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第5話 覇王の下に集う四人の狼、そして…

大幅な変更がこの話はされていますから、前より内容が長くなっています。

相変わらず長文の話ばかりになってすみません。

零治達は荒野で遭遇した騎馬隊の軍勢に重要参考人として連行され、しばらくして街に到着し、近くにあった茶店を貸し切って尋問される事になったのだが……。



「なら、順にもう一度聞く。名前は?」



テーブルを挟み、向かいの席に青髪の女性が零治達に名を聞き、零治達は順に名乗る。



「音無零治」


「神威亜弥」


「奈々瑠です」


「臥々瑠だよ」


「では音無零治。お主の生国しょうごくは」


「国名が無いから西側としか答えようがないな……」


「……この国に来た目的は?」


「分からん」


「…………ここまで、どうやって来た?」


「それも分からんとしか言えんな。気が付いたらあの荒野に居たんでね」


「……華琳様」



青髪の女性は困惑した表情で総大将である金髪の少女に顔を向ける。



「埒があかないわね。春蘭」


「はっ! 拷問にでも掛けましょうか?」



現在に至ってるが、ご覧の通り話は全く進展しない状態だった。



「あのなぁ、拷問されようが何されようが、今言った以上の事は分からんし、知らんもんは知らん」


「本当に埒があかないわね」


「後は、こ奴らの持ち物ですが……」



机の上には零治が吸ってるタバコの箱とライター、亜弥が吸ってるタバコの箱とライター、彼女が雑記帳代わりに使ってる携帯端末、零治の投擲ナイフなどが並べられていた。

どれもこれも見た事のない物ばかり。中でもタバコの箱は一際目立っており、金髪の少女はおもむろに零治のタバコの箱に手を伸ばし、興味深げに観察をした。



「この箱は何なの? 随分上質な紙が使われているようだし、表面には見た事も無い文字が書かれてるし、中には筒状の棒が何本も入ってるけど……これにも紙が使われているわね……」


「タバコ……オレの国の嗜好品」


「嗜好品? どうやって使うの?」


「火を点けて煙を吸う……それだけ」


「そんな嗜好品、見た事も聞いた事も無いわね。そもそも貴方の国、西側のどこにあるのよ? おまけに国名が無いだなんて……」


「それについては……どう答えたものかな? なあ、亜弥……」


「そうですねぇ……」



零治と亜弥は自分達の置かれてる状況をある程度把握してるだけに返答に詰まってしまう。

何しろ相手は軍の関係者なのだ。実は未来から来ましたなんて説明してもまともに取り合ってくれるかどうか怪しい。

それを見た黒髪の女性がその態度に苛立って、怒りを露わにしながら乱暴に机を叩いて零治達に詰め寄る。



「貴様らぁ……! こちらが下手に出ていれば、話をはぐらかしおってぇ……!」


「いや、アンタは下手に出てないだろ」


「なんだと、貴様ぁっ!」


「はぁ……春蘭。いい加減になさい」


「……で、でもぉ」


「後さ、一つ頼みがあるんだが……」


「何?」


「こちらは名前を教えたんだ。いい加減そっちの名を教えてくれてもいいんじゃないのか? 今、アンタらが呼び合ってる名前は真名なんだろ?」


「あら。知らない国から来た割には、真名の事は知っているのね?」


「……その辺の事はオレが殺したあのクズ野郎から訊き出してたんでね」



その際、零治は亜弥にチラリと目配せをする。

もちろんこれは星達の事に他ならない。彼女達は軍関係者と接触したくないからあの場を早々に立ち去ったのだ。

ならばここは黙っておいてあげるのが、友好的な態度を取ってくれた彼女達へのせめてもの恩返しと言えるだろう。



(とりあえず星達の事は伏せておきますかね……)


「勝手に呼んじゃいけないんだろ? その名前……」


「当たり前だっ! 貴様ごときが華琳様の真名を呼んでみろ……。その瞬間、貴様の胴と首は離れているものと思えっ!」


(あぁ……やっぱメンドくせぇなぁ、この風習。考えた奴がもしもオレの目の前に居たら間違いなくブン殴ってるわ……)


「だからそろそろ名を教えてくれないか? でないと不便なんでね……」


「そういえばそうね。私の名は曹孟徳。それから彼女達は、夏侯惇と夏侯淵よ」


「ふんっ」


「…………」



曹操は丁寧に名乗り、夏侯惇は忌々しげに鼻を鳴らし、夏侯淵は黙ったまま零治達を見る。

その名を聞き、零治は思わず自分が知ってる歴史の知識をぽろっと口に出してしまう。



「ああ。牙門旗に書かれてる字を見てまさかとは思ってたが、やっぱ魏の曹操だったのか」


「………どういう事?」


「ん? どうかしたか?」


「……どうして貴方が、魏と言う名前を知っているの?」


「どうしても何も、魏の曹操といえば有名な話だろ?」



零治が何気なく口にした魏という言葉に曹操の表情が凍り付いていた。

それもそのはず、知られているはずがなかったからである。『魏』という単語を。

そういう意味で曹操は困惑しているのだが、零治は曹操の反応が今一つ理解できていないようなので亜弥が耳打ちをした。



「零治。もしかしたら魏はまだ建国されてないのでは? 確か基礎作りがされたのが『赤壁の戦い』の後でしたし……」


「あっ……」



零治は思わず間の抜けた声を出してしまい、『やっちまった』と表情に出す。

ただでさえ厄介な状況になっているというのに、まだ建国されてもいない国の名を口にしてしまったのだ。偶然で済ます事などできやしない。



「貴様、華琳様の名を呼び捨てにするでない! しかも、魏だの何だの、意味不明な事ばかり言いおって……!」


「春蘭。少し黙っていなさい」


「う……は、はい……」


「……信じられないわ」


「……華琳様?」



夏侯淵がどうしたのか言いたげな視線を曹操に向けるので、曹操は事情を説明し始める。



「魏と言うのはね、私が考えていた国の名前の候補の一つなのよ」


「……は?」


「どういう意味ですか……?」


「まだ春蘭にも秋蘭にも言っていないわ。近い内には言うつもりだったのだけれど……」



部屋の空気がどんどん冷えていき、曹操は零治達に射るような視線を向けていた。

もうこれは誤魔化しなどできない。少なくとも、いま目の前に居る曹操はまだ王ではないだろうが、それなりの地位には就いているはず。

そんな人物が考えていた国の名前を口にしたのだ。見方によっては、機密情報を零治は知っていたという事になるし、そういう意味では賊として見られる可能性もあるだろう。



「なあ、亜弥……」


「なんです……?」


「オレひょっとして……地雷を踏んだか?」


「それどころか、火を点けた花火を持って地雷原に突撃したのでは?」


「それを、どうして会ったばかりの貴方が知っているの! そして私が名乗った曹孟徳ではなく、操と言う名を知っていた理由も! 説明なさい!」


「まさかこやつら、五胡の妖術使いでは……!」


「華琳様! お下がりください! 魏の王となるべきお方が、妖術使いなどという怪しげな輩に近づいてはなりませぬ!」


(いきなり魏って使ってるじゃねぇか……)



どうも事態は零治達が予測していた事よりも悪い方向に流れたようで、夏候惇が腰に下げていた剣を抜刀して零治達に突き付けてきた。

賊どころか妖術使いとして見られるとは。いや、魔法が使える時点でその扱いもあながち間違いではないが。



「なんだよ。殺る気か……?」


「ちょっと!? 二人ともやめてください! ちゃんと説明しますから、荒事は勘弁してください!」



零治の眼に殺気が宿り、部屋に一触即発の空気が張り詰めたので、亜弥が慌てながら零治と夏侯惇の間に割って入り、二人を止め、事のいきさつを曹操達に説明する事にした。

というかそうしないと、この狭い空間で零治が流血沙汰を起こしかねないからだ。

そうなれば自分達は犯罪者、追われる身となるし、そうなったら元の世界に戻る方法を探すどころの話ではなくなる。


………


……



「……で、結局それは、どういう事なんだ?」



先程説明を聞いたにもかかわらず、夏侯惇が再び質問する。

というかそこまで複雑な説明はしていないはずなのに、なぜ理解できないのか亜弥は内心疑問に思ったが、それを口にしたら夏候惇が逆上するのは見え見えなので、亜弥はもう一度単刀直入に自分達の事を説明した。



「ですから、私達はこの世界で言う……未来から来た人間って事ですよ」


「……秋蘭。理解できた?」


「……ある程度は。しかし、にわかには信じがたい話ですな」


「我々も全てを信じてる訳ではありませんよ。ですが、そう考えないと辻褄が合わないんですよ」


「……ふむ」


「この時代の王朝は、漢王朝ですよね? 今の皇帝はよく憶えてませんが、一度新に滅ぼされかけて、そこから国を復興させた皇帝は光武帝でしたよね?」


「ええ。その辺りの知識はあるのね」


「流石は本の虫の歴史マニアだな」


「零治、貴方はいつも一言多いんですよ……。だいたい、最近の学校ならこの辺はテストの範囲内ですよ?」


「ケッ! あの世界で学校に行けるのは一部の上流階級の人間だけだろうが……」



学校という単語を聞いた零治は頬杖をつきながら吐き捨てるように言う。

別に零治は学校自体が嫌いな訳ではないが、彼は過去の生い立ちのせいで学校には通えていないし、軍で一兵士だった時も学校の出の人間に見下されていたためこんな態度を取っているのだ。



「まあ、そうですけど。昔は違ってたみたいですがね……」


「……学校?」



聞きなれない単語を耳にした曹操が首を傾げて訊くので、亜弥がその疑問に簡単に答えた。



「ええっと、みんなで集まり、様々な分野の勉強をする所……ですね」


「私塾の事?」


「まあ、そんなとこですね。……我々の居た世界より少し前の時代では、それを個人ではなく国が運営して、国民全員に義務として勉強させていたそうですよ」


「なるほど。最低限の学力を平均的に身に付けさせるためには、悪くない方法ね……」



曹操は感心したように頷いた。だが、今は学校に話をしてる訳ではないので、亜弥は話を本題に戻す。



「で、話は戻りますが、先程言った漢王朝の出来事は私達の世界では、二千年以上も昔の話なんですよ」


「……ふむ」



夏候惇は腕組みをしながら、納得したような納得していないような微妙な反応をして頷く。



「……お前、話を全く理解してないだろ?」


「……文句あるか」



零治の言葉が癪に障ったのか、またしても零治と夏候惇の間で睨み合いが発生してしまい、さっきと同じ状況になりかねないので亜弥が間に入って仲裁をした。



「二人ともケンカはやめてくださいよ。……では、例えばですが、夏侯惇殿」


「おう」


「貴方が、どこかわけの分からない場所に連れて行かれて、項羽と劉邦に会ったようなものですよ。後は、太公望とか始皇帝とかですかね」


「……はぁ? 項羽と劉邦と言えば遥か昔の人物だぞ! そんな昔の英傑に私が会えるものか。何を馬鹿な例えを……」


「だから、今のオレ達がそういう馬鹿げてる状態にあるんだよ」


「…………な、なんと」


「確かに、それならば……音無が華琳様の考えていた魏と言う国の名前を知っていた事も、説明が付くだろうな」


「だが……貴様らはどうやってそんな技を成し遂げたのだ。それこそ、五胡の妖術ではないか」


「それは分かりませんね。妖術ではありませんが、それに似た類の術は確かに使えますけど。どうしてこうなったのか、こっちが知りたいくらいですね」


「……南華老仙の言葉に、こんな話があるわ」


「なんだよ突然。なんかろうせん……?」


「南華老仙……荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだあと、目が覚める。ただ、それが果たして荘周が夢で蝶になっていたのか、蝶が夢を見て荘周になっていたのかは……誰にも証明できないの」


「あぁ、胡蝶の夢ですね」


「へぇ~……大した教養ね。それも学校と言うやつのおかげかしら?」


「いえ、私の場合は独学ですので」


「なんせ本の虫だからな」


「だから一言多いと言ってるでしょ!」



いい加減本の虫呼ばわりされるのに腹が立ってか、亜弥は零治をキッと睨み付けるが、零治はその視線をどこ吹く風と受け流して見せる。



「な、ならば華琳様は、我々はこ奴らの見ている夢の登場人物だと仰るのですか!」


「そうは言ってないわ。けれど私達の世界に、零治達が迷い込んできたのは事実、と考える事も出来ると言う事よ」


「は、はあ……」


「零治達が夢を介してこの世界に迷い込んだのか、こちらに居た零治達が夢の中で未来の話を学んできたのかは分からない。もちろん、私達にもね」


「……要するに、どういう事です?」


「華琳様にも分からないが、少なくともここに音無達が居る、と言う事だけは事実だ、と言う事だ」


「……うむぅ?」



曹操の説明の仕方が難しすぎるためか、夏候惇はひっきりなしに首を傾げるので見かねた夏侯淵が分かりやすく説明して見せたが、夏候惇の理解力ではこれでも難しいらしく、まだ首を傾げていた。

その姿が面白いのか、夏侯淵は楽しげな笑みを浮かべていた。



「それでも分からないなら諦めろ。華琳様にもお分かりにならない事を姉者が理解しようとしても、知恵熱が出るだけだぞ」


「むむむ……」


「春蘭。色々難し事を言ったけれど……ここに居る音無零治達は、天の国から来た遣いなのだそうよ」


「「「「…………はっ?」」」」



曹操がいきなりとんでもない発言をするので、零治達四人は素っ頓狂な声を出してしまう。



「なんと……。こんな風采の上がらない奴らが、天の遣いなのですか?」


「おい。いきなり何を言い出すんだ……」


「しかも夏侯惇は納得してるっぽいですし……」


「五胡の妖術使いや、未来から来たなんていう突拍子もない話をするよりは、そう説明した方が分かりやすくて済むのよ。貴方達もこれから自分の事を説明するときは、天の国から来たと、そう説明なさい」


「どっちも似たようなものだろうが……」



零治は半ば呆れた表情を曹操に向けた。

確かに曹操の言い分は零治にも理解できるが、現代人である零治から言わせれば天の国から来たという方がよっぽど現実離れをしている。むしろ未来から来たと説明する方がまだ現実味があると思えるくらいである。



「あら。妖術使いと呼ばれて、兵に槍で突き殺される方がマシ?」


「「「「…………天の遣いで良いです」」」」



自分達が槍で突き殺される姿でも想像したのか、零治達は口を揃えて頭を下げた。

ただでさえ訳の分からない状況に放り出されている身なのに、そんな惨たらしい最期など本意ではないのだ。



「さて。大きな疑問が解決した所で、もっと現実的な話をして良いか? 音無」


「ん? ……あぁ、その南華老仙の古書を盗んだ賊の話か?」


「そうよ。貴方達、確かにあの三人以外に賊は見なかったのよね」


「ああ」


「となると、やはり他にも仲間が居て、そいつらが持ち去ったと言う事でしょうか?」


「あの三人は持っていなかったし、その可能性は高いわね。秋蘭、また斥候を放って情報を集めさせておいてちょうだい」


「御意」



曹操と夏侯淵の会話をよそに、零治は亜弥に耳打ちをした。

曹操達は自分達の状況を理解してくれたし、敵対行動をするそぶりも見せない。

ならばこの状況を利用しない手は無いと零治は考えているのだ。



「亜弥……」


「何です?」


「……オレ達の置かれてるこの状況から考えると、黒狼達もこっちの世界に来てるんじゃないか?」


「確かに……その可能性は高いでしょうね……」


「なら、曹操達に捜してもらうとするか……」


「捜させてどうするんです?」


「決まってる。奴から情報を訊き出すのさ。黒狼は間違いなく、この世界について何か知ってるはずだ……」


「その前に殺し合いになると思うんですが……」


「なら、情報を訊き出してから殺すだけだ。どうせ奴らとは協力関係など結べやしないんだからな……」


「そうですね……」


「曹操」


「何かしら?」


「実は、アンタに捜してもらいたい人が居る」


「……それは構わないけど。まさか、タダでと言うつもりかしら?」


「そのつもりは無い。代わりにアンタ達の捜査に協力してやる。オレ達の事を好きに使ってくれて構わない……これでどうだ?」


「ふふ。いいわ。なら、貴方達の言う未来の知識とその武、私の覇業の助けとして存分に使わせてもらうわよ」


「ああ」


「それで、その捜してほしい人ってのはどんな奴なの?」


「三人組の男で、そいつらもオレ達と同じ世界の人間だ。服装がオレと同じだからすぐに分かるはずだ」


「そう。分かったわ。なら、捜させるように手配をしておくわ」


「ただし、一つだけ約束してほしい事がある……」


「約束?」


「その三人を絶対に味方に引き入れない事を約束しろ。そいつらとオレ達は……敵同士だからな……」


「……いいわ。約束しましょう」


「では交渉成立だな」


「ええ。なら、貴方達の部屋を用意させるわ。好きに使いなさい」


「ありがとう。助かる」


「ふふ……そうだわ。そういえば、貴方達の真名を聞いていなかったわね。教えてくれるかしら?」


「そうしてやりたい所だが、生憎オレ達に真名は無いんだが……」


「ん? どういう事だ?」



零治の返答に、夏侯淵がよく分からないという表情になる。

これも文化の違いならではの光景なのだろう。零治はその事に内心溜息を吐きながらその事を説明した。



「だから、オレ達の世界に真名は無いんだよ。……強いて言うなら、下の名の零治が真名に該当するんだが……」


「……っ!」


「な、なんと……」


「むぅ……」


「……またこの反応かよ」


「また?」


「いや、何でもない……」



曹操達の反応が星達と完全に同じだったため、零治は思わず口を滑らせてしまい、曹操が首を傾げて危うく星達との接触が露呈しそうになったので、零治は適当な言葉を並べ立てて誤魔化した。



「ならば貴様らは初対面の我々に、いきなり真名を呼ばせる事を許していたと……そういう事か?」



夏侯惇が驚きの表情で訊いてきたので、零治はそこまで驚く事なのかと表情に出しながらも淡々と夏候惇の疑問に答えてみせる。




「あぁ? まあそっちの流儀に従うなら、そうなるな」


「むむむ……」


「そうなのか……」


「そう……。なら、こちらも貴方達に真名を預けないと不公平でしょうね」


「あん?」


「零治。そして、貴方達三人も私の事は華琳と呼んでいいわ」


「いいのか?」


「私が良いと言ってるのだから、構わないわ。……貴方達も良いわね」


「で、ですが、華琳様……っ! こんなどこの馬の骨とも知れぬ奴らに、神聖なる華琳様の真名をお許しになるなど……!」


「なら、どうするの? 春蘭は零治達の名を呼びたいとき、ずっと貴様で通すつもり?」


「アレとか犬とかお前でいいでしょうに!」


「それは流石に失礼よ。それに……」



華琳はそこで言葉を区切り、奈々瑠と臥々瑠にチラリと意味深な視線を向け。



「こんな可愛らしい娘達を名前で呼んであげないなんて可哀そうじゃない。ねえ、貴方達もそう思うでしょう?」



華琳は妖艶な笑みを浮かべながら声をかけ、妖しい色気を放つ華琳の姿を前にして奈々瑠と臥々瑠は本能的な危機を察知したのか、ビクッと肩を震わせた。



「ねえ、奈々瑠。この人……なんか怖い」


「そうね……なんか身の危険を感じるわ」


「亜弥……」


「何ですか……?」


「コイツ……ひょっとしてレズなんじゃねぇのか……?」


「奇遇ですね。私もそう思っていたところですよ……」


「って事は、お前も危ないんじゃないか?」


「縁起でもない事を言わないでください。私にそっちの気はありませんよ……」



華琳の新たな一面を目の当たりにし、零治と亜弥は頭を抱えたい気分だった。

史実の曹操が同性愛者だったなんて話は聞いた事が無いし、考えたくもないだろう。なにせ史実の曹操は『男』なのだから。



「それで、秋蘭はどう?」


「ふむ……承知しましたとお応えしましょう」


「秋蘭っ! お前まで……!」


「私は華琳様の決めた事なら従うまでだ。姉者は違うのか?」


「ぐ……っ。い、いや、私だって、だな……! そうだ、こいつらの名前が本当に真名かどうかなど、分からぬだろう……」


「そんなつまらない嘘を吐いてるのなら、即刻首を刎ねるまでよ」


「……そんな理由で首を刎ねられたら、死んでも死にきれんわ」


「貴方が真名の意味をどう捉えてるのかは知らないけれど、私達にとって、真名というものはそれだけ重いと言う事よ」


(やれやれ。昔の人間の考えはオレには理解できんわ。しかし、少しは考えを改めるべきなのかもな……)


「だから、もしその存在を偽ってるのなら……ふむ。今謝るなら、百叩きで許してあげましょう。どうする?」



華琳は挑発的な笑みを浮かべて零治に問いかけ、それを見た零治も不敵な笑みを浮かべながら返答する。



「フッ……。どうするも何も、オレ達の名はコレ一つしか無い。それに関しては、首でもなんでも賭けてやるさ」


「結構。なら、これから私の事は華琳と呼びなさい。良いわね、春蘭も」


「は、はぁ……」


「なら、これからよろしくな。華琳」


「ええ。こちらこそ」



ひとまず名前に関する事も解決したようなので、零治は友好の印として右手を差し出し、華琳も同じく右手を差し出して二人は握手を交わした。



「さて、話が纏まった所で悪いんだけど、実はもう一つ貴方達に質問があるのだけど」


「まだ何かあるのかよ。これ以上オレ達から何が訊きたいんだ……」



先程まで散々質問攻めにあっていたためか、零治は嫌そうな顔になる。

零治としては色々ありすぎたため、いい加減休みたいのが本音だし、答えれる事には全て答えたつもりなのだ。

零治のその姿に華琳は思わず苦笑しながら零治の事をなだめる。



「そんな嫌そうな顔をしないでちょうだい。個人的な事だからすぐに済むわよ」


「はいはい。で? 何が訊きたいんだ?」


「ええ。その二人の事なんだけど……」



華琳が奈々瑠と臥々瑠の二人に視線を向けながら零治に訊く。

奈々瑠と臥々瑠はこの世界の人間から見れば異様な姿をしているだろう。だから零治も華琳が何を訊きたいのかはある程度の予想が出来ていたので、華琳が考えているであろう疑問を口にして見せた。



「……ひょっとして頭に付いてる耳の事か」


「ええ。話してる間もずっと気になっていたのよ。付け耳にしては随分良く出来てるし……実際の所どうなの?」



やはりこの事だったかと零治は内心思いながらどうしたものかと考えるように後頭部をポリポリと掻くが、隠しても意味など無いので長い間を置き、率直に答えて見せた。



「…………本物だ」


「嘘っ!?」


「な、なぬっ!?」


「むう……っ!?」


「…………流石にもう見飽きたぞ」


「零治。この話は驚くなって方が無理でしょう……」


「まあ、確かに……」


「「「…………」」」



華琳達は零治の口からとんでもない答えが返って来たため絶句しており、眼を点にしたまま奈々瑠と臥々瑠の頭にある犬耳を凝視していた。

しばらくして我に返った春蘭がカクカクとした動作で首を動かし、零治に視線を向ける。



「え~と……音無……」


「なんだよ?」


「今のは……冗談……だよな……?」


「生憎と冗談ではないぞ」


「う~む。しかし音無……流石にこの話は信られないのだが……」



と、秋蘭も奈々瑠と臥々瑠の頭にある犬耳に疑惑の視線を向けながら、姉の春蘭の言葉に同意する。

話の内容が内容なだけに、三人とも信じられないようだ。



「……そうね。人間の頭に犬耳が付いてるなんて、どう考えても普通じゃないもの。何か証明できるものはあるの?」


「はぁ……。そんなに信じられないのなら、触って確かめてみろよ……」


「ちょっと兄さん!? 勝手な事を言わないでくださいよ!」


「そうだよ! アタシは嫌だよ! 兄さんと姉さん以外の人に耳を触られるのは!」


「奈々瑠、臥々瑠。オレ達の状況を考えると隠し事をしてもロクな事にならんのは分かるだろ? 嫌かもしれないが、ここは我慢してくれないか?」


「分かりました……」


「は~い……」



奈々瑠と臥々瑠は会ったばかりの人間に耳を触られるのは嫌だと思っているが、この状況は理解しているし、零治の言いたい事も分かる。

それに本物だと証明するには触らせる以外に方法は無いので、二人は零治の説得のに応じてしぶしぶ触らせるのを了承した。



「あら、触ってもいいのかしら?」


「ああ。ただし手早く済ませろよ。この二人はオレ達以外の人間に、耳と尻尾を触られるのを極度に嫌ってるからな」


「えっ? この二人って尻尾もついてるの……?」


「なんだよ、気付いてなかったのか? ほら……腰の辺りから、髪とは別に毛が垂れ下がってるのが見えるだろ?」



零治は華琳に奈々瑠と臥々瑠の腰付近を見るよう促し、華琳は席を立って側面に回り込み、二人の腰の辺りを注視して髪の毛とは別にフサフサした毛並みをした頭髪と同色の毛の束を見つけた。



「……確かに……それらしき物があるわね……」


「それより、早く用件を済ませてくれないか?」


「え、ええ……。それじゃあ……奈々瑠だったわね? その耳……少し触らせてもらうわね」


「はい……」



華琳は奈々瑠の頭にある犬耳に恐る恐る手を伸ばし、指先で犬耳の先端付近を軽くムギュッと摘まんでみた。



「ひゃっ!? く、くすぐったい……っ!」


「……っ!?」



犬耳を摘ままれた奈々瑠はなぜか頬を赤らめながら身をよじり、艶のある声を出す。その姿はなんか妙に色っぽかった。

華琳はその反応に興味をそそられ、指をさらに動かし犬耳をいじりだす。



「か、華琳さん。もうそのくらいで……や、やめてください……っ!」


「えっ? あ、あぁ、ごめんなさい」


「ど、どうでしたか? 華琳様……」


「……本物だわ」



華琳は自分の手を見つめながら信じられないという表情で春蘭の問いに答える。

横で話を聞いていた秋蘭も信じられないという表情で華琳に視線を向けていた。



「華琳様……それは、確かなのですか……?」


「私も未だに信じられないけど、ちゃんと体温があったし脈も打っていたわ。作り物じゃないのは間違いないわ……」


「…………音無」


「なんだよ、秋蘭」


「その……私も……触って良いだろうか……?」


「それはオレじゃなく、コイツらに訊いてくれ」


「…………」


「じゃあ……アタシのを触って良いよ……」



あまりにも秋蘭が興味深げな視線を向けてくるので、臥々瑠が諦めたように溜息を一つ吐き、秋蘭の前に進み出てあげた。



「う、うむ……すまんな。では、失礼して……」



秋蘭は臥々瑠に詫びの言葉をかけ、恐る恐るの手つきで臥々瑠の犬耳にそっと右手を伸ばし、指先で軽く摘まんでみた。



「ひゃうっ!?」


「む、むう……これは……!」



華琳同様に興味をそそられた秋蘭は指を更に動かすが、つい力を入れ過ぎてしまったようで、臥々瑠が痛がりながらペチペチと秋蘭の手を叩き、離せと訴えかける。



「ちょっ!? 秋蘭! 痛い! 痛いってばっ!」


「あ、ああ。すまない……!」



臥々瑠が悲痛な声で訴えかけてきたので、秋蘭は慌てて手を離し、臥々瑠は犬耳を両手で押さえながら涙目で秋蘭に恨めしげな視線を向けていた。



「う~……! 酷いよ。触るんならもっと優しくしてよ……っ!」


「うむ。本当にすまなかった……」


「で……? どうだったんだ、秋蘭?」


「うむ……確かに……本物のようだ……」


「な、なら私も……」


「え~~!?」


「もう嫌ですよ!」



興味心を刺激され、何より春蘭だけがまだ触れていないため流れ的に次は自分の番かと言わんばかりに右手を伸ばすが奈々瑠と臥々瑠は揃って犬耳を手で押さえながらこれを拒否した。



「ちょっと待てぇい! 華琳様と秋蘭は触れたのに、私だけ触れないのは不公平ではないか!」


「もう。ちょっとだけですよ……」



どうしても触りたいのか春蘭がなお食い下がって来るし、春蘭の言い分も分からなくはない。

仕方ないので奈々瑠が諦めたように溜息を吐き、口を尖らせながら春蘭の前にしぶしぶ進み出てあげた。



「お、おう! では、失礼して……」


「ひゃっ!?」


「お、おおっ!? こ、これは……!」



華琳と秋蘭同様興味をそそられ、奈々瑠の犬耳を摘まんでいる春蘭の右手の指の動きが増す。が……。



「しゅ、春蘭さん……! もうそのくらいで……」



奈々瑠の声が聞こえないのか、春蘭は恍惚な表情を浮かべ奈々瑠の犬耳を触り続けるので、奈々瑠は声を張り上げながら春蘭の右手の甲をペチペチと叩いてやめるように訴えかけた。



「春蘭さんっ! ホントもうやめてくださいよ!」


「姉者。いい加減やめてやれ。奈々瑠が嫌がってるじゃないか」


「へっ?」



秋蘭の一声で我に返った春蘭が指の動きを止めたので、奈々瑠は素早く春蘭から離れ、零治の元に駆け寄り、春蘭を睨み付けながら怒りを露わにする。



「もう! 酷いですよ! やめてって言ったのに……!」


「あう……その……すまない。あまりにも触り心地が良かったもので、つい……」


「春蘭さんには、もう二度と触らせませんからねっ!」


「あらあら。すっかり嫌われちゃったみたいじゃない。春蘭?」


「か、華琳様~……」


「ふふ。それにしても……」



華琳はまたしても妖艶な笑みを浮かべながら奈々瑠達を見つめる。



「さっきの貴方達の反応……とても可愛らしかったわ。思わず閨で可愛がってあげたくなるわ」


「っ!?」


「ほえ?」



奈々瑠は華琳が何を言ってるか即座に理解したのか、顔が真っ赤になる。

対する臥々瑠は華琳の言葉の意味が理解できず、首を傾げるだけだった。



「ねえ、奈々瑠。ねやって何の事~?」


「ア、アンタは知らなくていいのよっ!」


「ブ~。いいじゃん。教えてよ~」


「あら? それじゃあ今から私が教えてあげましょうか?」



これ以上は奈々瑠と臥々瑠の衛生教育上よろしくないと零治は判断し、すかさず華琳達の会話に割って入った。



「華琳……」


「ん? 何かしら?」


「この二人はオレ達にとって妹のような存在だ。妙な真似をしたらタダじゃおかないからな……」


「あらあら。怖いお兄様だこと」


「ほっ……」


「ん~?」


(なんか……私生活面にもの凄く不安を感じるのは私だけでしょうか……?)



華琳達のやり取りを前にし、亜弥は内心この先の生活面に非常に不安を感じていた。奈々瑠と臥々瑠の貞操の危機もさる事ながら、そういう意味では自分も危ないと言えるだろう。


………


……



ここは零治達が居た場所とは別の荒野。そしてそこに立つ三人の人影、黒狼、金狼、銀狼。

例によって、金狼と銀狼が今の状況について怒鳴り散らしながら言い争いをしていた。



「だから、ここはどこだって訊いてんだろうが!」


「さっきから何度も言ってるだろ! 分からないって!」


「何だよ。使えねぇ奴だな……」


「……自分の頭で考えようとせず、人を殺す事しか能の無い君にだけは言われたくないね」


「んだとぉ!? テメェ……殺る気かぁ!」


「面白い。白狼を殺り損なって丁度イライラしてた所なんだよ。憂さ晴らしに付き合ってあげるよ……」


「上等だぁ……」


「貴様ら…………いい加減にしろっ!!」


「「っ!?」」



それまで終始無言で両腕を組みながら遥か先の地平線を眺めていた黒狼がいきなり怒声を上げたので、金狼と銀狼の二人はビクリと肩を震わせて硬直し、恐る恐るの様子で黒狼の方へと視線を向けた。



「な、何だよ……黒狼……。そこまで怒鳴らなくてもいいじゃねぇか……」


「そ、そうだよ。だいたい、僕とコイツがいがみ合うのはいつもの事じゃないか……」


「もう一度だけ言うぞ。私は今すこぶる機嫌が悪い。死にたくなければ黙っていろ……」


「「…………」」



普段から感情を表に出すようなことをしない黒狼の豹変ぶりに金狼と銀狼はうろたえながら黒狼を刺激しないようになだめるが、その黒狼はというとますます険しい顔つきになり、表情にも影が差してこちらに射るような視線を向けてきたので、金狼と銀狼の二人は押し黙る事しかできなかった。



「おい、金狼。お前、黒狼があそこまで怒った姿、見た事あるか……?」


「いや……僕は一度も。……君は?」


「いや、オレも無い……」



金狼と銀狼はチラリと黒狼の横姿に視線を向け、様子を窺う。

その後ろ姿からは背筋が凍りつきそうな程の怒りと殺気がヒシヒシと伝わってきて、黒狼は歯ぎしりをしながら独り言を忌々しげにブツブツと呟いていた。



「忌々しい……後少しで私の望みが成就していたかもしれないというのに……!」


「何か喋ってるみたいだけど……ここからじゃよく聞こえないな……」


「おい、やめとこうぜ……。これ以上近づいたらマジで殺されそうだぞ……」


「そうだね……」


「ふん! まあいい。……恐らく影狼……それにあの男もこちら側に来ているのだろうな。まだ希望はある。まずは奴を探し出すとするか……」


「あのぉ~、すみません」


「ん……?」



今まで自分達の事に頭が一杯だったため、背後に何者かが近づいているのに気付いていなかったのだろうか。

後ろから誰かが声をかけてきたのでそちらに振り返ってみれば三人組の女性が立っていたのだ。



「…………」


「えーっと……その……」



黒狼の視線に気圧され、声の主と思われる栗色の頭髪の女性がどう話を切り出したものかと言葉に詰まってしまう。

黒狼は三人の女性を観察するように見つめる。



(コイツらは、関羽に張飛か。……だが、中央に立ってるあの女は誰だ? 前の外史にはあんな奴は居なかったはずだが……。まあいい。とりあえず話をしてみるか)



この様子では栗色の頭髪をした女性はいつまでも話を切り出せないかもしれない。

代表者として黒狼は数歩前に進み出て、声をかけてきた栗色の頭髪の女性に声をかけた。



「私達に何か用か?」


「あの……貴方達はもしかして、天の御遣い様ですか?」


「何……?」


「はっ?」


「……なに言ってんだ? この女」



意を決して口を開いた女性から思いもよらぬ言葉が出て来たので、三者三様の反応をする。



「…………とりあえず、お前達の名を聞かせてくれるか? でないと何かと不便なのでな」


「あっ! ごめんなさい。私の名は劉備。字は玄徳です」


「我が名は関羽。字は雲長」


「鈴々は張飛なのだ!」



三人の女性は黒狼達にそれぞれ自己紹介をし、それを聞いた金狼は驚きの表情を浮かべながら自分の世界の歴史の知識を口にした。



「劉備、関羽、張飛だって!? まさか、あの女達が三国志の登場人物だっていうのか!?」


「何だよ? 三国志って?」


「三国志も知らないの? これだから無教養の人間は……」


「んだとぉ!?」


「貴様ら……黙ってろ。話が先に進まんだろ」



金狼がバカにしたような視線を銀狼に向けるので、それに銀狼が過剰に反応し、再び両者が睨み合いを始めるので、劉備と名乗った女性がおずおずと手を軽く上げながら困ったような様子で黒狼に声をかけた。



「あのぉ~……」


「ん? あぁ、すまなかった。名乗り遅れたな。私は黒狼。後ろに居るあのバカどもは、金狼、銀狼だ……」


「けっ!」


「黒狼。僕をコイツと同列視しないでよ……」


「それで、劉備よ。先程の話だが……」


「は、はいっ!」


「ここでは落ち着いて話も出来んから、どこかに街があるのならそこで詳しい話をしたいのだが……」


「あっ、そうですね。じゃあ、私達について来てください」


「ちょっと、桃香様!」



横で話を聞いていた関羽が勝手に話を進めてしまっていたので、慌てて劉備の右手をグイッと引っ張って黒狼から引き離し、小声で耳打ちをした。



「どうしたの? 愛紗ちゃん」


「どうしたではありません! 桃香様、この男はどうも危険な気がするのですが……」


「え~。そうかなぁ?」


「鈴々もそう思うのだ。特にあの銀狼って奴はいかにも悪そうな奴に見えるのだ」


「もう。ダメだよ二人とも。人を見かけだけで判断するのはよくないよ。黒狼さん達はいい人だよ! 絶対!」


「は、はぁ……」


「どうかしたか……?」


「いえ、何でもないですよ。街まで行くんでしたよね? なら、私達について来てください!」


「フッ……。貴様ら、行くぞ……」


「へいへい……」


「…………」



意気揚々とした姿で踵を返して歩き出す劉備、そしてその姿に呆れた様子で続く関羽と張飛の後を追うように黒狼達は歩き出す。

その時、黒狼は氷のような冷たい笑みを浮かべながら一人ブツブツと意味深な事を口にした。



「劉備か……まあいい。今しばらくだけこの外史の茶番劇に付き合ってやるとしよう。それにしても私が天の御遣いとはな……。影狼達も恐らくどこかでそのように呼ばれて。クックック…………御遣い同士の殺し合い、それもまた一興か……」


「……あにゃ? 桃香お姉ちゃん! あそこに人が倒れているのだ!」


「えっ!? あ、ちょっと、鈴々ちゃん!」



不意に張飛が足を止め、人が倒れている場所を指さし、一目散にその場を目指して走りだすので、劉備も慌てながらそれに続いて走り出した。



「ちょっ……! まったく! 二人ともどうしてああも猪突なのだ!」



二人を止める間もなく取り残された関羽は呆れたように毒づきながら劉備達の後を追っていく。

状況が未だ把握できていない黒狼達は完全にその場に放置されてしまった。



「……なあ。これってオレ達も行かなきゃなんねぇのか……?」


「しかないだろ。ここがどこなのか分からない以上は、彼女達だけが頼りなんだからさ……」


「そういう事だ。行くぞ……」


「へいへい……」



その場に取り残された黒狼達もこの場でジッとしている訳にもいかないので、やむを得ず劉備達の後に続いて走り出す。



「あやー……変なのが居るよー?」


「男の人だね。私と同じぐらいの歳かなぁ?」


「二人とも離れて。まだこの者が何者なのか分かっていないのですから」



劉備達が到着した場所には、年齢は十七か十八ぐらいと思われる青年が倒れている、というか何も無い荒野のど真ん中で気持ちよさそうに寝ていた。

服装から見て学生のようで、学校の制服であるポリエステル製の白い上着がキラキラと日の光を反射させていた。

劉備達が興味深げに青年を観察している中、後から続いた黒狼達も合流してくる。



「……ったく。一体何が居たんだ……って、何だこのガキは……?」


「……見た所学生のようだけど。こんな制服の学校なんか西側にあったかな?」


「っ!? この男は……っ!」



黒狼は青年に見覚えがあるのか、驚きの表情を浮かべる。

と、その時、周りが騒がしく感じたのか、青年が意識を取り戻して気怠そうにその場からムクリと起き上がる。



「んん……うーん……」



青年は上半身だけ起こして、眼をごしごしと擦り、寝惚けた眼で首を左右にゆっくりと動かして周りに視線をやり、不意に劉備と眼が合う。



「…………」



起きたらいきなり眼の前に綺麗な女の子が居た事に青年は言葉を失い、それと同時に自分がいま居る場所が何も無い、ただ乾いた風が吹き付けるだけの果てしのない荒野のど真ん中だという事に唖然としてしまう。



「……ここ、どこ?」


「どうやらこの状況に巻き込まれたのは僕達だけじゃないようだね。これは興味深いや」


「そうだな。とりあえず話を訊く価値はあるかもしれねぇな」



金狼と銀狼は自分達の置かれている状況に見覚えのない青年が巻き込まれた事に興味心を抱く。

だがただ一人、黒狼だけはそれどころではなかった。彼は眼の前に居る青年が、一時たりとも忘れる事のない人物だったのだから。



(コイツは……北郷一刀! 奴もこちら側に来ていたのか!? ……この外史の状況を把握するためにも、一刻も早くあの男を捜しだす必要があるな……)



劉備から事情を聴いている青年、名は北郷一刀。

黒狼は一刀の顔をしばらく見つめた後、ギュッと両手を握りしめ天を仰いだ。

その胸中に抱く理想を実現するために、雲一つ無い晴れ模様の青空。ただその一点だけを見つめて。

作者「御覧の通りだ。この話から大きな変更がある」


零治「それは見れば分かる。登場人物が一人増えたな」


亜弥「ええ。まさか原作主人公を出すとは思いませんでしたよ」


奈々瑠「で、どういった理由で出したんですか?」


作者「ここで言うつもりはないぞ。まあ、あんまり大した扱いは出来ないと思うがね」


臥々瑠「仮にも原作の主人公なのに、おまけ扱いなの……?」


作者「おまけと言うか……ネタ的な?」


零治「どっちも同じなようなもんだろうが……」


作者「まあまあ、そう言うなよ。この小説の主役はあくまで我らが音無様なんだからさ!」


零治「あぁ? ……お、おうよ。当然だろう……」


奈々瑠「あっ、兄さん、なんだか嬉しそう」


臥々瑠「ホントだ。珍しー」

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