第2話 古の世界
蛇足になってしまうかもしれませんが、もし誤字や脱字があった場合、指摘していただけると嬉しいです。
私もチェックは入れてますが、それでもやはり見落としてしまう場合が多々あったりしますのでお願いします。
この地は、辺りには何も存在せず、ただ果てしない平原が続くだけの広大な荒野。
空は晴天が広がる雲一つ無い青空だというのに、その空の中を四つの流星が流れ落ちた。
乾いた風が吹き付ける中その地に佇む、全身に鎧を纏って完全武装をし、カールのかかったツインテールのヘアスタイルをした金髪の少女が丁度空を見上げており、その四つの流星が眼に映ったので誰に言うのでもなく呟いた。
「……流れ星? それも四つも? 不吉ね……」
「……様! 出立の準備が整いました!」
「……様? どうかなさいましたか?」
そこへ少女の従者と思われる二人の女性が現れ、その内の一人、黒髪の長髪を全て後ろに下ろして出している額が特徴的で、少女同様に鎧を身に纏った女性が何かの準備が終えた事を力強く声を発して報せるが、少女の耳には届いておらず、未だに怪訝な表情で空を見上げていたので、もう一人の女性、黒髪の女性と酷似した鎧を身に纏い、青髪のショートヘアースタイルをし、右眼が前髪で隠れた女性が何事かと尋ねる。
「今、流れ星が見えたのよ。それも四つ同時に」
「四つの流れ星、ですか? こんな昼間に」
黒髪の女性が首を傾げ、不思議そうに少女と同様に空を見上げる。
だが空は見渡す限りの青空。その上いまの時間帯は真っ昼間で星などどこにも出ていない。どう考えても流星が見えるとは思えない空模様だ。
「あまり吉兆とは思えませんね。出立を伸ばしましょうか?」
「吉と出るか凶と出るかは己次第でしょう。予定通り出立するわ」
「承知いたしました」
「総員、騎乗! 騎乗っ!」
青髪の女性は恭しく一礼し、続いて黒髪の女性が後方に控えている大勢の兵士達に向かって力強く声を発し、鎧を身に着け、剣や槍などで完全武装した兵士達は慌ただしく動きだし、全員が素早く馬に乗り出撃体勢を整えた。
そして最後に、少女と二人の女性も素早く馬に跨り、これから向かう場所がある方角の地平線に鋭い眼光を向ける。
「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても取り戻すわよ! ……出撃!」
少女の号令と共に全員が馬に鞭を打ち、鞭を打たれた馬はいななき声を上げながら大きく持ち上げた前足を二度、三度と空中で動かし、大量の砂煙を巻き上げながら騎馬隊で編成された軍勢が一斉に走り出し、果てしない荒野の中を駆け抜けて行った。
………
……
…
「くっ……うぅ……。オレは……生きてるのか?」
黒狼との激しい闘いの最中に突如として自分達に襲い掛かった謎の現象のせいで意識を失っていた影狼は意識を取り戻し、ゆっくりと両眼を開いた。
次第に眼の焦点が合いだし、大地に照り付ける太陽の光が眼に射し込んできたので思わず影狼は眼を二、三回瞬かせる。
「青……空? ここは……外か? オレは確か黒狼と殺りあって、突然制御室が光に包まれて、それから……ダメだ。そこから先の記憶が無い。とにかく状況を確認しないと……」
影狼は全身に鉛を流し込まれたのではないかと思ってしまうほど重くなった身体を起こして、フラフラとその場から立ち上がり辺りを見渡す。その視線の先にあったものは……。
「なっ!?」
影狼はその場の光景を見て言葉を失い、唖然とした。
そこは誰一人居ない、見渡すかぎり荒野が続くだけの平原だったのだ。
「なんだこれは!? どこだよここは!? ……ハッ! そうだっ! 白狼達は!?」
自分が置かれている今の状況も疑問ではあるが、いま最優先で確認するべき事、それは白狼達の安否の確認だ。
なぜ自分はこんな荒野のど真ん中で気絶していたのかは分からないが、自分がいま置かれている状況から考えて、あの場に居た白狼達も同じ状況に置かれている可能性は極めて高いだろう。
「居たっ!」
周りに視線を走らせれば、案の定自分と同じように荒野のど真ん中で意識を失い、地面に横たわっている白狼達の姿が確認できた。
幸いな事にこの場には敵と呼べる人物、黒狼達の姿は無く、周囲には人の気配は無いし身を隠せれそうな遮蔽物も存在していない。
だがそれでも油断は出来ない。影狼は周囲に気を配りながら倒れている白狼達の下まで駆け寄り、しゃがみ込んで身体を揺さぶりながら全員に声をかけた。
「おいっ! 白狼! 奈々瑠! 臥々瑠! 大丈夫か!?」
「うっ……う~ん……影……狼……?」
「うん……あ……れ……兄……さん?」
「うにゃ……兄さん……もう食べられないよ……」
「何寝ぼけたこと言ってんだ、臥々瑠! 起きろっ!」
白狼と奈々瑠はすぐに意識を取り戻して頭を手で押さえながらゆっくりと起き上がるが、臥々瑠だけは夢の世界にでも浸っているのか、だらしなく表情を緩めながら寝言を抜かしていたので、影狼は臥々瑠の頭をコツンと小突いた。
本人はそんなに力を入れたつもりは無いのだろうが、臥々瑠は堪らず頭部を抑えながらその場から飛び起きる。
「痛っ!? ……あれ? 兄さん?」
「起きたか?」
「うん……おはよ」
「何がおはようだ……ったく。全員無事みたいだな」
白狼達には特に目立った外傷などは無く、怪我はしていない様子だ。
強いて言うなら何の整備もされていない荒野に横たわり、砂埃の混じった風に吹かれていたせいで衣服がや髪が汚れているぐらいだ。
だがそれは些細な事で気にするほどではない。影狼は三人の無事が確認できたので安堵の表情を浮かべた。
「三人とも動けるか?」
「えぇ……なんとか。しかし、一体何があったんです? 叡智の城の制御室が光に包まれた所までは憶えているんですが……」
「それについては口で説明するより、周りを見た方が早い」
「周りを?」
三人は影狼に促されその場からフラフラと立ち上がって辺りを見回し、白狼と奈々瑠は目の前に広がる光景に言葉を失ってしまう。
そしてその表情は、ここは一体どこなのだと語っていた。
「……兄さん」
「何だ?」
臥々瑠はポカンとした表情で影狼に尋ねる。
まあ、この時点で何が訊きたいかなど考えるまでも無いが。
「ここ……どこ?」
「分からん」
「分からんって……貴方……」
影狼は臥々瑠の問いに即答するが、その態度に白狼が呆れた表情を向ける。
「分からんもんは分からん。そもそもこんな景色は今まで見た事がない。という訳で白狼、頼む」
「はいはい。……あぁ、それと」
「ん?」
「もうお互いにコードネームで呼び合うのはやめませんか? 私達はもう五色狼の人間じゃないんですから」
「まあ確かに……」
「では、これから私は貴方の事を零治と呼ばせてもらいますね。その代わり、貴方も私の事をちゃんと本名で呼んでくださいね」
「分かったよ、亜弥……これでいいか?」
「ええ。……で、零治、一つ確認したい事があるんですが……」
「あん? なんだよ?」
「叡智の城はどこにあるんですか?」
「はあ? どこってそんなの……」
なぜそんな分かりきった事を訊くのだと思いながら零治は周囲に視線を走らせた。
と言うのも、叡智の城はとても巨大な建造物であると同時に文字通り大陸のど真ん中に存在している物なのだ。
つまり、自分達がどこに居ようと叡智の城は確認できるのだ。
そのはずだったのだが……。
「ん? 見当たらない……だとっ!?」
「ええ。さっきからずっと気になってたんですよ。叡智の城は大陸のどの位置からでも見える程の巨大な建造物です。それがどうして見当たらないのか疑問に思いましてね……」
「奈々瑠、臥々瑠、叡智の城からの魔力波は感じるか!?」
そんなはずはない。きっと何かしらの理由で視認できなくなっているだけだ。
ならば別の方法で捜せばいい。叡智の城は機械仕掛けの建物であると同時に魔法も動力源として利用している。
奈々瑠と臥々瑠は魔法を使う事は出来ないが、魔力を感じ取る事は出来る。それが微弱なものであろうとだ。
叡智の城から発せられている魔力を二人に探知させれば済むだけの話。しかし頼みの綱である奈々瑠と臥々瑠の表情は零治が抱く期待に応えてくれるものではなかった。
「それが……さっきからずっと調べてるんですが……」
「おい……まさか……」
「うん……兄さんの思ってる通りだよ。まったく感じないの……」
「なん……だと……っ!?」
零治は衝撃を受けた。叡智の城の魔力波が感じない、それは叡智の城が存在してない事を意味するからだ。
ただでさえ置かれている今の状況についていけていないというのに、ここに来て自分達がもっともよく知っている物が存在していないなどとは。
零治はますます訳が分からなくなってしまった。
「一体どうなってるんだ……」
「零治、これはあくまで仮説なんですが……もしかしたら、今私達が居るこの場所は別の世界なんじゃ……」
「はあ!? おいおい、いくらなんでもそれは……」
あり得ないと零治は言おうとしたが、亜弥はそれを手で制止する。
「貴方の言いたい事は分かります。ですがそれだと話の辻褄が合うんですよ。私も信じたくはありませんがね……」
「うーん……」
零治は腕を組みながら唸り、自分の足元を睨み付け考え込む仕草をする。
それとはお構いなしに亜弥は自分の考えを更に零治に聞かせる。
「私達はつい先程まで叡智の城の制御室で黒狼達と戦っていました。ですが、突然部屋が光に包まれ私達はそこで意識を失った。次にこんな見た事もない場所に放り出され気絶していた……」
「そして、極め付けは大陸のどの位置からでも見えるはずの叡智の城が見当たらない、魔力波が感じられない事……か」
「そうです……」
「……ん? まてよ。確か黒狼が……」
地面と睨めっこをしていた零治は何かを思い出したようにふと顔を上げた。
「ん? 黒狼がどうしたんです?」
「オレが意識を失う直前に気になる事を言っていたのを思い出したんだ」
「気になる事? なんです?」
「確か……『外史』と……」
「……外史。確か正式に採用されていない歴史の事……でしたよね、姉さん」
「ええ。しかし、外史ですか……確かに気になりますね」
「ああ……」
「まあ、ここで考えても何も始まりません。まずは情報を集めなければ」
「それはそうだが……しかしどうする? ここがどこかも分からないから、どっちに行けばいいかも判断出来んぞ……」
「問題はそこなんですよねぇ。せめて人が居ればいいんですが……」
零治と亜弥が行動方針について話し合っているその時、不意に何者かが背後から声をかけてきた。
「よお、兄ちゃん達」
「あん?」
突然声をかけられ、零治達は声がした方向へ振り向く。その視線の先に居たのは。
「へっへっへ。兄ちゃん達、珍しい服着てんじゃねぇか」
「アニキ、それにコイツら珍しい剣も持ってますぜ。売ればきっといい金になりますぜ」
「そ、それに女も居る。か、可愛いんだな」
振り向くとそこに居たのはいかにもガラの悪い三人組の男、中肉中背の髭面の中年男、尖った鼻が特徴的な背の低い子男、やたら太っているが、筋肉質でもあり背の高い大男が立っていた。
おまけに服装が現代世界とはあまりに逆行しており、皮製と思われる胴当てのような物を身に着けており、腰には大きな曲刀を下げていた。
零治達は三人のあまりにも古風な服装を見て絶句してしまう。
「……コスプレ?」
あまりにも現実離れをした服装をしている三人組の男を前にして、臥々瑠が思わずそんな事を呟いた。
「はあ? 何言ってんだこいつ? おいチビ、オメェ分かるか?」
「いえ、あっしに訊かれても……」
「そうか。デブ、お前は?」
「わがんね」
聞き慣れない言葉を耳にしたのか、三人組の男は臥々瑠の言葉に困惑の表情を浮かべるが、それは零治達も同じである。
もしかしたら自分達はいつの間にか、どこかのアトラクションの施設の中にでも放り込まれたのではないかと零治は思ってさえいたのだ。
「何なんだコイツら……?」
「ちょうどいい。零治、彼らから情報を訊き出しましょう」
「はあ!? こんな連中からか? どう見ても友好的な態度を取ってるとは思えんぞ。それに大した情報も持ってなさそうだ」
零治が言うように確かに目の前の三人組の男は決して友好的な態度を取ってる様子ではない。それどころか、まるで得物に狙いを定めた獣のような眼つきで零治達を品定めするような視線を向けていた。
何より、彼らが腰に下げている曲刀。長い間戦場を駆け抜け、刃物の扱に慣れている零治は一目見て分かったのだ。アレが本物だという事に。
「まあまあ。とりあえず話だけでもしてみましょう。どうするか決めるのはその後でも遅くはないでしょう?」
「はぁ……分かったよ」
あまり気乗りはしないが状況が状況だ。今は少しでも情報が欲しい。
相手が何者であれ、人に出会えたのは不幸中の幸いと言える。
零治は溜息を一つ吐き、二、三歩前に進み出て男達に声をかけた。
「オレ達に何か用か?」
「おうよ。兄ちゃん、命が惜しかったらオメェの身ぐるみ全部と一緒に連れてる女達を置いていきな」
リーダー格と思われる髭面の男、アニキがそう言い放ち、腰の鞘に仕舞っていた曲刀を抜刀し、零治に突きつけ、刃が陽光を煌めかせた。
話しかけた相手の開口一番がこれとは。これが演技の類ならまだマシだったのだろうが、この男にその様子は一切無い。つまり本心、自分達に脅しをかけているのだ。
今ので相手がどういう人種なのかを即座に理解した零治の表情には影が差し、その眼には殺気も宿っていた。
「……亜弥」
「なんです? まあ、訊かなくても言いたい事は分かりますが……」
「コイツら……殺していいか?」
「ダメです。大事な情報源なんですから」
「そうか。だが、『三人』も必要はないよなぁ?」
「ええ、そうですね。今ので連中がどんな輩なのかは充分に理解できましたから『三人』も必要ありません。『一人』で充分です……」
零治と亜弥が何を言ってるのか奈々瑠と臥々瑠は即座に理解し、静かに零治の両脇に移動する。
対するアニキは零治が一人で話を進めていたので、無視したと勘違いしたのか声を荒げる。
「おいっ! 聞こえてんのか! テメェ!」
「そんなに怒鳴らなくてもちゃんと聞こえてる。いちいちギャーギャー喚くな……」
「だったらさっさとテメェの着ている服と剣をよこしやがれ! 死にてぇのか!」
「あ、後、お、女と金も、お、置いていくんだなぁ」
アニキに続いてチビとデブも曲刀を抜刀してこちらにチラつかせながら脅しをかけてきたので、零治の表情に苛立ちが浮かび、眼つきもますます険しくなる。
零治は我慢強い方ではあるが、こういう相手に強気な態度を取られると話は別だ。
普段なら有無を言わさずに即座に殺していた所だろうが、今は話が違う。
少なくとも一人は情報を得るためには生かさねばならないのだ。ふつふつと湧き上がる相手に対する殺意の衝動を押さえつけ、両脇に控えている奈々瑠と臥々瑠に指示を出した。
「はぁ……クズどもが。時間の無駄だ。奈々瑠、臥々瑠……」
「はい」
「は~い♪」
「お前達はチビとデブを殺れ。オレはリーダー格のヒゲ面を押さえる……」
「分かりました」
「うん、分かった」
零治からの指示を受け、奈々瑠と臥々瑠は一度軽く頷き、ゆっくりと前へ進み出た。
「臥々瑠、アンタどっちを殺る?」
「別にどっちでもいいよ。コイツら大したことないじゃん」
「それもそうね。じゃあ、デブの方は任せるわね」
「オッケ~♪」
奈々瑠と臥々瑠はそれぞれチビとデブの前に移動する。
これから戦闘を始めるというのに、奈々瑠と臥々瑠の様子からはそんな事が全く感じられない。まるで買い物に来て、どのお菓子を買うかの相談、そんな風に感じられた。
だがこれは決して油断している訳ではない。いま目の前に居る相手が取るに足らない人物と感じ取れたからここまで余裕が現れているのだ。
「ん? なんだお前。その頭に付いてる耳は?」
「何よ。この耳がどうかしたの?」
「それ付け耳かぁ? おかしな趣味してんなぁ。へっへっへ」
いきなり自分の事を指さし、頭に付いてる犬耳の事を指摘し、更には馬鹿にするような態度まで取ってきたチビ。
普段の奈々瑠ならこの程度の事で手を上げたりはしない。せいぜいいつもの口の悪さを披露する程度だが、今は違う。
いま目の前に居る男は殺しても良い存在なのだと認識している。ならばやるべき事は一つだけである。
「アンタみたいなクズにそんな事を言われる筋合いはないわ。……死になさい」
奈々瑠は無情の言葉をチビに言い放ち、右手を腰の後ろに回し、二本一組となっている千鳥を一本抜刀して素早く振り抜き、チビの喉を瞬時に斬り裂いてみせた。
「グガッ!?」
喉を斬り裂かれたチビは何が起きたのかも理解できずに曲刀を地面に落とし、血が噴き出す喉を両手で押さえながら地面に両膝をついて崩れ落ち、そのままうつ伏せに倒れてピクピクと痙攣を起こしながら息絶え、その場に血の海を作り始めた。
「フンッ!」
奈々瑠は鼻を鳴らし、チビの亡骸に侮蔑の視線を向けながら千鳥を軽く振って刃に付いた血を振り落とし、鞘に仕舞う。
「チビッ!?」
あまりにも一瞬の出来事だったのでアニキは何が起こったのか理解できずにチビに声をかけるが、既に死んでいる人間から反応が返ってくるはずもなかった。
「おーおー。今の殺し方はエグイですねぇ」
「この餓鬼ぃ! よくもチビを! おいデブ! 一人くらい構わねぇ! やっちまえ!!」
「う、うん。わ、分かったんだな」
「ちょっと~。アタシを無視しないでくれない?」
「ん~?」
チビを殺された事に対する怒りから、アニキは怒声を上げながらデブに奈々瑠を殺すように指示を出したので、デブは曲刀を片手に奈々瑠の方へを足を進めようとした。
だが、臥々瑠がデブに立ちはだかるように前へ回り込み呼び止める。
相手との身長差が激しいため、デブは何だと言わんばかりに地面を見下ろし、臥々瑠に視線を向けた。
「お、お前……ち、小さいんだな」
「大きなお世話だよ。この……豚!」
「ぶ、豚じゃ、な、ないんだな!」
臥々瑠に豚呼ばわりされたデブが怒り、右手に持っている曲刀を大きく振り上げ、立ちはだかる臥々瑠を斬り捨てようと素早く振り下ろした。
見た目に反してなかなか良い動きではある。しかし。
「あ、あれ……?」
振り下ろした先に臥々瑠の姿は無く、デブの攻撃は見事に空振りした。
後ろで見ていたアニキも全く状況が分からなかった。デブが臥々瑠に向かって曲刀を振り下ろした、そこまではちゃんと見えていた。だが次の瞬間には臥々瑠の姿はその場から消えていたのだ。アニキもデブも状況が理解できず、どこに居るのかと注意深く視線を走らせていた。
因みに零治達は臥々瑠がどう行動したのかちゃんと見えていたので、ここから臥々瑠がデブをどう仕留めるのかと高みの見物をしていた。
「い、居ない……どこ行った?」
デブが辺りをキョロキョロと見回すが、どこを見ても臥々瑠の姿は無い。
と、その時だった。
「へ~。アンタって結構背が高いんだね~」
「ど、どこに居るんだな!?」
「デ、デブ! 後ろだぁ!」
「後ろ~?」
デブが首を動かし、後ろに振り返る。その視線の先には。
「なあっ!?」
そこにはデブの首の後ろに座り込んだ臥々瑠の姿があった。
実はあの後、臥々瑠はデブの攻撃を躱すように上空に大きく跳躍して上空で待機し、そこからデブの背後に着地してみせたのだ。
しかし、着地をしても相手にその存在を全く気取らせないとは流石としか言いようがない。
「まるで肩車をしてるみたいだな」
「ええ。そして、これであの男も終わりですね」
「ん~……見晴らしは悪くないけど、兄さんの肩車と比べると雲泥の差だね」
呆気にとられているデブの事などお構いなしに、臥々瑠はひとしきり辺りの景色を堪能した後、デブの頭を両手でガッシリと掴む。そして……。
「ばいば~い♪」
臥々瑠は持ち前のバカ力を発揮し、デブの首を百八十度回転させて骨をへし折り、その場にゴキャっと骨が砕ける嫌な音が響いた。
「デ、デブ!?」
「よっと」
臥々瑠は首の骨を折ると同時に素早くジャンプをして奈々瑠の左隣に着地する。
物言わぬ屍となったデブはそのまま地面に仰向けに倒れた。
「おいおい。今のスゲェ音だったな」
「うぅ……今の音、耳に残りそうですよ。お~、ヤダヤダ」
亜弥はワザとらしく両耳を抑えながら、先程の音を振り払うように頭を軽く左右に振る。
まさにあっという間の出来事だ。奈々瑠と臥々瑠は瞬時にしてチビとデブの息の根を止め、アニキが一人取り残されてしまった。
「さて……残るは貴様だけだな……」
「ひっ……!?」
零治は殺気の籠もった眼でアニキを睨みつける。
アニキはその迫力に気圧されて表情を青ざめさせ、思わず数歩後ろに下がってしまう。
そしてアニキはようやく悟った。いま目の前に居る者達はとんでもなく腕が立つという事に。狩る立場に居たはずのアニキはいつの間にか狩られる立場に転落してしまっていたのだ。
「どうした。さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだ……?」
「ひいいいいっ! た、助けてくれーー!」
恐怖心に負けたアニキは剣を投げ捨て、零治達に背を向けて脱兎の如く逃げ出す。
だがもう手遅れだ。この状況下で零治が黙って見逃がすはずはないし、大事な情報源には違いないのだ。少なくとも今は殺さない。そう。今は……。
「あっ、逃げた」
「逃がすかっ! ……フッ!」
零治は右手をコートの下に素早く入れ、隠し持っている投擲用のナイフを一本取出し、アニキの背に向かって投げつけた。
放たれたナイフは空を斬り、刀身に陽光を煌めかせながらアニキの背に向かって一直線に飛来していく。
「ぐあっ!?」
ナイフはアニキの左肩後ろに深々と突き刺さり、左肩に走る痛みでバランスを崩して地面に情けなく転倒した。
「そんな事しなくても霧散する雲で追いつけるでしょうに……」
「何であんな雑魚を相手に魔力を使わなきゃいけないんだ。もったいねぇだろ。それに急所は外してある……」
「まあ、それならいいんですがね。……それじゃあ彼から話を訊きに行きますかね」
「ああ……」
零治達は情報を訊き出すために落ち着いた足取りでアニキの所まで歩み出す。
対するアニキはというと、未だに地面の上にうずくまり、右手で出血している左肩を押えながら呻き声を漏らしていた。
「うぅっ! い、痛てぇ……っ!」
「おい。いつまで寝ているつもりだ……? さっさと立ちやがれ!」
いつまで経ってもアニキは起き上がる気配が無く、我慢に限界を感じた零治は倒れているアニキの衣服に両腕を伸ばし、胸ぐらを掴んで乱暴に引っ張り上げて無理やり立ち上がらせた。
「ぐあぁぁぁっ!? い、痛てぇ! やめてくれ! 殺さないでくれぇぇぇぇ!!」
零治が乱暴に掴み上げた事で傷に響いたのだろうか、アニキは苦痛の悲鳴を上げる。
その姿に零治は忌々しげな表情を浮かべ、更に声を荒げて怒鳴り散らす始末だ。
「あぁ、うるせぇなぁ! 喚くなっつってんだろうがぁ!」
「ちょっと、零治。もう少し丁重に扱って下さいよ。その男に死なれたら困るのは私達なんですから」
アニキに対する乱暴な扱いに見兼ねた亜弥が零治を咎める。
それで零治は少し、本当に少しだけ力を緩めはしたが、相変わらず胸ぐらは掴んだままだし表情も不機嫌その物だ。これでは話を訊くというよりカツアゲをしているようにしか見えなかった。
「チッ……分かってるよ。奈々瑠、臥々瑠。さっきみたいな事になると面倒だ。お前達は周囲を警戒していろ」
「あぁ、兄さん。それなんだけど、さっきからアタシ達の事を見ている人間が居るみたい……」
「なにっ!? 位置と数は?」
「すぐ後ろです。距離は約二十メートル前後、数は三人です」
奈々瑠の言った情報が確かならば普通に喋っても恐らく話し声は聞こえないだろうが、それでも用心するに越した事はないだろう。
零治は声を潜め、相手の様子について尋ねた。
「動く気配はあるか?」
「いえ、今の所はありません」
「なら放っておけ。ただし……」
「油断はするな、だね」
「そうだ」
「しかし、現地の人間に見られるのはあまりよくないですね。勘違いされても困りますからね。零治、早いとこ用件を済ませましょう」
「分かってる」
零治は軽く頷き、改めてアニキに向き直り質問を始める。
いや、この場合は尋問という表現の方が正しいだろうか。
「おい。貴様にいくつか訊きたい事がある。いいか、正直に答えろよ……」
「ひぃっ!?」
零治が凄みながら問いかけるので、アニキは恐怖のあまりガタガタと身体を震わせながら小さく悲鳴を上げる。
「まず一つ目の質問だ。ここはどこだ?」
「ひっ……! た、助けて……殺さないでくれ……っ!」
アニキは零治に対してすっかり怯えきっており、質問に答えるどころか命乞いをする有様だった。
その反応に苛立った零治は右手を離して大きく後ろに引き、そのままアニキの無防備な腹に強烈なボディブローを叩き込み、深々と零治の拳がアニキの腹にめり込んだ。
「何寝ぼけた事抜かしてんだぁ! 貴様オレの話を聞いてなかったのかぁ? その耳は飾りか? ああっ!!」
「うぅっ……ぐうっ……!」
いきなり腹を殴られたアニキは堪らずうめき声を漏らし、腹部に走る激痛と共に強烈な嘔吐感に襲われ、胃の中の物を全部吐きそうになったがなんとか耐えてみせた。
もしもここで吐いてしまい、吐瀉物が零治にかかったら何をされるか分かったものじゃないからだ。
「零治……丁重に扱えと、私さっき言いましたよねぇ?」
(うわっ!? あの姉さんが怒ってる!?)
(怒ってるよね。アレって……)
零治のアニキに対する扱いがぞんざいだから、亜弥はドスの利いた声で零治に問いかけたのだろうが、その豹変振りを見て、奈々瑠と臥々瑠の表情が青ざめる。
と言うのも、亜弥は元々温和な性格をしてるので余程の事でない限り怒ったりはしないし、二人も彼女が怒った姿を見た事がないので当然の反応だろう。
まあ、あんなのを見れば普通は誰でも怒ると思うが。
「大丈夫だ。ちゃんと手加減はしている。死なれたら困るからな……」
((それでも動じない兄さんも凄い! って言うかあれで手加減してたの!?))
「まあ、貴方がこの手の輩に憎悪を抱いている事は知ってましたけど……一度深呼吸でもして落ち着いてください。これじゃあどっちが悪者か分かりゃしない」
「ああ……。すー……はー……」
「落ち着きましたか?」
「ああ……。その……悪かったな……」
「いえ、分かってくれればいいんです。では続きを頼みます」
深呼吸したおかげで零治も落ち着きを取り戻したようなので、亜弥は続きを促し、零治は改めてアニキに質問をした。
「おい。もう一度訊くぞ。いいか。殴られたくなかったら今度はちゃんと答えろよ……」
「は、はいっ!」
「ここは一体どこなんだ?」
「こ、ここは……ち、陳留……で、です……!」
「ん?」
「『陳留』?」
零治と亜弥が陳留という単語に反応する。
そう。この二人は今の単語に聞き覚えがあったのだ。
「おい、亜弥。陳留って確か……」
「ちょっと待ってください。念のため携帯端末で調べてみます」
まだ確証があるわけではない。いま得た情報はあくまでも口頭による物。物的証拠とは言えない。
確証を得るため、亜弥は懐から雑記帳代わりに使っている小型のノート型携帯端末を取出し、手早く操作を行って調べ始めた。
「陳留。まさかな……」
「あ、あの……」
零治はアニキから視線を外し、考え込むように独り言を呟いていたが、そこへアニキがおずおずと話しかけてきたので、零治は視線をアニキに戻す。
「あん? なんだよ?」
「その……そろそろ……離して……くれませんか?」
「ああん!?」
「ひいいいいっ! う、嘘です! ごめんなさい! だ、だから殴らないで下さいっ!!」
「殴られたくなかったら必要な時以外は口を閉じてろっ!」
「……っ!!」
アニキは零治の怒声に気圧され、黙って首を激しく縦に振る。
その様を後ろで見ている奈々瑠と臥々瑠は、ヒソヒソと二人で話し合い、口元を手で押さえながら必死に笑いを堪えて身体を小刻みに震わせていた。
「クックックっ! 奈々瑠、見てよ。アイツの態度の変わりよう。さっきの強気な態度とは完全に真逆だね……っ!」
「ええ、ホントそうね。まさにクズの典型。いい気味だわ……」
中々に酷い言われようだが、奈々瑠の言ってる事に間違いは無いだろう。
この手の人種は、基本的に弱い者には高圧的な態度を取り、強い者には媚びへつらってご機嫌取りをするのが眼に見えて分かる。まさに愚者の典型と言える。
と、その時、ようやくアニキから得た情報を調べ終えたので、亜弥は端末を閉じてコートの下に忍べ、零治に声をかけた。
「零治……」
「で、どうだったんだ?」
「ええ、まあ……。零治、三国志は知ってますよね?」
「ああ。お前程じゃないがな」
「陳留とは、その頃の時代に使われてた地名なんですよ……」
「という事はやはり……ここは中国なのか……」
「その男の言ってる事が本当ならそうなりますね。しかも『滅びの日』で滅びるより遥か前の時代……つまり二千年以上前の時代ですよ」
「つまり何か? オレ達は古代の中国にタイムスリップしたと……そういう事か?」
「ええ。そうとしか言えませんよ……」
「はあ……にわかに信じ難い話だな。亜弥、他には訊き出す事はあるか?」
「んー……そうですねぇ……あぁ、そうだ。風習について訊いてください」
「風習?」
なぜここでそんな事を尋ねるのかと言いたげに零治は首を傾げたが、亜弥はピッと右手の人差し指を立て、風習が孕んでいる一種の危険性について語り始める。
「零治。風習ってのは厄介な物で、私達にとっては当たり前の事でも、その地方や国では絶対にしてはいけないタブーはよくある事なんです。だから訊いておくに越した事はありませんよ」
「分かった。……おい、次の質問だ。この国では何かやっちゃいけない風習とかはあるのか?」
「は、はい……! あ、あります!」
「そうか。それはどんな風習なんだ?」
「そ、それは、ま、真名です……」
「『真名』? 亜弥、この時代にそんな名前の風習なんかあったか?」
「いいえ。私もいろんな文献を読み漁りましたが、そんな風習、見た事も聞いた事もないですね」
「だよなぁ。……で、その『真名』ってのは一体なんなんだ?」
「真名ってのは、その人物の持つ本当の名前の事です。家族や親しい奴しか呼んではならない神聖な名前の事です……」
「家族や親しい人間しか呼んじゃいけない神聖な名前……ねぇ……。ちなみに親しくない奴が勝手に呼んだらどうなるんだ?」
「そ、その人物の許可無く勝手に真名を呼んだら相手から何をされても文句は言えない……です」
「何をされても? つまり殺されてもか?」
「は、はい……」
「なんとまあ……ずいぶんと厄介な風習もあったものですねぇ」
「厄介? 下らないの間違いだろ?」
「ちょっ、ちょっと零治! 滅多な事を言わないで下さいよ! 現地の人間に聞かれでもしたらマズイでしょう!」
「なんでさ? オレは思った事を口にしただけだ。オレから言わせれば名前など所詮ただの呼称にすぎん。そんな物に神聖性を求めるなどオレには理解出来んな……」
「まあ、貴方の言ってる事も分かりますけど……だからといってそんな大っぴらに……」
「……姉さん……もう……遅いかと……」
「えっ? それはどういう……」
奈々瑠が亜弥の言葉を遮るように口を開き、気まずそうに声をかけた。
いま奈々瑠が言ったセリフを単純に考えると、誰かに聞かれたという事になるのだが……。
「ほお? その言葉は聞き捨てなりませんな」
「あぁ?」
突然、後ろから澄んだ声の持ち主の女性が話しかけてきたので、零治達は後方へと振り返った。
その視線の先には、現地の人間と思われる三人の女性が立っていたのだ。
零治「ここも変えた所は?」
作者「少し追加した部分があるが、そこまでは」
亜弥「むしろ次の話は変えておいた方が良いのでは?」
作者「なんで?」
奈々瑠「言わなきゃ分からないんですか?」
臥々瑠「ね~」
作者「何の事だかさっぱり分かりませんな」
零治「あぁ。やっぱ時間の無駄だよな、この茶番……」
亜弥「まったくです」