に置いていた一つの竹簡を手に取り、それを零治に手渡した。



「こいつは……竹簡か? こんな物博物館でしか見た事ないぜ」


「この世界では紙は高級品ですから、基本的に字は竹簡に書くんですよ。そんな事より、その竹簡に書かれてる文字を読んでみてください」


「はいはい……」



もともと活字を積極的に読む方ではない零治は面倒そうな生返事をして亜弥から受け取った竹簡に眼を通した。

竹簡に書き記されてる文字は当然ながら中国語。つまりは漢文である。平仮名やカタカナなど書かれてるわけがない。

零治の世界には平仮名、カタカナ、漢字も勿論存在しているから漢字自体には零治も見慣れている。見慣れてはいるのだが……。



「…………」


「…………」



零治は黙って竹簡に眼を通し眉をひそませ、亜弥はその姿を黙って見守るが、あまりにも時間がかかり過ぎてると感じ取った奈々瑠が怪訝な表情で零治に声をかける。



「……兄さん?」


「……読めん」


「理解できましたか? 事の重大さが」


「ああ。確かにこれは大問題だな」



零治は亜弥の言葉に軽く頷いて、持ってる竹簡をポイッと机の上に放り投げる。

亜弥の言いたい事とはこれなのだ。零治達の世界では漢文は常用語ではない。故に読めないのだ。

現地の人間に初めて会った時、言葉は普通に通じたので会話は大丈夫だがこちらの方は大丈夫ではないようだ。



「ええ。華琳の下に身を置く事で、お金の問題は解決しましたが……」


「字の読み書きが出来ないとなると仕事どころの話ではないな。それどころか私生活にも影響をきたす」


「そういう事です。華琳には事情は話してあるので、今日は仕事を回される心配はありませんよ」


「その華琳はなんて言ってたんだ?」


「今日中に字の読み書きを習得しろ……だそうです」


「「今日中に!?」」



いきなり古代の中国に放り出された身だというのに、現地の言葉の読み書きを今日中に習得しろなどとは、無理難題もいい所である。

華琳のあまりにもの無茶ぶりに奈々瑠と臥々瑠は表情を凍りつかせていたが、零治はいつもと変わらぬ余裕の表情である。



「まあ、何とかなるだろ。今日一日はフリーな訳だし。で、資料と道具はちゃんと用意してるんだろ?」


「ええ。道具はここに……で、資料はこれを使います」



と、亜弥は懐から愛用している雑記帳代わりにも使用している携帯端末を取出し、折り畳み式の本体を開いてディスプレイが姿を覗かせ、電源を入れればそこには細々とした文字がずらりと映し出され始める。



「私が使ってるこの端末には、三国志の歴史、当時使われていた言語、地名、その他諸々をデータ化して保存してあります。で、言語のデータを引っ張り出して資料として使います」


「あいよ。所で、一つ気になってたんだが……」


「ん? なんです?」


「その大量の竹簡はどこから用意したんだ?」



と、零治は亜弥の座っている椅子の横に大量に積み上げられているまっさらな竹簡を指さした。

その数は十や二十どころではない。どう見ても数百はあると見ても良いだろう。



「あぁ、これですか? まあ、ちょっと物質変換魔法を使って」


「材料はどうした? まさか城の物を勝手に使ったんじゃないだろうな……?」


「そんな事する訳ないでしょう。外に出て、適当に集めた木の枝とかを使ったんですよ」


「なるほど。しかしそれだけの量を用意したって事は、変換に使った木の枝もかなりの量になったんじゃないのか?」


「ええ。部屋に戻る際、周りから奇怪なものを見るような眼で見られましたよ……」


「フッ。そりゃお気の毒様」


「さあ、無駄話はこれくらいにして、さっさと始めますよ」


「ああ。……奈々瑠、臥々瑠。そういう訳だからお前達も気合を入れろよ」


「……善処します」


「…………」


「何だ臥々瑠。不満そうだな?」


「だって……メンドくさいもん……」



もともと勉強が嫌いなため臥々瑠は反発的な態度を取る。

しかし、そう来る事を零治は予想していたようで、説得という名の『脅し』にかかる。



「臥々瑠……今日中に字の読み書きを身に付けられなかったら、二度と飯を作ってやらないぞ……」


「全力で頑張りますっ!」



その言葉を聞いた臥々瑠は椅子から素早く立ち上がり、姿勢を正してビシッと敬礼をする。臥々瑠にとって、零治が食事を作ってくれないのはこの世に終わりと同義なのである。

その姿を見て、姉の奈々瑠は頭を抱えながら呆れたように溜め息を吐く。



「はぁ。現金な子……」


「まあ……理由は何にせよ、やる気を出してくれたのですから良しとしましょう……」


………


……



どれ程の時間が経過しただろうか。一同はひたすら黙々と竹簡に字を書き続ける。

零治と亜弥は順調に進んでいるようで、横に次々と書き終えた竹簡が積み上がっていくが、奈々瑠と臥々瑠は思いのほか悪戦苦闘しており、まだ半分にも満たない量しか書き終えていなかった。

特に臥々瑠はしかめっ面をしながら左手で何度も頭をガリガリと掻き、その姿はまるで期末テストに悪戦苦闘している学生のようですらある。



「……筆で字を書くのって結構難しいな。おまけに面倒だ事で。昔の人間は良くこんなんで字を書いていたな」


「まあ、一応ボールペンとかシャーペンもありますけど、それだと紙にしか字が書けませんし、何より、報告書をとか書くたんびに物質変換魔法で紙を用意するのが面倒ですし……」


「違いない。何気に物質変換魔法は魔力を消費するからな。加えて言うと、オレとお前は神器の使用にも大量の魔力が必要だから、余計な事で魔力を消耗するわけにもいかないからな」


「そういう事です。まっ、これも一つの経験という事で」


「古代の中国にタイムスリップなんて経験は普通しねぇだろ。……はい、終了」


「「早っ!」」



あまりにも早く零治は自分の分を書き終えたので、奈々瑠と臥々瑠は作業の手を止め、驚きの視線を零治に向けた。

筆を使って墨で字を書くのは決して容易ではない。墨をつけすぎれば字がにじんで綺麗には書けないし、逆に墨が少なすぎれば今度は字その物がちゃんと書けない。

なのに零治はまるで普段から使っていたボールペンやシャーペンのようにすらすらと書いて見せたのだ。

現に零治が使用していた竹簡には綺麗な漢文がずらりと書き連ねられていた。



「確かに随分早く終わりましたね。零治、ホントにちゃんと覚えたんですか?」


「何でそんなに疑うんだよ。……何なら適当に何か文章を書いてやろうか?」


「まあそれは華琳に頼めば済む話ですし、別にいいですよ。……はい、私も終わりです」


「「嘘っ!?」」


「お前も人の事言えねぇだろ……」


「まあまあ。そうむくれないで」



ただでさえ慣れない作業なため時間がかかっている上、慣れていない点では条件は同じだったはずなのにこの差は一体なんなのか。

奈々瑠と臥々瑠は自分達の要領が悪いのかと思い、机に突っ伏して頭を両手で抱えながら唸り声を出した。



「う~……。私達、まだ半分も済んでないのに……」


「兄さん達……ずるいよ……」


「ずるいって……なに人聞きの悪い事言ってんだよ。オレ達は普通にしていただけだぞ」


「まあ、分からない所が有ったらちゃんと教えてあげますから、焦らず自分のペースで進めてくださいね」


「はい……」


「は~い……」



力なく返事をした奈々瑠と臥々瑠は再び目の前にある竹簡と向き合い、手を動かし作業を再開する。

その時、誰か来たのか、部屋の扉がコンコンと二回ノックされる。



「ん? 誰だ? 開いてるぞ」



部屋の扉が開けられ、来客してきたのは春蘭、秋蘭の二人を伴った華琳である。

このタイミングで部屋に来たという事は、おおかた様子見に来たのだろう。

どれだけ強くても、未来の知識がこの世界の人間にとって珍しモノとは言えど、それを有する人間が役立たずでは意味が無いのだ。



「失礼するわよ。どう? 勉強は進んでるかしら?」


「あぁ、華琳か。オレと亜弥はもう済んでる。後は奈々瑠と臥々瑠の二人だけだ」


「貴方達二人はもう済んだの? まあいいわ。後で確認させてもらうわよ」


「勝手にしろよ……」



零治は無愛想な物言いをしながら窓辺に移動し、一息つこうとタバコを手に取り火を点け、煙を吹かし始める。

しかし、いくら窓を開けていても風が吹けば多少なりとも煙は部屋に入ってくる。

部屋に居る人間が全員喫煙者なら何の問題も無いが、この場合はそうもいかないだろう。



「フーー……」


「零治、タバコを吸うんなら外に出てくれませんか……」


「何だよ。窓は開けてるだろうが」


「それでも煙は多少部屋に入ってくるんですよ。受動喫煙って言葉は貴方も知ってるでしょう?」


「はいはい、分かりましたよ。外に行けばいいんだろ?」



零治はメンドそうな表情をしながらも、喫煙者としての最低限のマナーは守るべく窓から外に出て、すぐ横の壁に背を預けながらタバコの煙を吹かしながら至福のひと時に浸る。



「亜弥。初めて会った時も気になっていたんだけど、あのたばこと言う物は一体何なの?」


「それは説明したじゃないですか。ただ火を点けて煙を吸う、それだけの物ですよ」


「煙なんか吸って何かいい事とかあるのか?」


「まあ、気分が落ち着くぐらいですかね……」


(正確にはニコチンのせいで脳がそういう風に錯覚してるだけなんですがね……)



と、亜弥は春蘭が投げかけてきた疑問に答えてはあげたが、この辺は効能というよりも喫煙者がニコチンのせいで感じる感覚に近い。故に正確な答えとは言い難いだろう。



「気分を落ち着けるために煙を吸うとは……天の国の人間は随分と変わってるのだな」


「この世界にはタバコは存在していないからそう思われても仕方ないのでしょうが……全員が吸っている訳ではありませんので、その辺は誤解しないでくださいよ、秋蘭」


「それじゃあ、さっき言ってた『じゅどうきつえん』って言葉は何なの?」


「あぁ、それはですね……では少し話が変わりますが、さっき見てたから気付いてると思いますが、零治のタバコの火が点いてた部分から煙が立ち昇ってたのは見えましたよね?」


「ええ」


「アレは副流煙と言いまして、副流煙、もしくは零治が吐き出した煙を非喫煙者、つまりタバコを吸ってない人間がその煙を吸うとタバコを吸ってるのと同じ事になる。それを受動喫煙と言うんですよ」


「なるほどね」


「しかし、それなら別に音無を部屋から出す必要は無かったんじゃないのか? その煙を吸うと気分が落ち着くんだろ?」



今の説明だけなら春蘭がそう思うのも仕方のない事。

だが、亜弥は春蘭の言葉に首を左右に振ってそれを否定し、タバコの煙の一番の問題点を華琳達に教える。



「いえ……タバコの煙は基本的に身体に毒なんですが……」


「なにっ!? そうなのか……?」


「ええ……」


「つまり……貴方達二人は、その身体に悪い煙を自分から進んで吸ってると……そういう事?」


「そうなりますね……」


「…………」


「むう……」


「う~む……」



華琳達三人が亜弥に呆れた視線を向ける。

いつの世、いつの時代も喫煙者が肩身の狭い思いをするのは変わらないのだと亜弥は痛感させられた。



(いや~……ある程度予想はしてましたが、こうも呆れた視線を向けられると、ちょっと居心地が悪くなりますねぇ……)


「う~む……なぜ貴様らは身体に悪いのに、そのたばこと言う物を吸ってるのだ?」


「そこにタバコがあるからに決まってるだろ」



と、いつの間にかタバコを吸い終え、音も無く部屋に戻ってきていた零治が背後から春蘭の疑問に答えてみせる。



「どわぁっ!?」


「何をそんなに驚いてるんだよ?」


「居ないはずの人間にいきなり声をかけられたら誰だって驚くだろっ!」


「そりゃ悪かったな」


「呆れた……」


「ん? 何がだ?」


「貴方のさっきの台詞よ。そこにたばこがあるから吸うなんて……呆れて物も言えないわ」


「そうかぁ?」


「いや、零治。流石にさっきのセリフは同じ喫煙者の私も呆れますよ。そこにタバコがあるから吸うって……どこの登山家ですか貴方は……?」


「タバコを吸うのにいちいち理由なんか必要ないだろ」


「まあ、そうですけど……」


「はぁ……そのたばこと言う物の良さが私には理解できないわ……」


「タバコの良さはタバコを吸ってる人間にしか解らんよ」


「あっそ……」


「に、兄さん……お、終わりました……」



そうこうしてる間に奈々瑠は無事に課題を終えたようで、疲労困憊の様子で机に突っ伏して零治にその事を知らせる。

もう当分の間は筆も墨も竹簡も文字も見たくないし、触りたくも無いのが今の奈々瑠の正直な本音だろう。



「おう。お疲れさん」


「ふふ。相当疲れたみたいね。奈々瑠、ちょっとその竹簡を見せてもらってもいいかしら?」


「はい……ど、どうぞ……」



ただ文字を書いていただけなのに奈々瑠はまるでフルマラソンをしたランナーのような様子を醸し出しており、手だけを動かして華琳に一つの竹簡を手渡した。

まあ、奈々瑠の疲労感も理解できなくはない。彼女が今していた作業はこの世界の文字を書く練習だけではない。漢文の読み書きを理解し、その全てを頭に叩き込まねばならなかったのだ。それも一日で。普通なら無理である。

だが奈々瑠はなんとかその無理難題をやってのけ、竹簡に書き記されている文字は丁寧でいて文法にも間違いは無かった。



「……へえ~、なかなか綺麗な字じゃないの。頑張ったようね。偉いわ」


「あ、ありがとう……ございます……」


「…………」



華琳は奈々瑠に労いの言葉をかけながら奈々瑠の頭を優しく撫で回す。

零治は華琳のその姿を監視するように険しい表情で見つめる。

何しろ華琳が見せた昨日のもう一つの顔。アレを見せられたら零治がこういう行動を取るのも理解はできなくはない。少々やりすぎな気はするが。



「ふふ。そんな眼で睨まなくても大丈夫よ。手は出さないから」


「当たり前だ……」


「う~……」


「ん? どうした臥々瑠? 手が止まってるぞ」


「どうしました? あと少しで終わりですよ。どこか分からない字でもあるんですか?」


「ち、違うの……」


「じゃあどうしたんだよ?」


「お腹が空いて……手が……動かない……の……」


「あぁ……そういう事か……」


「お願い兄さん! 何か食べさせて! ご飯食べたらちゃんと最後までやるから~!!」



臥々瑠は今にも泣きそうな顔で零治にすがり付く。

零治にとってこれは見慣れた光景だし、臥々瑠は燃費の悪い身体の持ち主なため、一日三食では絶対的に食事が足りないのだ。

こうなっては臥々瑠の手は間違いなく動かないし、放っておくわけにもいかなかった。



「はぁ……分かったよ。……華琳」


「何?」


「悪いが厨房を借りても構わないか?」


「別に構わないけど……貴方、料理なんか出来るの?」


「まあ、人並みには……」


「いやいや、零治。私から言わせれば貴方の料理の腕は人並み以上ですよ」


「へえ~……なら、お手並みを拝見させてもらおうかしら?」



華琳が零治に意味深な視線を向けながらに言う。

その視線が何を語ってるのかすぐさま零治は悟り、溜め息を一つ吐いた。



「はぁ……。まあ、ここに居る人数分は作るつもりだが、あまり過剰な期待はするなよ。じゃあ、厨房にある食材は勝手に使わせてもらうぞ?」


「ええ。その代わり、何をどれだけ使ったのか、後でちゃんと報告しなさいよ」


「あぁ、それは分かってるんだが……実は一つ問題があってな……」


「問題?」


「ああ……。実は臥々瑠の奴は超が付くほどの大飯食らいでな……」


「え……?」


「アイツが食う分は大量に用意する必要があるんだ」


「…………最低でもどれぐらい必要なの?」


「……正直、分からん。臥々瑠の空腹の度合いによって作る量がいつも変わるから……」


「今回だけよ。次からは自分で何とかしなさい……」


「すまん……。じゃあ、オレは厨房に行ってくる」



居心地の悪さを感じ取った零治は逃げるように、そそくさと部屋を後にした。

だがまあ、華琳の言い分は分かる。この城に備蓄してる食料はこの城に住む人間全員分のためにあるのだ。何より、この世界では食料は貴重品でもある。

その貴重な食料を一人の人間のために大量に使うなど普通では考えられない行為なのだ。



「はぁ……」


「すみませね、華琳」


「まあいいわ。その分を今後貴方達にしっかりと働いてもらって返してもらうから」


「ハハハ……お、お手柔らかにお願いしますね……」



亜弥は引きつった笑顔を浮かべながら言う。

何しろ目の前に居る少女はあの曹孟徳なのだ。どんな激務に課せられるか想像しただけでも冷や汗が出るというもの。



「そういえば、亜弥。一つ気になってたのだが……」


「ん? 秋蘭、気になるとは?」


「その大量の竹簡はどこから用意したのだ?」


「あぁ、それは私も気になってたのよ。一体どこから用意したの?」


「自分で創ったんですよ」


「えっ? まさか……これ全部……!?」


「ええ」


「お前……そんなに手先が器用だったのか……?」


「いや、創ったと言っても、竹を用意して一から創った訳じゃありませんよ」


「ん? どういう事だ?」



亜弥の返答に春蘭は首を傾げる。

竹を用意して創った訳ではない、その言い回しが引っ掛かるのだ。これではまるで、目の前に積み上げられている竹簡は竹を使わずに作ったと言っているようなものなのだ。



「そういえば城の者達が、お前が大量の木の枝を抱えて部屋に入っていく姿を見たと話をしていたが……それと関係があるのか?」



秋蘭の問いに亜弥は無言で軽く頷いたが、内心あまりいい気分でもなかった。

城の人間に見られていたのは既に理解していたが、まさか秋蘭にまで知られていたとは。あの時の自分の姿を浮かべてみると、かなり間抜けな姿をしてた自覚はあるが今さら仕方ない。

亜弥は頭の中に浮かべた自分の間抜けな姿を振り払い、華琳達の疑問を一つずつ説明していく。



「ええ。その枝を使って創った……いえ、正確には創り変えたと言うべきですね」


「創り変えたって……どういう事?」


「私達は魔法……妖術や仙術に似た術が使えることは以前話しましたよね?」


「ええ」


「私と零治は物質変換魔法……つまり、ある物をまったく別の物に創り変える術が使えるんですよ。それを使って用意したんです」


「物を別の物に創り変える術なんて……そんな事が本当に可能なの?」



話の内容が内容なだけに、華琳、春蘭、秋蘭の三人は信じられないという表情で亜弥と部屋に積み上げられてる竹簡を交互に見る。



「まっ、百聞は一見にしかずとも言いますし、実際に見た方が早いですね。……奈々瑠」


「何ですか?」


「悪いんですけど、ちょっと外から適当に木の枝を何本か取って来てもらえますか?」


「分かりました」



それまでずっと机に突っ伏して休んでいたおかげもあり、奈々瑠の体力はすっかり回復していたので、いつもと変わらぬ軽快な足取りで部屋の窓から外へと飛び出していき、しばらくして手に数本の木の枝を握り締めて奈々瑠が戻って来る。



「姉さん。これぐらいあればいいですか?」


「ええ。それだけ有れば充分です。では、それをこっちの机に置いてくれますか?」



亜弥は臥々瑠が作業に使っている机とは別の、部屋の一角に備えられている勉強机にも似た大きな机を指さす。

奈々瑠はそれに従い、木の枝を机に置いて、亜弥が椅子に腰かける。



「では、三人とも……この枝をよ~く見ててくださいね」



華琳、春蘭、秋蘭の三人は黙って頷き、亜弥は木の枝に両手をかざして全神経を集中させる。



「…………」



それからすぐに異変が起こり、亜弥の手が青白く発光し、枝が宙に浮き上がり、周りに奇妙な形の文字が幾つにも連なりながら浮かび上がり、二重、三重と円を描きながらクルクルと枝の周りを回転を始めたのだ。



「こ、これはっ!?」


「なんと……面妖な……!」


「っ!? 華琳様! 見てください! 木の枝が……!」


「えっ!? なに……これ……? 木の枝が……崩れていく!?」



春蘭が驚きの声を上げながら宙を浮いてる木の枝を指さすので、見てみれば木の枝はまるで手からこぼれ落ちる砂のようにサラサラと崩れていき、それから次第に別の物体へと形を変え始めたのだ。

初めは何なのか判別できない状態だったが、徐々にそれは華琳達にとって見覚えのある物へと形状を変えていき、それは出来上がった。



「はい。完成です」


「な、なんと……っ!」


「し、信じられん。本当に竹簡に変わるとは……っ!」


「あ、亜弥。これは……触っても……大丈夫なの……?」


「何を言ってるんですか? さっき奈々瑠の竹簡を手に取ったじゃないですか。アレも私が創った物ですから、大丈夫ですよ」


「そ、そう……じゃあ、ちょっと見させてもらうわね……」



華琳は恐る恐るの手つきで竹簡を掴み上げて手に取り、全体を手で撫でて感触を確かめたり、ふちを指先でなぞってみたりしてまるで鑑定でもしているかのように亜弥が創り上げた竹簡を丁寧に調べ上げる。

手に伝わる感触には何の違和感も無く、この手触りは間違いなくいつも使用している竹簡と変わりなかった。



「…………」


「華琳様。いかがですか?」


「……信じられないわ。この手触り、そして重さ……間違いなく本物の竹簡だわ」


「華琳様。私も拝見してよろしいですか?」


「ええ」


「おい、秋蘭。私にも見せてくれ」


「ああ」


「どうです? これで信じる気になりましたか?」


「ええ。あんなものを見せられたら、信じない訳にはいかないでしょう?」


「フッ。でしょうね」


「亜弥。さっきの術には何か制限とかはあったりするのかしら?」


「そうですねぇ……私の場合は、変換に使う材料の物質が、変換後に出来上がる物質と同じじゃないといけない……ですかね」


「どういう事?」


「つまりその竹簡で言うと、竹簡の原料は竹、竹は植物、そしてさっき変換に使った木の枝も植物。要するに、植物に関連するものを創る場合は同じ植物を使わないといけない、という事ですよ」


「なるほどね。それじゃあ零治の術にもその制限が?」


「いえ。彼は私より技量が上ですので、この法則を多少なら無視する事が出来ますよ」


「多少? 完全には無理なの?」


「ええ。創る物によっては、流石の彼もこの法則は無視出来ませんから。まあ気になるんなら、本人に頼んでいろいろ創らせてみたらどうです?」


「そうね。時間があるときにでも確かめてみようかしら?」


「おい。誰か部屋の戸を開けてくれ。両手が塞がってんだ」



いつの間にか料理を作り終えていたのか、扉の向こう側から零治の声が聞こえくる。しかも零治は両手が塞がってると言っていたが、いくら手が塞がっていようが少し工夫をすれば扉を自力で開ける事も出来なくはない。

一体零治はどれだけの料理を作って来たのか気になる所である。



「はいはい。いま開けます」



亜弥が部屋の戸を開けると、そこには大皿に山のように盛り付けられた炒飯、木製のお盆に乗せた取り皿とレンゲを器用に持つ零治の姿があった。

取り皿とレンゲはまだ分かる片手で持つ事も余裕で可能だ。しかしこの大盛り炒飯はどう見ても片手で持てる量ではない。なのに零治は顔色一つ変えずにそれを片手で見事に支えているが、重心が少しでもずれたら間違いなく床へ真っ逆さまに落ちるだろう。



「これはまた……相当な量ですね……」


「んな事より、この取り皿とレンゲを持ってくれよ。片手でこの山盛り炒飯を持つのは辛いんでな……」


「はいはい」



亜弥に取り皿とレンゲを手渡した事で塞がっていた片手が開いたので、零治は山盛り炒飯が盛られた大皿を両手でしっかりと抱えながらゆっくりとした足取りで部屋に入ってくる。



「奈々瑠。机の上を片付けろ」


「はい」


「よっ……と……」



奈々瑠が手早く机の上にある物手際よくを片付けて、大皿が置けるスペースを確保したので、零治はそっと机の上に山盛り炒飯が置いたが、やはりこの量となれば重量もかなりあるので、机が軽く揺れ、ドンッと重苦しい音が鳴り渡る。

熱々の炒飯からは湯気が立ち上り、部屋に食欲をそそる香りが広がっていき、それらは臥々瑠の空腹感をいたく刺激して、口から涎を滝のように流して今にも飛びつきそうな勢いで目の前にある山盛り炒飯に眼を輝かせていた。



「じゅるっ……。美味しそう……」


「まだ食うんじゃねぇぞ、臥々瑠。華琳達が自分の分を取ってからな。あと涎を垂らすな。汚ねぇだろ」



華琳達三人は目の前にある山盛り炒飯を見て絶句していた。

零治の口ぶりからある程度の量は用意してくるのだろうと予測はしていたが、これはその予測を遥かに上回る量である。

勿論自分達の分が含まれているせいもあるが、その辺を差し引いてもこの量は異常としか言いようがない。しかもこの炒飯の大半が臥々瑠一人の分とくれば尚更である。



「どうしたんだ、三人とも? 早く自分の分を取らないと臥々瑠が全部食っちまうぞ」


「零治……貴方、一体どれだけの食材を使ったの……?」


「ん? 一応この竹簡に書いといたが……」


「見せなさい……」


「ああ」



華琳は零治から竹簡をひったくるように受け取って眼を通し、書き記されていた各食材の使用した量のデタラメな数字に眼を皿のように丸くする。



「…………ちょっと!? 貴方こんなに使ったの!?」


「いや……これでも少ない方だぞ……」


「これで少ないって……まあいいわ。この分は働いてしっかり返してもらいますからね」


「分かってる。それより早く自分が食う分を取ってくれないか? 臥々瑠が今にも炒飯に飛び付きそうなんでね」


「ええ」



各々が取り皿に自分の分の炒飯を盛り付ける。ちなみに臥々瑠は大皿に残ったものをそのまま食べるので取り皿は無い。



「全員ちゃんと自分の分は取ったか? 大丈夫だな。では……」


「「「「「「「いただきます」」」」」」」


「はぐはぐ!! がつがつ!! もぐもぐ!!」



臥々瑠が凄まじい勢いで山盛り炒飯を掻き込むように食べる。味わうような様子はこれっぽっちも無い。今の臥々瑠の頭の中にあるのは己の腹を満たすそれだけである。その姿はまさに野獣という言葉がぴったりな姿をしていた。

そんな臥々瑠の姿を華琳達三人は呆然と見つめ、自分の分の炒飯を食べるという行為も完全に忘れていた。



「…………」


「……凄まじい食欲だな」


「ええ……。この小さな身体のどこにこれだけの炒飯が収まるのかしら……?」


「それは気にしない事だな。それより早く食えよ。冷めるぞ?」


「ええ、そうね。それじゃあ……」


「あむ……おお! これはっ!?」


「むっ……旨いな……」


「零治……」


「ん? なんだ?」


「見事な炒飯ね。正直これほどの腕前とは思わなかったわ」


「そりゃどうも」



華琳は感心したように零治を見て褒めるが、零治は素っ気なく答える。

元々零治は人付き合いが少ない方の部類なので、どうしてもこういう態度を取ってしまうのだが、王としての大きな器を兼ね備えている華琳はその姿に怒る様子など無く、苦笑を浮かべていた。



「相変わらず貴方の料理の腕には恐れ入りますよ」


「私もこれぐらい料理が上手ならなぁ……」



亜弥も感心したように褒め、奈々瑠は零治の料理の腕前に圧倒され自嘲するように呟く。



「音無。これだけの腕なら店を持つ事も出来るんじゃないか?」



秋蘭のこの言葉は世辞なのではなく、間違いなく本心から言っている。

秋蘭も料理の腕には覚えがあり、他人の料理の腕前を評価できる舌も持ち合わせている。彼女はそれだけ零治の料理の腕を高く評価しているのだが、その零治は首を軽く横に振って秋蘭の言葉を否定した。



「いや、それは無理だな」


「あら、どうしてそう言い切れるの?」


「オレはタバコを吸ってるからな。料理人には向いてないんだよ……」


「ん? ほへふぁほうひゅうほほら?」


「あぁ? 何だって?」


「春蘭、口に物を入れたまま喋るのはやめなさい。はしたないわよ」


「そうだぞ姉者」


「……んぐっ。は、はい……」


「……で? さっきお前は何て言ったんだよ?」


「いや、お前がたばこを吸ってるから料理人には向いていないと言っていたのを疑問に思ってな」


「あぁ、その事か。……タバコを吸ってる人間はな、舌と鼻の粘膜の細胞が丸みを失い平べったくなってるのさ。つまり、味覚と嗅覚が鈍くなってるから微妙な味の変化に気付けないんだ」


「……そうなのか?」


「ああ」


「それにしてはこの炒飯は味付けも調理法も完璧だと、私は思うんだけど?」


「それは作り慣れてるからにすぎんよ。後は、長い間培ってきた経験と勘だな……」


「例えそうだとしても、貴方には貴方なりの料理人としての素質が有るのよ……少なくとも私はそう思うわ」


「フッ……そうか……」



零治は華琳にまたしても素っ気ない返事をするが、その表情には小さな笑みがあり、どことなく嬉しそうだった。

他人から褒められるような事もあまり無かったが、少なくとも悪い気はしない。零治はそう感じていたのだ。

零治「なあ。前この話を投稿した当時はバレンタインデー翌日だったよな」


作者「そうだな」


亜弥「では今回はエイプリルフールネタでもやるんですか?」


作者「なんでさ?」


奈々瑠「だって、以前この話を投稿した当時はその時期に合わせてここでもバレンタインネタをやってたじゃないですか」


臥々瑠「一日ずれてたけどね」


作者「別に四月バカネタはやらないぞ。それに興味も無いし」


零治「なんで?」


作者「アレって起源とか全く不明なんだぜ。まあ幾つか有力説はあるけど、それも仮説の域を出てないし。それにここで嘘をついても何の意味もないだろうが。おまけに正午までとか線引きもいい加減だしさ」


亜弥「珍しいですね。普段の貴方なら悪ノリすると思っていたのに」


臥々瑠「だね。なんか面白くないや」


奈々瑠「もしかして熱でもあるのでは?」


作者「お前らオレを何だと思ってるんだ……?」

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