鬱陶しくてウザい俺の親友たち
翌日。ツバキは早朝に学校へと行ってしまい。起きた時には家には誰もおらず、リビングのテーブルにラップで包んである朝食が静かに置いてあった。
焼き魚に漬物、置手紙によるとご飯とみそ汁はキッチンにあるらしい。
我が妹は朝からしっかりと朝食を作ってくれるから有難い。
さっさと朝食を食べ終えると特にやることがなくなり、ソファーに横になってテレビを見る。
『今年の都心でのソメイヨシノの満開時期は三月二十日となったおり、例年より早い時期となっています』
桜か。去年は一樹と夕輝、ツバキたちでお花見にいったなぁ。今年はどうしよ。あの二人は誘えばくると思うけど、ツバキは中学の友達と行くのかな。やっぱりツバキにはツバキの友人関係があるから、あんまりしつこく誘わないほうがいいのか。
そんなことを考えてぼんやりとしているとでっかい封筒が目に入った。『御神高校入学案内』と書かれてある。
思わず顔がニヤケてしまう。これは合格した人しか渡されない書類であって、俺の血と汗の結晶だ。この高校に合格するためにどんだけ頑張ったことか。
なんとなく中身をだして見てみる。両親に関係する書類は昨日のうちにパリに送っておいた。あるのは学校のパンフレットと登校日のお知らせと……うん?
なんだか今初めて見るプリントが出てきた。左端をホッチキスで止めてあるそれには『入学前の課題』と書かれてある。
…………。
「なにぃ!」
慌ててページをめくると数学と国語、英語の問題がずらりと七枚あった。
「……マジか。聞いてないぞ」
いや言ってもいないんだろうけど。それよりも今、これを何とかしなくては。
携帯を取り出し、電話帳から早瀬大樹を選択する。呼び出し音が何回かなり繋がる。
『どうしたこんな朝っぱらから』
「緊急事態だ」
『供給授乳期?』
「緊急事態!」
嗚呼、どうして俺にはこんな禿げやじゃじゃ馬にしか相談できる相手がいないんだ……。自分で自分の人脈のなさに失望するわ。
『冗談だ。それで何の用だ?』
「お前、入学前の課題ってやったか」
『まだ終わってない。お前は?』
「今さっきその存在に気付いた」
『相変わらず馬鹿だな、お前』
「うっさい。それで物は相談なんだが」
『やった所まで見せろ?』
「流石、伊達に長く付き合ってねーな」
『まったくお前という奴は』
「なんだよ、いいじゃんか。別に減るもんじゃあるまいし」
『自分が努力してやった課題を使って、他人が同じ課題を簡単にやっるのは気分が良いもんじゃない』
むぅ、確かに。
「じゃ、じゃあ、交換条件だ」
『ほう、聞こう』
「俺の家にあるチーズケーキでどうだ」
『いくつだ』
ちっ、なんて図々しいやつだ。
「ふ、二つで、カットしたやつ」
『三つ』
「どんだけ食べるんだよ」
『三つだ』
くそ、足元見やがって。だがここで頷かないと自力で課題をやることになる。それだけは嫌だ。
「わ、わかった。三つで手を打とう」
『よし、いつがいい』
「できれば今すぐ」
『わかった。そっちに行く』
「さんきゅ」
電話を切ってソファーに背を預ける。
この課題のせいで思わぬ出費をくってしまった。だが、これで課題が捗るだろ。
――と思っていがどうやら人生はそう甘くないようだ。
「いやー、なろなろの家も久しぶりだねぇー。高校受験が忙しくなってから勉強勉強勉強だったからね。居心地いいわぁ~。なんか他人の家とは思えないっていうか。あ、他人じゃなくて親友の家だったね。お、庭の花壇、綺麗な花が咲いちゃって前来た時は芽も出てなかったのに。数か月たつだけで結構変わるもんだねぇ~。あ、キッチンの暖簾変えたんだね。フクロウかぁ、なかなかだね。これ、なろなろの趣味でしょ。いやいや、一目でわかるよ。ツバキンならどっちかっていうとこいう和み系じゃなくて可愛い系を選ぶからね」
リビングで一人勝手にハイテンションぶりを披露する女、杜若夕輝。そのチャームポイントと自称するポニーテールを正に尻尾のようにフリフリさせながら、家の物を好き勝手にいじりだし、何処が変わったーだの、これが無くなってるーだのと騒いでいる。
俺は開いた口が塞がらず、その様子をただ見ている。
「夕輝、親しき仲にも礼儀ありだ。人の家の物を勝手に触るな」
「はーい」と夕輝はバンザイをして元気な声で返す。
そこでやっと俺は我に返り、この事態の元凶であろう大樹を睨む。その特徴的な坊主頭は今も健在なようで、綺麗な五厘が出来上がっていた。
「……おい」
「どうした、アスナ」
「これはどういうことだ」
「これって夕輝のことか?」
「それ以外に何がある!」
「なんだ、俺はてっきりまた三人で集まろうって言ってるのかと思って誘ったんだが……ダメだったか?」
「いや、別にダメじゃない。ダメじゃないけど、時と場合を選んでほしかったよ。俺はこれからお前の課題を写して、更に残りも一緒に追わしてしまおうと思ってたんだよ。なのに、なのにお前ときたら、こんなハイテンションが服着て歩いているような奴を連れてくるなんて」
「ぶー、なによ。なろなろは私がいたら不服なの」
「不服っていうより、邪魔だ。お邪魔虫だ」
「なによなによなによーー! 折角、なろなろがピンチだって聞いたから駆け付けたのに」
「ほう、じゃあ何かしてくれるのかよ」
「ふっふっふ、これを見よ」
と言って夕輝が取りだしたのは例の課題プリント。しかも、全ての回答欄に答えが埋まっている!
「こ、これは!」
「そう、私がやった課題プリント。どうだ、ほしいか」
「ほしい! マジほしい! くれ、貸してくれ!」
懇願しているとスッと夕輝が手を出す。
「……なんだ、この手は」
「もちろん、報酬のおねだり。っていうかチーズケーキが食べたい」
コイツもかぁーーー! くそ、ホントに俺の周りには現金な奴しかいない。営利目的でボランティア精神の欠片もありゃしない。
「どうする。乗るの、乗らないの?」
ペラペラと俺の前でプリントを靡かせる。
どいつもこいつも足元見やがって
「……乗らせていただきます」
「やったぁー」
両手をバンザイーとするとそそくさとキッチンの方へと向かい勝手にチーズケーキを素手で食べ始めやがった。
「くそ。おい、大樹」
「なんだ」
「言っておくけど、これで俺はお前からプリント借りる必要がなくなったわけだ。つまり、お前への報酬のケーキ三つはなしだ!」
良く考えれば夕輝は大樹のように大食漢じゃない。つまり、ケーキ三つも食べられないわけだ。結果的にはお得なのだ。
「フッ」
軽い優越感に浸っていると大樹が鼻で笑った。
「アスナ、お前がそんなことを言い出すことが予想できなかったと思っているのか」
大樹から余裕の笑みがこぼれる。
な、なんだ、この言いようのない敗北感は。ま、まさか俺は既に――。
「それに夕輝を連れてきたのは俺だ。こんなこともあろうかとしっかりと準備をしてきた」
そう言って肩に掛けていたバックから何かを取り出す。
「そ、それは!」
「そう、浪速刑事古田野梅次郎の江戸進出編のDVD」
「な、なんだって! まだ、昨日発売されたばかりだってのに、ど、どうしてそれを!」
「俺は既に予約済みだってんでな」
くそ、俺も金欠じゃなかったら、今頃は。
「貸してほしいか?」
「貸してくれるのか!?」
スッと手を出す。
「チーズケーキ、四つで手を打とう」
「増えてるじゃねぇーか!」
「当たり前だ。浪速刑事シリーズだぞ。江戸進出編だぞ。たったチーズケーキ三つで貸せるしろものじゃない」
くっ、言う通りだ。悪の麻薬密売組織を追って江戸へと向かった梅さんの雄姿はチーズケーキ三つじゃあ見られない。
「わかった。それで手を打とう」
「交渉成立」とDVDを受け取る。
嗚呼、今夜じっくりと見よ。
「ねぇねぇ、それそんなに面白いの?」
横でチーズケーキを食べていた夕輝が訪ねてくる。
「ああ、特に梅さんが悪の組織を倒した後の『俺の目の黒いうちは悪事など許さんぜよ』っていうシーンがめっちゃカッコいいだ」
「え、浪速なのに土佐弁?」
「それは梅さんの過去にだな――」
とそこで夕輝が持っているチーズケーキに目が行く。まだ、一口しか手のつけられてないケーキ。だが、良く考えると夕輝には一つのケーキを食べる時間があったはずだ。それなのに一口しか食べてないというのはおかしい。
「な、なぁ、夕輝さん」
「なんですかな、なろなろさん?」
「そ、そのチーズケーキなんだが、もしかして二個目か?」
「うん、二個目だよ」
「なにぃ!」
急いでフクロウの暖簾をくぐりキッチンに入ると、そこには口にチーズクリームをつけた一樹。そしてその手元にはチーズケーキを乗せていた銀紙が四枚。
「食うの早ぁ!」
遅かった。既にチーズケーキ四つは大樹の胃袋の中。
恐る恐る冷蔵庫を開けるとそこにはカットされた一つのチーズケーキ。
「や、やっぱり一つしか残ってない」
チーズケーキはワンホール、七つにカットされていたので当たり前なのだが……。
「とほほぉ。俺の分が……」
「何言ってんの、もう一つあるじゃん」
ひょいっと横から顔をだしたのはこの事件の元凶である夕輝。
「これはツバキの分なんだよ。ツバキは小食だから一つの残しておけば足りるし、だから残りは俺が食べようと思ってたのに」
「六つも食べる気だったのか? この食いしん坊」
「お前じゃないからそんなに食えるかぁ! どうせ、お前たち上げようと思ってたんだよ。それなのにどうして俺の分まで食うかな」
嗚呼、ツバキと一緒に食べようと楽しみにしてたのに……。涙でそう。
「まぁまぁ、そう落ち込まないでこれあげるから」
と言って差し出されたのは喰いかけのチーズケーキ。
「慰めはいれねぇ」
「……そう」
夕輝は残りのチーズケーキを一口で頬張る。半分くらい残っていたので夕輝の小さな口は一杯で頬はパンパンに膨れている。
くそ、うまそうに食いやがって。
「そんなに落ち込まなくてもまた作ればいいだろ」
「そんなこと言っても材料がないんだよ」
そう、このチーズケーキは俺の自作。
昔、ツバキの誕生日にこのチーズケーキを作ってあげたら、それがどうも気に入ったようで、こんな風に定期的につくるようになったのだ。だから、ツバキには食べさせて上げたい。
「ごめんね、なろなろ」
と口の中を綺麗にした夕輝が呟いた。どうやら心から反省しているようでいつものハイテンションがない。
「いやいいだ。大樹の言う通りまた作ればいいだし。それよりさっさと課題をやろう。今日はそれが目的なんだしな」
俺がそう言うと夕輝はいつものハイテンションぶりを取り戻し、その後の勉強は言うまでもなく邪魔された。
でも、やっぱり食べたかったな、チーズケーキ……。