部活に入ろう
朝起きても頬にはツバキの手形がくっきり残っていた。
ってかこれアザになってるぞ。どんだけ強く叩いたんだよ。
入学二日目にして頬に手形をつけてくる男ってどうよ。
「修羅場だ……」
意味のわからん言葉を呟いて、洗面台から退散。
鞄を持って玄関へと向かう。
「あ、兄さん」
玄関ではツバキが靴を履いていた。
「なんだよ、ツバキ、行くなら一緒に行こうぜ」
「いや、その」
俺の顔を見るとツバキはなんともバツが悪そうな顔をする。
ああ、この顔を気にしているんだろ。
「まったくツバキは容赦ないんだからな~」
「うぅ……」
「ま、これもツバキの愛情なら、兄は快く受け止めよう……さぁ、好きなだけ殴るがいいっ!!」
「…………」
冷たっ!! 視線冷たっ!!
「……兄さん、気持ち悪いです」
「……ごめんなさい」
叱られてしまった。
さて高校への通学二回目。今日も今日とていつものメンバーでの登校。
「今日は授業があるんですか、兄さん」
「いや授業はないなー。確か部活説明会とかあったな」
「そうそう三人に聞きたかったんだけどさー。部活は何に入る予定なの?」
「俺は未定だ。興味が引かれるものがなかったら入らない予定だ」
「えー、つまらないよ大樹。高校生活といったら部活だよっ!! 部活といったら青春だよっ!!」
力説する夕輝。
「でもそうだよな。何かしら部活はやっといた方が楽しいだろ。山吹は何か入るのか?」
「私はまだ何に入るかまでは。でも入ろうとは思っています」
と意気込む山吹。
「俺も何かしらには入ろうと思うんだけど、どうすっかなー」
「私もどうしっよかなー」
「結局みなさんまだ未定なんですね」
そういうことですね。
ツバキと別れて学校の校門の到着。
ニ、三年生も登校しているからか、すごい賑やかだ。
というかなんか昇降口前がやたらと賑やか過ぎる。
何やら叫び声が聞こえる。
「何やってるんだ?」
「なんだ知らないのか? 今日から部活の勧誘が始まるんだ。たぶん校門前には一年生を狙った先輩たちで溢れてるんだろ」
「ええっ!! ホントッ!!」
大樹の言葉に食いついた夕輝が、いの一番に昇降口へと向かう。
夕輝はこういうお祭り騒ぎが好きだからな。
と夕輝に気を取られていると、隣にいたはずの山吹がいない。「迷子か?」などと辺りを見回すと、騒がしい一帯から外れて日陰になっているところで蹲っている。
「どうした、山吹? 気分でも悪いのか?」
俺の心配を余所に、山吹はいたって健康そうな顔で「えっ?」と振り返る。
「いいえ、私はこれを見ていたんです」
と山吹が指差したのはレンガで囲まれた花壇。学校にならどこにでもあるようなものだ。
「この花壇がどうかしたのか?」
「はい、この学校には花壇がたくさんあると思いませんか?」
「言われて見れば……」
辺りを見回せば必ずどこかに花壇がある。校門前だけでこれだけある学校も珍しい。
「昨日見たのですが、中庭にはもっと花壇がありましたよ」
「うそっ」
校門前だけども多いのに、中庭にもあるのか。この学校は敷地が広いから持て余して花壇とか作っちゃったんだろうな。
「でも、そんなにいっぱい花壇があるのに、お花が一輪もないんです」
「そう、だな」
俺たちが見ている花壇も、雑草が生えているだけで花は植えられてない。
たぶんそれだけ花壇があると、管理が大変なんだろ。
「もったいないです……」
山吹がポツリとそう呟いた。
「おーい、見て見て、こんなにもらってきちゃった」
と現れた夕輝に手には大量のチラシ。全部部活の勧誘チラシだ。
「おい、こんなにもらってどうするんだよ……」
大樹の正論。
「だってくれるから」
もらうな。
大樹から盛大な溜息が漏れる。
「後でみんなで見ようよ。ほらいろいろあるんだよ、囲碁部、山岳部、バスケ部、アウトドア部、スキー部、非科学研究部」
いやなんだよ、非科学研究部てっ!!
「いっぱいありますね」
「御神高校は部活の数が県で一番多いらしいからな。それでも去年、活動が不透明な部は廃部か部費削減されたらしいが」
「それってあの蓮宮先輩が、か?」
あの壇上で堂々と喋っていた美人さんの姿を思い出す。
「そうだ。なんでも部費に当てられる予算の削減をマニフェストに掲げてたらしい」
マニフェストって大統領選挙かっ。
「その削減された部分はどうなるのかな?」
「なんでも文化祭や運動会の充実に当てるそうだ。無駄な部分を削って、生徒の学校生活のために当てたからこそ当選したそうだ」
「すごく詳しいんですね、早瀬さん」
「ああ、三年の先輩にうちの道場に通っている人がいてな。その人から聞いたんだ」
流石道場の息子、人脈が広い。
「ほら、そろそろ教室に行かないとチャイムがなるぞ」
大樹に急かされて、俺たちは教室へと向かった。
チラシを大量に持っていた夕輝だけはいろいろ大変そうだったけど。
午前中の授業は、全てホームルームで自己紹介やら、クラスでの委員決めやらが行われた。
ちなみに俺は生活向上委員。山吹は図書委員になった。
俺は別になんでもよかったから、人が集まらなそうな委員を選んだのだが、山吹は何やら図書委員になりたかったようだ。「図書委員になりたい人」と担任の山田から声がかかると、ズバッと効果音がつくぐらいの速さで手を挙げていたくらいだ。
そして午後はお待ちかねの部活動紹介の時間だ。各部活の先輩方が部活紹介をしてくれる。朝、大樹も言っていたが、この御神高校は部活の数が多いので、午後の全ての授業が費やされる。だが、新入生の数は限られているので、各部活は新入生争奪に必死だ。
体育館のパイプ椅子に座りながら、各部活の紹介に耳を傾けていると、どの部活からもすごい意気込みを感じる。
だけどやっぱり興味のない部活の紹介は、興味ない。
欠伸しそうなのを必死に押し殺す。
すると隣から声がかかった。
「なぁ、山吹はどの部活に入るのか聞いてるか?」
山吹にご執心の支倉だ。
「いや聞いてないな」
「やっぱり茶道部とか、華道部とか入るのか? メッチャ似合ってるし」
「確かに。で、そういう支倉は何に入るんだ?」
「俺か? 俺はバスケ部だな。中学からやってるし」
「ほー、体育会系か。見えないな」
「よく言われる。見た目チャラそうなのにって。でもバスケってやると結構モテるんだぜ」
モテる?
「マジで……」
「マジでマジで。どうだ花里も一緒に」
バスケか。やったことないけど、モテるってどのくらいモテるんだろ。試合中に黄色い声援をもらえるぐらい?
「ま、考えておくよ」
「そうしてくれ」
ここで焦って決めることもないだろ。
部活紹介が終わると、一年E組から退場を始める。といっても中学みたく「二列で行け。列を乱すな」なんて怒声は出ずに、バラバラに退場していく。
その途中、山吹に声をかけた。
「どの部活に入るか決めたか?」
「ええまぁ」
随分と不安そうな顔をされた。
なにかあったのか?