真夜中の男(3)
ジローの話
「なにしてんの?何その格好?寒くない?」
杏子がジローの顔ををのぞき込む。質問は一つにしてくれとジローは思いながら、胸元から目を離せない自分がジローには悔しかった。
「よう、飲み会であったな。杏子こそ、なにしてるんだ?」
杏子の目を見ながら ジローは言った。
「コンビニとあとDVD借りに行こうと思ってさ~」
「こんな夜に、女1人かよ~堤は?」
「あの肥満児はまだ帰ってきてない。また締めのラーメンたべてるんじゃないの?」
「そうか。アイツは痩せなきゃ死ぬぞ」
冗談めかして言う。
「そうね」
「自分の彼氏だぞ」
「彼氏だからだよ」
「……そうだな」視線を落とす。
「なんでここにいるの?」
話題を変える。
「いやさ~部屋に入れないんだよ。鍵もないし、携帯もない。」
しまったと思いながらもジローの視線は胸元に行く。舌打ちを打ちたかった。
「誰かに追い出されたんじゃないの?」
杏子が適当なことを言う。
「まさかぁ?俺は1人暮らしだ。俺のこと思ってくれる彼女もいない。思ってくれるのは母親ぐらいだ」
ジローは肩をすぼめてみせた。
「…あのさ、思い出したんだけど…泥酔してたジローくん、タクシーに一緒に乗って行った女の子って誰?」
「へっ?…そういえば誰が?」
ズキズキ…
『大丈夫ですか?先輩?』
『アタシこんなこと初めてですよ』
帰りのタクシーの車内が思い浮かぶ。誰だ?誰の声だ。
ジローは顔をしかめる。
「確かさ、あの内のサークルでちょ~と浮き気味の子じゃなかった?ユウコちゃんよ」
杏子はジローよりも早くその名前を言った。
「まさかジローくん。家まで送ってくれたユウコちゃんを…襲っちゃった?彼女、怒ってジローくん追い出したとか?」
勝手な推測を杏子はしゃべる。
「そ、そんなこと…して…ない…よぉ」
ジローは記憶思い出せないこともあり、自信なさげに反応する。杏子が尋ねる。
「タクシーで家まで送ってもらったんでしょ?
介抱してもらってさ」
杏子の容赦ない推測は続く。
「たぶん…ここにいるってことは…」
本当に自信がない。
このドアの向こうに
彼女がいるのか…だとしたらいいことじゃ…いやいや、いいことじゃない。う~ん
ジローは難しい顔を して考えをまとめる。どこまで彼女と行ったんだろ?最後まで?酒で記憶が飛んでるから、間になにかあったのは間違いない。ことに及んだあと、なにかの拍子にユウコのことを怒らせたかして、追い出された。携帯も鍵も部屋の中で…
彼女はふて寝?
そんなことって……
「何ぶつぶつ言ってんの?」杏子がジローを覗きこむ。
うっ?だから、見ちゃうんだって……もう泣きたい。ジローは複雑な気分だった。
「でもさぁ、ジローくん。随分変わったよね?最初の頃とだいぶ違う。自分の話ばかりじゃなくて、変な言い方だけど、話やすくなった」
杏子が言う。
「そうかな?まあ人は毎日変わるのが普通だよ」
ジローは真顔で言う。
「……三年前、じゃなくて今ならジローくんとつき合えそう」
杏子はジローの目を見て言う。心なしか誘うような…
「友達じゃなくてさ…」
「……友達だろ。俺は堤とも友達でいたいしな」
一瞬、ジローは動揺したが、平静を装って応じた。笑顔でジローは言う。
「…………」
しばらく沈黙の続いたあと杏子は口を開いた。
「……そうだ!アタシとしりとりしない?」
「なんだよそれ?」
ジローは首を傾げる。
「しりとり!だってさ前に、自分で言ってたじゃない」
「へっ?意味がよくわからない」
今度は目を見てジローは答えた。
「‥そうか…そうだよね…アハハハっ、冗談冗談。それじゃアタシは行こうかなぁ」
杏子はジローに背を向け、歩き出す。後ろから見る彼女の背中は、凛としている。
アイツ姿勢がいいな~ジローは思う。
「おう!また大学で」
ジローは杏子の背中へ手を振った。
少し進んだところで、杏子は立ち止まり振り返る。
「ジローくん、アタシの胸に視線、釘付けだったね~‥最低!」
さらっと一言を言い残すと杏子は堂々と去っていった。
杏子の後ろ姿を見ながらジローは泣きたい気持ちになった。
全く男って奴は!
…ああ、俺も男か。
ジローは思った。