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明日には花になろう  作者: 森沢みなぎ
入学前の春休み
5/12

今年はとっても豪華だ

 三月の末。ツバキも三学期が終了して春休みに入った。これで午前中も一人で寂しく過ごすこともなくなったわけだ。

「つまり、今年もお花見のシーズンが来たわけだ」

 我が花里邸にて俺は高らかに宣言した。

 リビングには本を読む大樹、仲良くお喋りするツバキと夕輝がいる。

「その言葉待ってましたぁ! 今年もやるんだね、お花見」

 俺の宣言にいち早く反応したのはやっぱり夕輝だった。

「もちろんだ。その下準備も万全。そしてなんと今年は新メンバーも用意してある」

「おお!」

「新メンバー?」

「兄さん、まさか」

 どうやら新メンバーという言葉に全員興味を示したらしい。

「おうとも、今年は新しく一人誘うことにした。山吹、入ってきていいぞ」

「こんにちは」

 俺の一声でリビングの扉が開き、山吹が入ってくる。

「わぉ、美人さんだ!」

「これは驚いたな……」

「やっぱり……」

 三者三様の反応を見せる。

 ふっふっ、計画通り。一人を除いては驚いてる。

「昨日、隣に引っ越してきた山吹九重と申します。どうぞよろしくお願いします」

 と深くお辞儀する。

「杜若夕輝だよ。よろしく!」

「早瀬大樹だ。こちらこそよろしく頼む」

 どうやらファーストコンタクトは成功のようだ。三人とも上手くやっていけそうだ。

「早瀬くんと杜若さんですね」

「私のことは夕輝でいいよ」

「そう? なら私のことも九重って呼んでくれると嬉しいです」

「九重? うーん、じゃあのえのえでいい?」

「の、のえのえ?」

 突然、変な名前で呼ばれて困惑する山吹。

 まぁ、その気持ちは分からないでもない。

「親しい奴にあだ名をつけるのがコイツの癖。嫌だったら嫌って言った方がいい」と大樹。

「あだ名?」

「そう、俺がなろなろで、ツバキがツバキン」

「私はのえのえ……」

 自分の言い聞かせるように小声で呟く。

「もしかして嫌だった?」と不安そうな声を出す夕輝。

「ううん、ぜひそう呼んでください。私、誰かにあだ名付けてもらうの初めてなんです」

「やったっ。よろしくね、のえのえ」

「ええ、改めてよろしく」

 と挨拶が終わったところで本題に戻るとする。

「そんじゃあ、お花見の話だけど。今年も大樹んち使えるか?」

「そうだろうと思って、オヤジには言ってあるよ」

「流石。持つべきものは道場の息子」

「道場?」と山吹が首を傾げる。

「大樹さんの家は空手の道場を経営しているんです。庭に大きな桜の木があって、そこで毎年花見をさせてもらってるんですよ」

「八重桜なんだけど、これが結構大きいんだよ」

「それは楽しみです」

「実際楽しいからな。それで予算の話だけど、今年は一万円用意した」

 茶封筒から一枚の一万円札を取り出す。

「おおぉ! 今年は豪華だ!」

 逸早く反応したのは夕輝。俺の手から一万円を掻っ攫うと光に照らしながら眺める。

「透けてる。本物だ!」

 いや偽物じゃ困るから。

「ちょっと待ってください」

 盛り上がっている中、山吹が険しい顔をしている。

「そのお金はどうしたんですか?」

「これは俺たちが前々から持ち寄って溜めてた金だ」

「そうですか。でも私は持ち寄っていないですよ。それなのに参加なんてできないです」

「別に気にしなくてもいいんだよ、のえのえ」

「私は気にします」

 きっぱりと言い切る山吹。

 意外と頑固なところもあるんだな。意外だ。

「ならこうしないか」

 俺の声で全員の視線が集中する。

「山吹は何か一つ、差し入れを持ってくる。そうすれば参加できるだろ」

「でも……それだけでいいんですか?」

「それだけってこともないだろ。それにこれは山吹の歓迎会でもあるんだ」

「え、私の歓迎会?」

「初耳だな」

「初耳だね」

「初耳ですよ、兄さん」

「そりゃそうだ。今さっき思いついたからな。それに別に問題ないだろ。新しい仲間が増えたんだから歓迎会をやるのは当然だ」

「でも、いいんですか? 私のために?」

「それはぜんぜん構いませんよ。基本的に兄さんたちは騒ぎたい理由がほしいだけですから」

「その通りだ!」

「胸を張らないでください。言ってる私が悲しくなってきました」

 と頭を抱えるツバキ。

 何かと大変な奴だなぁ。

「それじゃあ日時は、追って連絡するということで、以上解散」

 大樹と夕輝が帰ると、必然的にリビングは三人だけとなった。

 ツバキはお菓子やらジュースやらの片づけをして、山吹も「お邪魔したのに何もしないのは失礼だから」と言って手伝っている。

 流石だ。あのバカ二人とは育ちが違うな、と深く頷く。

「今更何ですけど、迷惑とかじゃなかったですか?」

 テレビを見ていると、キッチンから声が聞こえる。

「歓迎会のこと? ぜんぜんそんなことはないです。嬉しいくらい。向こうじゃそういったことはあまりなかったから」

「え、パーティーとかしなかったんですか?」

「パーティーはあったんだけど、なんというか、社交パーティーだから」

「社交パーティ! すごい! 立食なんですよね?」

「ええ、そういうのもあるけど、でも、気を張りっぱなしだから、楽しいと言えるものじゃないんです」

「そういうものなんですか」

「ええ、だからこういうお友達だけのパーティは初めてなの。本当に楽しみです」

 笑い合うツバキと山吹。

 どうやら本気で盛り上げないといけないみたいだ。



 そしてお花見当日。

 俺とツバキは大樹の家に来た。なぜ山吹がいないかというと、一緒に行こうと誘ったのだが、用事があると言って先に何処かに行ってしまったのだ。

「九重さん、何処に行ったんでしょうね。三十分ぐらい前に出てましたけど」

「う~ん。でも、大樹の家の場所も教えといたし、大丈夫じゃないか」

「でも、心配じゃないですか。まだこの街に来たばかりなんですよ」

「いやいや、山吹もそんな子供じゃないだろ」

 そんな言葉にツバキは、わかってないと言わんばかり首を振る。

「兄さん、私と一緒に住んでるのに気付いてないんですか?」

「何がだ?」

「九重さん、家事ぜんぜんできないんです」

「うそっ!」

 え、でも、あの山吹が? なんでもできそうなのに。

「洗濯機を使えば泡を溢れさせちゃうし、掃除機かければ洗濯物吸いこんじゃうし、まるで兄さんを相手にしてるみたいですよ」

「いやぁ兄もそこまでじゃないだろ」

 流石に洗濯機を使って泡を溢れさせるなんてしない。ていうかやろうとしても無理だ。

「来たのか」

 玄関から大樹が顔を覗かせる。

「大樹さん、今日はお世話になります」

「ほら、おみやげ」

 大樹に買ってきたお菓子やらジュースやらを手渡す。

「買い出し任せて悪いな。桜のところで待っててくれ」

 大樹は家の中に入っていく。

「んじゃ遠慮なく」

「お邪魔します」

 俺、ツバキと家に入り、桜のある道場へと向かう。

「お、来たな、花里兄妹」

 ブルーシートが敷いてある桜の下には、すでに夕輝が中央を陣取っていた。

「早いな。いつも大樹が迎えにいかないと来ないのに」

「いや~、それを見越されて朝早く準備を手伝えって言われて連れてこられたんだよねぇ」

 大樹と夕輝は俺よりも長い付き合いだ。夕輝はそれに甘えて、よく大樹を振り回している。

 大樹もよく付き合いきれるよ。

「それにしても今年も綺麗に咲きましたね」

 ツバキが八重桜を見ていうと、俺もそっちに視線がいく。

 四方八方に伸びる枝は、鮮やかな桃色の花を所狭しと咲かせている。

「やっぱりソメンヨシノよりも色が濃いな」

「私はこっちの方が好きだよ。なんか迫力がある感じがするし」

「迫力の問題なんですか?」

 言葉足らずの夕輝はほっとくとして、そろそろ山吹も来ないと遅刻だな。

「おい、アスナ。ちょっとこっち来い」

 と大樹が来てお呼び出し。

 連れてこられたのはさっきの玄関。少し違うのは見知らぬ板前のような格好のおじさんがいることだ。それも何重にも重なった寿司桶を持って。

「えっと、早瀬さんのお宅はここでいいですよね」

「はい、あってますけど」

「じゃあ私はこれで」

「待って下さい、ウチは寿司なんて頼んでません」

 大樹が板前のおじさんを呼び止める。

「いや、そんなことないはずだけど、ちゃんとお代も頂いてますし」

「はい?」

 お金が払ってある? 誰が払ったんだ?

 俺と大樹が混乱している間に、板前のおじさんは「それじゃあ、毎度」と言って帰ってしまう。

「アスナ、これはどういうことだ」

「いや、どういうことって言われても、俺も何がなんだか。一樹かずきさんたちが頼んだんじゃないのか?」

 一樹さんは大樹の父親で道場の師範だ。かなり優しいけど、厳しい時には滅茶苦茶厳しい人だ。

「そんなわけあるか。オヤジは今日、道場の連中と花見に行ったよ。今、家にいるのは俺たちだけだ」

 更に不可解なことになった。じゃあ、これは何だ。

 やっぱり板前のおじさんが配達ミスったのか?

「早瀬くんに花里くん。どうしてこんなところで立ち尽くしているんですか?」

 考え込んでいると、山吹が玄関の前に現れた。

「山吹、来たか」

「今ちょっと問題が発生してるんだよ」

 俺と大樹は地べたにおかれたままの寿司桶に目を移す。

「もう届いたんですね」

「「はい?」」

 今、山吹の口からとんでもない言葉を聞いた気がした。

「ちょっと待て、山吹。届いたってどういうこと?」

 と尋ねると、山吹は不思議そうな顔をしたまま頷く。

「はい、だって花里くんが何か差し入れを持ってくるように言われましたから」

「確かに言ったけど、まさかこの寿司が?」

「はい」

 嬉しそうに再び頷く山吹。

 いやいや、誰もこんな高級なもの求めてませんよっ! いくらするんだよこの寿司。

「えっと、一様訊いておくけど、この寿司いくら?」

「そんなに高くないですよ」

 え、そうなの?

「一万円くらいです」

「ブゥッ」

 驚きのあまり吹いてしまった。山吹にとって一万円は安いのか?

 俺はたまに山吹がわからなくなる。

「山吹、俺たちはそんな高い差し入れを求めてないぞ」

 と大樹から冷静な指摘が入る。

「でも、これからお世話になるんだから、このぐらいのことはさせてほしいです。それにもう届いてるわけですし」

 確かにもう何を言っても仕方がない。俺と大樹はアイコンタクトを取る。

「そうだな。なら、ありがたく頂こう」

「今年はめちゃくちゃ豪華になるな。山吹、もうみんな集まってるからさっさと行こうぜ」

 俺が寿司桶を持って、桜のある場所へと案内する。大樹は飲み物を持ってくると言って、家の中へと入って行った。

「うわぁ……」

 桜を見た瞬間、山吹から感動の声が漏れる。

「結構大きく驚いただろ。なんでも大樹のお爺ちゃんの代からあったらしい」

「ええ、驚きました。なんだか、初めて本物の桜を見た気分」

「それは大袈裟じゃないか」

 話している間も桜から目を離そうとしない山吹。気に入ったようだ。

 ツバキと夕輝に合流すると、すでに夕輝がお菓子を食べていた。

「おい、何先走ってんだ、夕輝」

「い、いや~、なんだか美味しそうだったから」

 罰が悪そうに答える。

「美味しそうだったからってまだみんな集まってないのに喰い始めるのか、お前は」

「ごめんなさい、兄さん。私、止められなくて」

 ツバキが申し訳なさそうに言う。

 ツバキはこの中で一人だけ年下だから俺以外に強くものを言えないのだ。たぶん、今回も夕輝に言い包められたのだろう。

「私もごめんなさい。私が来るのが遅かったから」

「あーはいはい。二人は全然悪くない。悪いのはこのじゃじゃ馬娘だ」

「なんだとぉ! 私の何処がじゃじゃ馬だ!」

「全てがだよ。まったく、せっかく山吹が豪華なもの持ってきてくれたのに」

 と言うと、「え、なになに」と夕輝が好奇心全開の目で近づいてきた。そして視線は寿司桶へと向く。

「も、もしかして……」

「そう、そのもしかしてだ。なんと山吹から寿司の差し入れを頂きました」

「やったぁー!!」

 夕輝は両手を上げて喜び、隣にいる山吹と無理やり握手する。

「こんな豪華な花見は初めてだよ。ありがとう、のえのえ!!」

「え……いや、別に私はそんな大そうなことは……」

 なぜか、顔を真っ赤にしてしどろもどろになる山吹。

「でも、いいですか?」

「ええ、これはお世話になったお礼だから」

「でも……」

「でもはなしだ。せっかく、山吹が持ってきてくれたんだ。美味しく頂こうぜ」

「そうですね。ありがとうございます、九重さん」

 ツバキが納得したところで、大樹が飲み物を持って現れた。

「そろそろ始めるぞ。さっさと座れ」

 俺、ツバキ、大樹、夕輝、山吹の順で円を囲むようにして座り、各々が好きなジュースをコップに注ぐ。

「それじゃあまず乾杯しよう。誰が合図取る?」

 夕輝の発案に、山吹以外の視線は大樹に行く。

「確か、去年は大樹さんがやりましたよね」

「そうだが、今年も俺がやるのはつまんないだろ。夕輝、お前こういうの好きだろ。やったらどうだ」

「う~ん、私、気のきいたこと言えないからな。ツバキンやってみたら」

「わ、私ですかっ。私やったことないから、兄さんやってください」

「俺? やってもいいけど……」

 と一人一人の顔を見渡して、最後に山吹の顔を見る。

 一人だけ蚊帳の外っていうもの可哀そうだな。

「いや、ここは山吹にやってもらおう」

「ええっ!!」

 急に指名されて、肩がピクっと震えた。

「なるほど、あえて新参者にやらせるわけですか。なろなろも悪い人ですなぁ」

 と夕輝。

「ま、いいんじゃないか。アスナにやらせるより、気の利いたことを言ってくれそうだ」

 と大樹。

「私もいいと思います。頑張ってください」

 とツバキ。

「と、言うことだ。よろしく、山吹」

 と俺。

「わ、わかりました」

 ここまで言われては断れない、と悟ったのかコップを持って、咳払いを二回。

「それでは不肖、山吹九重が乾杯の合図を取らせて頂きます」

「ぃよっ、待ってましたぁ!!」

 夕輝の声が、ガチガチの山吹をさらにガチガチにする。

「え、えっと、その、私はこの街に引っ越してきて不安でした。一人暮らしで、お洗濯も、お掃除も、お料理も出来ない私が頼れる人がいないこの街でやっていける自信がなかったからです。でも、そんな時に花里くんと知り合えて、そしてツバキちゃん、夕輝、早瀬くんと出会えて、そんな不安なんか忘れるくらい、今が楽しいです。なので、私はこの友達を一生のものとなることを祈りたいです」

 そう言われると、胸に熱いものがこみ上げるくる。

 ただ、山吹みたいな美人と知り合いになりたいってだけの行動が、まさかここまで感謝されてるなんて思ってもみなかった。

 あの時、あの道を、あの行動を、あの選択をしてよかったと心の底から思う。

「ここにいるみんなとの絆が永遠になることを祈って――乾杯っ!!」

「「「「乾杯っ!!」」」」

 カキンとガラスが勢いよくぶつかる音が桜の木の下で響いた。

入学前の春休み編終了です。

次は園芸部編をお送りしたいと思います。

是非読んでください。

少し予告を書いておきます。


九重の頼みで園芸部に入ることになった翌檜たちだが、生徒会によって園芸部はすでに廃部になっていたっ!! そこで翌檜たちは真面目に活動することを証明して、園芸部の廃部を取り消させようとするのだが――

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